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Pick Up (2025/5/15)|国際古楽コンクール山梨2025|大河内文恵

第36回国際古楽コンクール山梨2025
International Competition for Early Music YAMANASHI, Japan
2025年4月25日~4月26日 甲府商工会議所、Cotton Club
2025/4/25-26 Kofu Chamber of Commerce and Industry, Cotton Club
2025年4月27日 山梨県立図書館多目的ホール
2025/4/27 Hall of the Prefectural Library, Yamanashi Prefecture

Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 寺村朋子

甲府は盆地なので暑い。今年のコンクール期間中はそれほど気温が上がらず、冷房なしでも過ごせる気候だったが、会場では熱い演奏が繰り広げられた。声楽部門に18人、旋律楽器部門に21人がエントリーし、そのうちキャンセルしたコンテスタントを除く、声楽13人、旋律楽器21人によって予選がおこなわれ、声楽3人、旋律楽器6人が本選に進んだ。

このコンクールには年齢制限がない。また、音楽歴などによる事前選考もなく、応募者はすべて予選で演奏することができる。音大生はもとより、本業を別にもつ音楽家や、すでにプロとして活躍している演奏家も参加しており、予選だけでもかなりの聴きごたえがあった。惜しくも本選出場ならなかった参加者のなかにも、心に残る演奏をした参加者が数多くいたことを記しておきたい。

受付で配布されるプログラムには、部門ごとのエントリー順に参加者が記載されているが、今年はそれとは別に演奏順を示す掲示がおこなわれた。チェンバロのピッチの希望が多岐にわたり、それに対応するために、希望のピッチに合わせて演奏順を入れ替える必要があったためである。
参加募集要項に記載された「二段鍵盤チェンバロ A= 392 → A= 415 → A=440 のピッチ、イタリアン A= 415 → A=440 → A=466 のピッチ」のうち、イタリアンA=466以外のすべてのピッチが実施された。調律が変わるところでは長めの休憩時間が設定され、複数のスタッフによる調律がおこなわれた。終日ほぼ時間通りのスケジュールで進んだのは、こうしたスタッフの協力によるところが大きい。

夜におこなわれる入賞者コンサートは、1日目が昨年奨励賞を受賞した森田凪、2日目が旋律楽器部門3位の山根友紀によるリサイタルで、両者ともソロとアンサンブルを組み合わせたプログラムだった。
森田は「ロンドンで活躍するハイドンとクレメンティ」と題し、ロンドン時代に作曲された(と考えられるものも含む)二人の作曲家の作品を取り上げた。最初のハイドンのソナタでは、モダンのピアノとは異なり音域によって音色に差異があるというフォルテピアノの短所を逆手に取り、右手と左手が違う楽器で弾いているような立体感を生み出していた。こうした使い分けが顕著な1楽章と3楽章以上に秀逸だったのは2楽章だった。めくるめく楽句の連なりをワクワクしながら聴いた。

2曲目からは西祐麻仁が合流。クレメンティのカンツォネッタ、ハイドンの歌曲と続く。ハイドンの歌曲は英語の歌詞をもつもので、西の英語のディクションが光る。続くクレメンティのヴァイオリンソナタは、ほとんど演奏されない作品とアナウンスされる。始まってみると、ヴァイオリンソナタというより、オブリガートのヴァイオリン付きのピアノソナタの書法で書かれている。たしかにヴァイオリンの技巧を聞かせるという曲ではないが、だからといって演奏する価値がないとは言えない。急速なパッセージや難しい技巧だけが演奏の聴きどころなのではないということが、演奏から感じられた。

本編最後のハイドンのスコットランド歌曲集はオブリガートのヴァイオリン付きの歌曲で、寺内詩織のヴァイオリンのバランスのとり方の上手さが光る。とここで、これまでの森田のアンサンブル力の高さにも同時に気づかされた。昨年の本選では、2位や3位になった演奏者に比べて地味な演奏に聞こえたように思うが、1年間の成長を実感すると同時に、この成長を見越して奨励賞を出した審査員の慧眼に感服した。アンコールは同じくスコットランド歌曲集から《蛍の光》。あの有名曲と同じ旋律を元にしつつも、日本的というよりスコットランド的な作品で、一周まわっておしゃれな感じ。初々しいトークも含め、ほんわかとして心地よいひと時だった。

26日の山根のコンサートは大曲を2曲と重量感のあるプログラム。1曲めのルイ・アダムは、「どの曲を弾いてもおそらく日本初演」と山根が語ったように、初めて聞く曲で、ベートーヴェンとほぼ同時代の作曲家のため、ベートーヴェンを思わせる楽想も少々あるものの、ベートーヴェンよりも複雑でニュアンスに富んでいる。次々と和声が入れ替わっていくのを的確に表現していく山根の演奏は30分ほどかかるこの曲の長さをまったく感じさせなかった。当時はかなり有名だったはずなのにすっかり忘れられた作曲家になってしまったのは、おそらくこの複雑さゆえであろう。現在ならともかく、当時のピアノ学習者には弾きこなせなかったのではないだろうか。そうした意味で、「消えた作曲家=価値のない作曲家」と見做すことの危うさに気づかされた。

