ルネ・ヤーコプス指揮 ビー・ロック・オーケストラ ヘンデル《時と悟りの勝利》|藤堂清
ルネ・ヤーコプス指揮
ビー・ロック・オーケストラ
ヘンデル《時と悟りの勝利》
René Jacobs
B’Rock Orchestra
Handel: Il Trionfo del Tempo e del Disinganno
2025年4月4日 東京オペラシティ コンサートホール
2025/4/4 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 大窪道治/写真提供:東京オペラシティ文化財団
<出演> →Foreign Languages
ルネ・ヤーコプス(指揮)
ビー・ロック・オーケストラ
美:スンへ・イム(ソプラノ)
快楽:カテリーナ・カスパー(ソプラノ)
悟り:ポール・フィギエ(アルト)
時:トーマス・ウォーカー(テノール)
素晴らしいコンサート。ルネ・ヤーコプスの指揮のもと、ビー・ロック・オーケストラが野趣あふれる音を聴かせ、4人のソリストはそれぞれの個性をしっかりと歌いあげた。
ヘンデルがローマで書き上げたイタリア語のオラトリオ。この時期ローマではオペラの上演が禁止されており、宗教的な題材のオラトリオがそれに代わる娯楽として演奏されていたという。彼が22歳という若い時の作品だが、そんなことは感じさせない充実した音楽が続く。音楽の構造は当時のオペラ・セリアと同様、レチタティーヴォでストーリーが語られ、アリアでその役の思いが歌われる。役といっても、寓意的なものであり、「美」、「快楽」、「悟り」、「時」のそれぞれを擬人化された役柄として歌う。
「美」は若い女性、「快楽」の誘いで堕落するが、「時」と「悟り」の説得により悔悛し、信仰の道へ進む。「快楽」は男性、人間を騙し、享楽の世界へと誘う。「悟り」は男性、「時」とともに「美」を改心させようとする。「時」は老人男性、現世の最高権力者として「美」に改心を迫る。
「美」は「偽りの鏡」に映った己の美貌に見とれている。「快楽」はそれが不変なものと信じ込ませ、快楽の園へ招く。「時」と「悟り」は、「美」に対し、この世の美しさははかないものと教え、「快楽」と手を切るよう助言する。「時」と「快楽」が言い争う中、「美」は疑問をいだきはじめ、決断の猶予を乞う。正しい選択を迫る「時」と「悟り」。「美」の心変わりを阻止しようとする「快楽」。とうとう悔い改めを決意した「美」は「真実の鏡」を手に入れ、「快楽」と決別する。「時」と「悟り」はその決断を讃えて去る。「美」は天使たちに護られながら神のもとへと向かっていく。
歌手では、「快楽」のカテリーナ・カスパーの充実した声と安定した歌唱をまず挙げたい。彼女の厚みのある響きは、一人で他と対峙するこの役に相応しい圧力があった。声の力という意味では、「悟り」を歌ったカウンターテナーのポール・フィギエも優れていた。彼は「時」とともにオーケストラの後ろで歌ったが、そういったハンディを感じさせないしっかりした歌を聴かせた。主役といえる「美」のスンへ・イム、ベテランらしく緻密な音楽づくり、リリカルな声で役どころの変化を見事に歌っていった。「時」のトーマス・ウォーカーは声自体の魅力に欠けるところがあったが、この役の支配力のあるところは表現している。
ルネ・ヤーコプスの指揮は、細かく指示していくものではなく、大きな枠組みを示し、明るく軽やかな雰囲気を作り出している。ビー・ロック・オーケストラ、冒頭のヴァイオリンは少し不安定なところがあったが、進むにつれほぐれてきた。バロックの合奏団として圧倒的な技術というのではないが、少し鄙びた雰囲気が、ヤーコプスの音楽づくりとマッチしていた。
この時代のオペラやオラトリオであれば登場人物全員の合唱で終わるものを、この曲では「美」のアリアでしっとりと締めくくる。このエンディングは実に効果的。これでスンヘ・イムが最後に持っていった感がある。とはいうものの、全体として各歌手が聴かせどころでしっかりと歌い、オーケストラもそれを支えていた。鏡などの小道具を使ったり、客席に降りて歌うなどの演技を加えたセミステージの演奏も効果的であった。
もう一度言おう、素晴らしいコンサートであったと。
(2025/5/15)
—————————————
<Performers>
René Jacobs (Cond)
Bellezza: Sunhae Im (Sop)
Piacere: Kateryna Kasper (Sop)
Disinganno: Paul Figuier (Alt)
Tempo: Thomas Walker (Ten)
B’Rock Orchestra
<Program>
Handel: Il Trionfo del Tempo e del Disinganno, HWV46a