フライブルク・バロック・オーケストラ with クリスティアン・ベザイデンホウト(フォルテピアノ)I|秋元陽平
フライブルク・バロック・オーケストラ with
クリスティアン・ベザイデンホウト(フォルテピアノ)I
Freiburg Baroque Orchestra with Kristian Bezuidenhout I
2025年4月3日 TOPPANホール
2025/4/3 Toppan Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
Photos by 大窪道治/写真提供:TOPPANホール
〈演奏〉 →Foreign Languages
フライブルク・バロック・オーケストラ
クリスティアン・ベザイデンホウト(フォルテピアノ)
〈曲目〉
モーツァルト:オペラ《偽の女庭師》K196より 序曲
ハイドン:交響曲第74番 変ホ長調 Hob.I-74
モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番 ト長調 K453
ヨハン・クリスティアン・バッハ:交響曲 ト短調 Op.6-6
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K271《ジュノム》
(ソリスト・アンコール:モーツァルト:ピアノのための組曲ハ長調K399(385i)より「アルマンド」)
これまで国内外の大小さまざまなオーケストラを聴いてきたが、フライブルク・バロック・オーケストラほど、和気藹々とした雰囲気を醸し出す団体は稀である。演奏者同士は頻繁に目を合わせ、自然と笑みがこぼれる。本公演では指揮者を置かず、ソリストも弾き振りを行わない。音楽はあくまで演奏者たちの自発的な団欒のなかから立ち上がってくるのだ。
もちろん古楽オーケストラらしい敏捷性は健在で、モーツァルトの第9番ロンドなどはかなりの快速テンポで演奏された。だが、たとえばハイドンの交響曲に見られる急展開やユーモラスな掛け合いにおいては、全体にくつろいだ雰囲気が漂い、ハイドン特有の洒脱なユーモアと、彼の持ち前の闊達なサービス精神がよく表れていた(ハイドンは音楽を「人々を慰め、元気づけるもの」として強く意識していた)。とりわけホルンの剽軽な低音や、ファゴットとヴァイオリンのとぼけたやりとりを耳にしていると、モーツァルトだけでなく、ハイドンにもまたロッシーニの源流を見出したくなる。
ところで私はこの演奏会で、とくにモーツァルトの第17番を楽しみにしていた。その期待は十分に満たされたが、実のところ驚かされたのはむしろ第9番であった。ベザイデンホウトはどの曲でも卓越した演奏を聴かせたのだが、とりわけ「ジュノム(ジュナミ)」として知られる第9番では、私の中にあった「端正でシンプルな若書き」といった先入観を大きく覆す表現がなされた。この曲は実のところ、大胆なアイディアに満ちた実験場なのだ。第三楽章のメヌエットでは、それまでの喧騒が嘘のように引き、ぽつねんと置き去りにされたかのような中で、ベザイデンホウトのフォルテピアノが内省的なステップを踏み出す。その自由な律動は、まるでショパンのノクターンを予感させるようだ。そこから再びねじを巻き直すように主題が回帰し、オーケストラとの合流を果たすさまは、パートナーと抱擁し、また突き放されては舞うダンサーのようなめまぐるしい魅力に満ちている。オーケストラのただなかでふと孤独を感じさせるピアノの艶めかしさというのは、モーツァルト作品の大きな魅力のひとつである。
この感触は第17番でも顕著だ。第2楽章、ニ短調へのわずかな移行に垣間見えるとりとめのない憂いは、ヨハン・クリスティアン・バッハの楽曲に見られる終始荘重な短調とは異なるものであり、本プログラム内で際立ったコントラストを形成していた。音楽批評が、長年の間、こうした儚い移ろいの中にモーツァルトの美質を読み取ろうとしてきたのは、やはり妥当なことだと言える。
ベザイデンホウトの演奏するアントン・ワルター・モデルの新作フォルテピアノは、現代的な芯のあるクリアな響きを持ちながらも、フォルテではしっかりとした音量を伴い、それでいて美しく音が抜けてゆく。スタインウェイで繊細な音色を出そうと演奏家が神経をすり減らすような現代ピアノとは異なり、ピアニストはフライブルク・バロックの闊達な演奏に対抗しうるエネルギーを惜しみなく鍵盤に注ぎ込むことができる。これこそがピリオド・アプローチの大きな利点だろう。確かに第17番では、オーケストラのあまりに闊達な勢いに押されてピアノが聞き取りづらい瞬間もあった。しかしそれでもTOPPANホールの規模と音響は、そのようなフラストレーションを最小限にとどめてくれる。古楽の演奏会において、ほとんど理想的なロケーションであると言ってよい。第9番は、この音量バランスから言っても完璧であった。
最後に、アンコールのモーツァルトによるアルマンドは、モーツァルトがヘンデルふうの荘重なメランコリーと小声で対話するような佳品であり、ベザイデンホウトの音楽史的感性が存分に発揮された締めくくりであったことも付け加えておきたい。
(2025/5/15)
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〈Performance〉
Freiburg Baroque Orchestra
Kristian Bezuidenhout (fortepiano)
〈Program〉
Mozart: Overture from the opera La finta giardiniera, K.196
Haydn: Symphony No. 74 in E-flat major, Hob.I:74
Mozart: Piano Concerto No. 17 in G major, K.453
Johann Christian Bach: Symphony in G minor, Op.6 No.6
Mozart: Piano Concerto No. 9 in E-flat major, K.271 “Jeunehomme”
(Soloist Encore, Mozart: “Allemande” from Suite for piano in C major K399(385i))