東京フィルハーモニー交響楽団 第1011回サントリー定期シリーズ|秋元陽平
東京フィルハーモニー交響楽団 第1011回サントリー定期シリーズ
Tokyo Philharmony Orchestra 1011th Suntory Subscription concert
2025年2月25日 サントリーホール
2025/2/25 Suntory Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei AKIMOTO)
Photos by 上野隆文/写真提供:東京フィルハーモニー交響楽団
<キャスト> →Foreign Languages
指揮・ピアノ:チョン・ミョンフン(名誉音楽監督)
ヴァイオリン:前田妃奈*
チェロ:ハン・ジェミン*
<曲目>
ベートーヴェン/ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲*
ベートーヴェン/交響曲第3番『英雄』
若き気鋭のソリスト、ハン・ジェミンと前田妃奈を迎えた三重協奏曲。二人がおのれの表現意欲を隠さない積極的な演奏を披露しただけに、その分だけ彼らの音楽を迎え入れるマエストロ、チョン・ミョンフンの音楽的包容力もまた際立った。この協奏曲のピアノパートはヴァイオリンやチェロに比してソロイスティックではない。チョンのピアノはむしろオーケストラパートとソロに細やかに応答するかたちで両者を繋ぐ役割を果たすようにきこえるのだが、このときの彼の演奏はほとんど簡にして要を得る凝縮・抑制されたスタイルで、二人の若手が意気揚々と戯れるさまを煽ることなく、彼らのエネルギーの奔出をたくみに整流してゆく。
音楽のすべてをコントロールしようとするのではなく、核心となる部分だけをピンポイントで賦活すること。自らの演奏を通じてそこに介入すること。彼のこのような熟練のピアノがあってこそ、前田とハンはほとんど前傾姿勢で鮮やかな丁々発止を繰り広げることができる。
続く『英雄』——それにしても、ベートーヴェンの音楽が前世代までの古典派楽曲と比べてなにほどかダイナミックなのはなぜなのか? 磯山雅はクロイツァーを引きながら、この問いにひとつの示唆を与える。つまり、強弱の変化がもつ表現上の役割がバッハの時代と異なるのだ(Cf.「ベートーヴェンにおける「ダイナミックなソナタ形式」の発明」、『音楽研究所年報』2001年度)。すなわちデュナーミク、つまりダイナミクスが文字通り「ダイナミック」なのだと。ところで、ダイナミックな音楽を強調すると、ただちにわざとらしい作劇に陥りかねない。大きいところを派手に、クレッシェンドを誇張的に、ピアニシモをかすれた音で奏すればいいというものではない。
この点、チョン・ミョンフンのベートーヴェンは、このような皮相なダイナミックさとは別次元にある。彼が『英雄』にもたらしたのは大袈裟なコントラストではなく、内的な集中がもたらす、ぴんと張った糸のような緊張感である。結局のところクレッシェンドであれディミヌエンドであれ、一つの音に注目してみたときにはその音が持っている運動の方向性であって、いわば次の瞬間に別のエネルギー状態へと移動せんと張り詰めた状態である。彼のタクトは驚くほど沈着なまま、この「張り」をベートーヴェンの意匠の全体に仕掛け、現代でもなお長大に感じられるこの交響曲を、息もつかせぬ躍動感で駆け抜ける。オーケストラはチョンの要求にアンサンブルの水準ですべて応え切っているわけではないものの、しかしこの指揮者の端的な指示に全身で応じており、その緊張が客席まで伝わってくる。わけても本演奏会は、第二楽章、葬送行進曲が、ベートーヴェンの筆のもとで新たな芸術へと自らを拡張していこうとする交響曲というジャンルが抱え込んだ不気味な爆弾のようなものだと思い知らせてくれた。それは音楽が自らと対立し、おのれを挑発し、葛藤の中で別のものへと変貌していこうとする、そうした並外れた不穏さなのだ。
(2024/3/15)
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<Cast>
Conductor & Piano: Myung-Whun Chung (Honorary Music Director)
Violin: Hina Maeda
Cello: Jaemin Han
<Program>
Beethoven: Triple Concerto for Piano, Violin, and Cello
Beethoven: Symphony No. 3 “Eroica”