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日本フィルハーモニー交響楽団 第768回 東京定期演奏会|藤原聡

日本フィルハーモニー交響楽団 第768回 東京定期演奏会
JAPAN PHILHARMONIC ORCHESTRA 768th SUBSCRIPTION CONCERTS

2025年3月8日 サントリーホール
2025/3/8 Suntory Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by Ⓒ山口敦/写真提供:日本フィルハーモニー交響楽団

〈プログラム〉        →foreign language
マーラー:交響曲第2番『復活』ハ短調

〈演奏〉
日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:カーチュン・ウォン
ソプラノ:吉田珠代
メゾソプラノ:清水華澄
合唱:東京音楽大学
コンサートマスター:田野倉雅秋[日本フィル・ソロ・コンサートマスター]

 

これまで第5番、4番、3番、9番が取り上げられてきたカーチュン・ウォンと日本フィルのマーラー、今回は人気作『復活』である。非常に明快かつ分かりやすいドラマトゥルギーを持つ同作品、極端なことを述べれば、それだけに作品聴後の大局的な印象はどの演奏でも似通ったものになりかねないのだが、どんな作品を指揮しても新鮮な表現を引き出すカーチュン・ウォンゆえ、この『復活』には期待が高まる。

やはりカーチュン・ウォン、冒頭からして一味違う。トレモロをかなり引き伸ばした上で減衰のタイミングも精密にコントロールし、そこに絶妙のタイミングで入る低弦の主題の激烈な効果。マーラーの指示が―やや誇張気味ながら―明確に生かされている。この第1主題に対比される第2主題の静謐さに満ちた表現もまた考え抜かれているが、それは作品のエモーションを浮き彫りにする効果を持つ。フォルムに対する鋭敏な意識はそれ自体で自足せず、全体の構成=イデーに奉仕する、早くもそのようなことを感じさせる。展開部の頂点における震撼させるような高揚とそこから繋がる再現部冒頭の表現―極端な弱音と間―のコントラストもまたすさまじく、かつてこれほど効果に満ちたこの箇所の演奏を聴いたことがない。楽章全体、肥大したソナタ形式の極端な対比効果の追求。それでいてフォルムは端正ですらあり悪趣味に陥らない。カーチュン・ウォンの優れた感性の賜物だろう。なお、当日プログラムにも記されていた楽章終結直前の木管とトランペットで演奏されるハ長調主和音→ハ短調主和音への移行、ここで異様に強奏されるトランペットの効果も忘れがたい。

第2楽章は非常に滑らかな進行、しかし弦楽器群の対位効果が非常に意識されフレージングにも工夫が凝らされているので表情はのっぺりしない。もっとも、個人的にはアクセントやクレシェンドなどの効果をさらに生かして欲しかった気はする。ともあれ美しい演奏ではある。

第3楽章は意外に落ち着いた表現でいささか起伏に乏しかった感はある。なるほど「おだやかに、流れるような動きで」はあったが、より細部の棘が欲しくはあった(この辺りは個人的な好みの問題だろうが)。

続く第4楽章、清水華澄のメゾソプラノはビブラートが多くてやや荒く精緻さに欠けたのが残念だが、カーチュン・ウォンのサポートの巧みさはそれを補って余りある。特にソロにあわせてふっと音量を落とすところなどは全く巧みだ。

いよいよ最後の第5楽章ではカーチュン・ウォンの表現力が全開、特に打楽器の猛烈なクレシェンドから始まる行進曲風の箇所以降では各楽器が持てる表現力を振り絞って演奏していることが痛いほど伝わる。バンダにもいろいろと工夫が施されており、ステージ裏手(ドア開けず)やP席後ろの通路(ホール内ではない/ドア開ける)、LAとRAブロック後ろの通路(これもホール内ではない/ドア開けず)と音響上のさまざまなパースペクティヴ効果が追求されていてこれは奏功していた。東京音楽大学の合唱はよく訓練されていてさすがに声は若々しく張りがありその威力は絶大。ソロ2人、清水はやはりいまいち不調の感があるが吉田珠代のソプラノは伸びのある清澄な声。バンダは最後のクライマックスではP席のオルガン下に集結、ゆったりしたテンポと深い呼吸による高揚は圧倒的だ。ここに至って、第1楽章〜第5楽章前半の抑制感はこのコーダとの明確な対比効果を狙ったものだと明らかになる。もちろんどの演奏にしたところで第5楽章のコーダがクライマックスなのは当然だが、それが実際の演奏として表現され聴き手に伝わらなければ意味がない。やはりカーチュン・ウォンの俯瞰的な楽曲演奏設計とそれを実現させる手腕には瞠目する。
残るは第1、第6、第7、第8、そして『大地の歌』。カーチュン・ウォン&日本フィルの今後のマーラーにさらに期待が高まるような『復活』の演奏であった(第6は9月に演奏予定)。

(2025/4/15)

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〈Program〉
Gustav MAHLER:Symphony No.2“Auferstehung” in C-minor

〈Player〉
Conductor:Kahchun WONG,Chief Conductor
Soprano:YOSHIDA Tamayo
Mezzo Soprano:SHIMIZU Kasumi
Chorus:Tokyo College of Music
Concertmaster:TANOKURA Masaaki,JPO Solo Concertmaster