2曲目は山根風仁を迎えてのベートーヴェンのチェロソナタ。この日、外からはカラオケの歌声や大きな話し声が時おり聞こえたのだが、周囲の騒音に負けない集中力を奏者も聴き手ももっていた。彼らの演奏は、これまでのベートーヴェン像を刷新するもので、重厚なだけでないベートーヴェンの魅力を聞かせることで、新しい扉を開いた。そして、ここでの、この時間だけでしか味わえない世界があった。音楽を生の演奏で聴く醍醐味である。彼らの今後の活動に期待がふくらむ。

27日のロドリゴ・ベリオによるリサイタルでは、昨年の圧巻の演奏がさらにグレードアップしていることを実感した。最初のヴィヴァルディは、指さばきの的確さが健在で、和音をアルペジオにしなくても全部の音がきちんと聞こえるという技術の高さに舌を巻く。つづくクープランでは、装飾がただの装飾ではなく、かといって装飾そのものが音楽であるといった月並みなフランス・バロックでもなく、装飾の中に音楽の形が聞こえてくるという不思議な体験をした。

ここからさらにギアが上がる。平均律2巻の14番はベリオらしい万華鏡のような前奏曲に、フーガという横に旋律を追いかけていく曲なのに縦の響き1つ1つが完璧という、隙のない演奏。平均律というと学習曲のイメージが強いが、コンサート・ピースとして立派に成立していた。
スカルラッティの2曲でさらにヒートアップした後、バッハのこの曲?とプログラムを見たときには疑問に思った。どちらかというと、演奏会用というよりは学習教材のような扱いをされる曲だからだ。しかしながら、ベリオの演奏は、「この曲が学習教材って誰が決めた?そんな風に扱っていい曲なんてあるの?」と実感させられる中身の濃いものであった。

結果発表の前には審査委員長の大竹氏による全体講評がおこなわれた。コンクールを通して多くの素晴らしい演奏が聞かれたことにふれ、それぞれピッチの違う楽器を準備し対応した協力者である、楽器製作者と調律師に感謝が伝えられた。彼らは普段はライバルのはずだが、ここでは一致団結しているとの言葉に笑いが起こる。商売敵であっても、この三日間は同志であるというのは、コンテスタントも同様だと聞きながら思った。
いろいろと新しいことが起こり、それを新鮮に受け止めて対応することが求められているという言葉に、今回、初めて審査員のなかに30代の音楽家が選ばれていたこともその1つだったのかと納得した。スポンサーである印傳の上原勇七氏による挨拶では、受賞者が今後世界で活躍することが重要であるし、さらにできるだけ長くこのコンクールが続くようにと今後の展望が語られた。
今回の入賞者は、声楽部門には2位と3位が1名ずつ、旋律楽器部門は3位が1名、奨励賞が2名と、これまでの伝統に則り1位はなしであった。

来年は2026年4月24日~26日、鍵盤楽器部門とアンサンブル部門の予定だが、これまでのこのやりかたを見直すことも考慮中であるという。開催方法が変わる可能性もあるので、来年の募集要項は要確認である。

(2025/5/15)

4月25日(金)入賞記念コンサート
森田凪(フォルテピアノ)
賛助出演:西祐麻仁(ソプラノ) 寺内詩織(ヴァイオリン)
於: Cotton Club

F.J.ハイドン:イギリス・ソナタ 変ホ長調Hob.XVI:52
M.クレメンティ:2つのカンツォネッタ
F.J.ハイドン:おお、美しき調べの声よ Hob.XVI1:42
M.クレメンティ:ヴァイオリンソナタ 変ロ長調 Op. 15-3
F.J.ハイドン:スコットランド歌曲集より エリンの亡命者 絹のスヌード 私の愛しいジャネット
アンコール
ハイドン:スコットランド歌曲集より 蛍の光

4月26日(土) 入賞記念コンサート
山根友紀(フォルテピアノ)
賛助出演:山根風仁(チェロ)
於: Cotton Club

Louis Adam: Grande sonate dans le style dramatique re-minor Op. 110
Ludwig van Beethoven: Sonate für Violoncello und Klavier g-moll Op. 5 Nr,2

4月27日(日) 入賞記念コンサート
ロドリゴ・ベリオ・チェンバロリサイタル
於: 山梨県立図書館多目的ホール

A. ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 RV 243 編曲:ロドリゴ・ベリオ
F. クープラン:第21オルドルより ハートの女王 躍動 クープラン ハープ 済ました皮肉屋
J.S. バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻より
前奏曲とフーガ第14番嬰ヘ短調 BWV 883
D. スカルラッティ:ソナタ ハ短調
K. 58 フーガ
K.115 アレグロ
J.S. バッハ:前奏曲とフーガ イ短調 BWV 894