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5月の2公演短評|丘山万里子

5月の2公演短評
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)


ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2025

2025年5月 5日 東京国際フォーラム ホールC:サン・マルコ
♪ 颯爽と泳ぎ、跳ねる、若者たちの五重奏  →演奏・曲目
♪ 四季世界一周  →演奏・曲目

久々、ラ・フォル・ジュルネに出かける。こどもの日とて子連れも多く、音楽ピクニック的な雰囲気はコロナ禍を経ていっそうの解放感を生んでいるようだ。筆者が見聞したのは2公演。一つは日本の若手による「颯爽と泳ぎ、跳ねる、若者たちの五重奏」。もう一つは海外新鋭5名に邦人1名混成メンバーによる「四季世界一周」。

「颯爽と泳ぎ、跳ねる、若者たちの五重奏」は辻彩奈 vn、瀧本麻衣子va、伊東裕 vc、水野斗希 cb、阪田知樹 pfでのシューベルト:ピアノ五重奏曲 イ長調 D667「ます」。
まさに旬の勢揃いで、それぞれの個性が一つに溶け合い、なるほど若々しい「ます」。まず阪田、冒頭のアルペッジョから一貫して柔らかな透明感を湛え、河面に躍る飛沫から流れの表裏を映す音色の変化(へんげ)まで自在な呼吸で弦をいざなう。爽快清冽。第2楽章、やはり阪田の歌い回しに寄り添い、縫い纏う弦4挺が生み出す抒情が仄白く香る。若者の心情を吐露するようなシューベルトらしい長短転調のうつろいがとりわけ印象的であった。スケルツォの弾み具合も力みなく軽やか。「ます」の変奏は各奏者の持ち味が生き、交わされる微笑みにウィーンの春の麗らかを思う。終楽章の快速で全員疾駆、若さを空高く放り上げた。
辻の芯のある弧線、瀧本のふっくりした音色、伊東のセンチメント、水野の的確な底支えの間をしなやかに泳ぎ回る阪田。改めて日本室内楽の薫風を満喫したのであった。

次の公演までの1時間、賑やかな広場のベンチでサンドイッチをパクつくのもLFJならでは。筆者もビールかワインとゆきたいところだが…。

「四季世界一周」は“全てはヴェネツィアから始まる〜「春夏秋冬」をテーマに巡る四つの楽都”とあり、《ヴェネツィアの春》《パリの夏》《ブダペストの秋》《ニューヨークの冬》を巡る。なんと言ってもルカ・ファウリーシvnのソロが強烈だった。ロンドンの王立音楽アカデミーに在籍、まさにライジング・スターそのもの、はち切れんばかりの勢いだ。腕っこきの上に音楽する愉悦快楽が迸り出て、技術と音楽性などという教科書的常套句が粉砕される快感がある。筆者にはなぜか亡きイヴリー・ギトリスのステージが重なった。むろん、ギトリス高齢でのそれしか知らないけれども、そこにあった「芸」というものの洒脱、聴き手も自分も喜ばせる特別な感覚・領域で自在に遊ぶさまが、そっくりだったのだ。この若者はあらゆるヴィルティオジティ(その超高速運弓運指、羽根生え翔び立つ音たちに私たちは口をあんぐり)を惜しげもなく繰り出し、音の歓楽地へずいと引き入れる。『死の舞踏』の魔神ぶり、『ハンガリー舞曲』『ルーマニア民俗舞曲』でのジプシー・ヴァイオリンを思わせる泣き節など、その圧倒的芸力には全く脱帽であった。
共演のハンソン四重奏団もキレッキレ。2013年パリ国立音楽院で結成、エベーヌ四重奏団、イザイ四重奏団等から指導を受けたカルテットだけに、エッジの尖鋭は聴き慣れた『四季』をまるで現代アートのように見せる。一人加わった水野cb(東京藝術大学在学中)、上述日本の若手陣とのアンサンブルとはまるで異なる音世界に没入、前のめりに嬉々と鳴らしていたのが興味深い。

この2公演、続けて聴くと、やはり文化風土の相違を思わずにいられない。
同じように音で遊んでも、遊び方が異なることを、両者に出演した水野は肌で感じたろう。それは曲目の違いとかスタイルとかより、もっと深いものだ。だからと言って「良し悪し」でも「彼我」の比較でもなく、これからの若者たちは、こんなふうに一緒くたになってワイワイ音で遊びながら、それぞれの、独自な音楽世界を創り上げてゆくに違いない。
いずれ、日本の現代作品を各国混淆メンバーで遊ぶような試みがあって良かろう。もはや古典の黛敏郎や武満徹、近くは藤倉大ばかりでなく、日本には優れた室内楽作品が山ほどある。積極的に取り組んでいる若手も多く、それが当たり前という土壌ができつつある。こうした創造力ある若者たちを自在に組み合わせてこそ、LFJの楽しさも倍加しよう。
5月の風物詩として定着したこの音楽祭が、何よりそういう場であることを願う。

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♪颯爽と泳ぎ、跳ねる、若者たちの五重奏
<演奏>
辻彩奈 vn、瀧本麻衣子va、伊東裕 vc、水野斗希 cb、阪田知樹 pf
<曲目>
シューベルト:ピアノ五重奏曲 イ長調 D667「ます」

♪四季世界一周
<演奏>
ルカ・ファウリーシvn、ハンソン四重奏団、水野斗希 cb
<曲目>
《ヴェネツィアの春》
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」から抜粋
《パリの夏》
フォーレ:夢のあとに
サン=サーンス:死の舞踏
《ブダペストの秋》
ブラームス:ハンガリー舞曲第17番
セルキン:あなたの愛に
バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
《ニューヨークの冬》
ガーシュウィン:「パリのアメリカ人」からブルース
パーキンソン:ルイジアナ・ブルース・ストラット
バーンスタイン:ウエストサイド・ストーリー(メドレー)

アンコール/鳥の歌

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