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Books|新 クラシック・コンサート制作の基礎知識|藤堂清 

新 クラシック・コンサート制作の基礎知識
企画・制作:一般社団法人 日本クラシック音楽事業協会
編纂:石田麻子

2025年5月20日 初版発行
ヤマハミュージックエンターテインメントホールディングス
定価2,500円+税

Text by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)

「クラシック・コンサート制作の基礎知識」というタイトルに興味をひかれて手に取った。「クラシック・コンサート」の舞台裏がよく分かるのではないか、その制作にかかわる具体的な方法など、コンサートを聴く側の知らないことが書かれているのではないか、そんな気持ちで読み始めた。「はじめに」でこの本のターゲットが「クラシック・コンサート制作」に携わる人であり、そのさまざまな作業を進める上で必要なノウハウを集積したものであることが分かった。著者のようなクラシック・コンサートを聴く立場の人間が読むことも一応想定されているようだ。「そうしたみなさまにも、舞台裏で何が起きているのかをぜひ知っていただき、これからも応援していただけるようでしたらうれしく思います。」と書かれている。
「新」とついているのだから旧版があったのだろうという想定はしたが、それが2013年という比較的最近のものであったことはこの本を手にしてはじめて知った。改訂の理由については、「私たちの活動を取り巻く社会環境が大きく変化して、それらに対応する必要に迫られたから」と述べられている。筆者は旧版を読んでいないので、変更内容についてもまったく分からず、新版についてのみふれていく。
本書は4部構成となっている。

第1部:クラシック・コンサートのこれまでと現在
第2部:クラシック・コンサートをつくる
第3部:クラシック・コンサートにかかわる人と知識
第4部:クラシック・コンサートの現在とこれから

第1部は2章、第2部は9章、第3部は5章、第4部は1章と記述量もページ数も大きく異なる。
第1部はクラシック・コンサートに関わる様々な事柄について近年の動きや関係する人々の役割について述べている。第2部はコンサートの企画、制作、広報、マーケティング、運営といった側面での実務的な手法を明らかにし、いわばノウハウを集積し、実践的な動きを伝えるものとなっている。第3部ではアーティスト・マネージメントとオーケストラとオペラの制作の実態をまとめ、何を制作するかで手順や考慮すべき事項が異なることが示される。第4部には、近年の文化政策の変化とそれに伴う舞台芸術公演への影響および今後の注意点が記述されている。
第1部第1章「クラシック・コンサートを検証する」では、マスメディアの役割や、ブーニンなど作られたブーム、そしてラ・フォル・ジュルネといった新たな聴衆を作り出す試み、といったことにふれていく。さらに、オーケストラやオペラの上演の歴史、ホール独自の取り組み、音楽祭の役割など、幅広くとりあげ、時代や場所による変化を丁寧に解説。
第2部は本書の中核をなす部分。以下のような章立てとなっている。

第1章:コンサートの企画
第2章:ホールの生命線、それが主催公演だ!
第3章:インクルーシブなコンサートの制作考
第4章:制作
第5章:広報・宣伝
第6章:見せたい情報を魅せる チラシデザインをコアにした資材活用法
第7章:コンサートのマーケティング
第8章:地方ホールのマーケティング
第9章:公演運営

第1章、第2章は「企画」に関する記述だが、前者がコンサートの企画一般について書かれているのに対し、後者では特定のホールにおける企画の意味について述べられている。第3章では障害を持つ人でも参加可能なコンサートの形態、考慮すべき点について分析。第4章の「制作」は、副題として「企画立案から公演終了までの“縁の下の力持ち”」とあるように、予算作成・管理、契約の締結、会場や移動手段の手配といった実務全般を取り仕切る仕事である。この章では具体的な作業を、例を挙げ細かく、また場合分けして記述している。第5章、第6章は広報・宣伝、その道具であるチラシのデザインについて述べる。第7章、第8章はマーケティング、すなわち聴衆の獲得、新たな聴衆の発掘の取り組みについて述べる。第9章は公演時の活動とその準備について記載している。
第3部は個別具体的に例示されている。「オーケストラの企画プロデュース」というタイトルで書かれたNHK交響楽団の事例、スケジュール、ブッキング、プログラムと多岐にわたる事象を例をあげて解説する。二つのオペラ団体の事例、東京二期会のものは演目決定からキャスト選定といった前半に重きをおいた記述、一方の日本オペラ振興会のものは上演に関わる事柄が中心の書き方となっている。
どの章も業界のトップにいる人が書いている。言葉の定義が統一されていないことがあるとか構成が網羅的でないといった点を挙げることはできるが、様々な視点から書かれていることを考えれば、それを期待するのは難しいこと。
この本の読者として想定されているのは、まずはクラシック・コンサート制作にかかわる人だろう。その仕事がどのような場面なのかで、読むべきところも変わる。自らの業務に直接関係する章を開けば、参考となる方法論やヒントが見つかるだろう。それと密接にからむ項目にも目を向けておけば自分の役割をより深く理解することができるだろう。作業手順や文書例はそのまま使うことはできないかもしれないが、それを作る上での出発点としておおいに役立つに違いない。もちろん、これからクラシック・コンサートに携わっていこうという人々にとっては、その全体像を知ることのできるツールとして機能する。
一方、クラシック・コンサートを享受する立場でその裏側を知りたいという人にとっても十分楽しめる内容となっている。こんなことを考えながらやっているのかという驚きを多くの章で感じる。
これだけのノウハウをよく集積したものだ。多くの人が本書を手にすることを期待したい。

(2025/6/15)