NHK交響楽団 第2031回 定期公演 プログラムA |藤原聡
NHK交響楽団 第2031回 定期公演 プログラムA
NHK Symphony Orchestra,Tokyo
the 2031st subscription concert Program A
2025年2月9日 NHKホール
2025/2/9 NHK Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:NHK交響楽団
〈プログラム〉 →Foreign Languages
ツェムリンスキー:シンフォニエッタ 作品23
R.シュトラウス:ホルン協奏曲 第1番 変ホ長調 作品11
※ソリストアンコール
ピアソラ:タンゴ・エチュード第4番
ドヴォルザーク:交響詩『のばと』作品110
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
〈演奏〉
NHK交響楽団
ホルン:ラデク・バボラーク
指揮:ペトル・ポペルカ
コンサートマスター:長原幸太
2022年の8月にマティアス・ピンチャーの代役として急遽東響に登場、その逸材ぶりがまたたく間に知れ渡ったチェコはプラハ出身、今年39歳のペトル・ポペルカ。さらにその2年後の2024年にはプラハ放送響と再来日を果たしスメタナの『わが祖国』などのプログラムでオーソドックスな中に新鮮な表現を内包させた演奏でふたたびファンを唸らせる。元々はコントラバス奏者でシュターツカペレ・ドレスデンの副首席奏者を務めていたというポペルカの指揮活動期間はこの5年ほどだというから、指揮者の資質に恵まれ過ぎるほど恵まれていたということなのだろう。なお、今回のN響への初客演は同オケの企画担当者が先述した東響への客演に接してその演奏の素晴らしさに驚き、自身のオケへ招くことをプランニングした末に実現したものだ。本定期公演のプログラム、最初と最後にツェムリンスキーとヤナーチェクの同じ曲名の作品―シンフォニエッタ―を外枠として置き、その間にポペルカと同郷チェコのドヴォルザーク作品とやはり同郷のホルン奏者バボラークを迎えてのR. シュトラウスのホルン協奏曲を配置。申すまでもないだろうがヤナーチェクもチェコの作曲家。まずはお国ものを前面に出した公演である。
さて、最初のツェムリンスキーのシンフォニエッタはなかなか実演で聴く機会がない佳曲と思う。マーラー、それにも増して初期シェーンベルクやベルクの作品からの影響が濃厚な本作は、比較的小ぶりの編成のオケから爛熟したロマン的な色彩と非常に鋭利でモダンな楽想の変化を並列させた作品で、指揮者とオケにはまずそれらを的確に描き分ける「運動神経」が求められよう。腰が重いと作品の良さが活きないが、その意味ではこの演奏は全く理想的だった。特に快速な第1楽章と第3楽章は切れ味の良さと音色の温かみ、緻密な合奏を両立させたきわめてハイレヴェルな演奏で、自身がコントラバス奏者であるためか、特に弦楽器群への細やかな指示によるニュアンスの交代が印象に残る。なまなかな指揮者が振ると捉えどころなく全体が拡散した印象を与えると思われる本作をこれだけ凝縮した響きで聴かせるとはなるほどポペルカは逸材、と頷く他ない。
ツェムリンスキーでポペルカの力量に唸らされたあとにはこれまた逸材中の逸材ホルン奏者であるバボラークが登場してのR.シュトラウス。驚異の演奏と形容しよう。この楽器に付きものである音程やブレスの不安定さ、ムラが全くない。音の繋がりは滑らかかつ自然でピアニッシモはただ小さいだけでなく音に芯と微細なニュアンスもあり、そして朗々たるフォルテは豪快に鳴り渡る。言うならば息を吸うように自然にホルンを操っており、他のホルン奏者の演奏にしばしば感じられる演奏の困難さを聴き手に感じさせない。恐らく天才なのだろう。全くもって驚いた。第1楽章のバボラーク自作であろうカデンツァは縦横無尽、最後にはジークフリートの角笛のモティーフを入れ込むお遊びも。そしてポペルカのサポートも抜群。シュターツカペレ・ドレスデンというR. シュトラウスゆかりの名門オケに在籍していたということが間違いなく関係あるだろうが、その音響バランスが最良の意味で「中庸」なのだ。高音も低音も突出せずに中域に厚みがあり全体としてまろやかにまとまり、刺激的な音が絶対に鳴らない。N響がかのドレスデンのオケのようなバランスで響くのだ(なお、ドレスデンの響きは質こそ違えどその柔らかさ、まろやかさ、有機的な統一性においてチェコ・フィルとも共通するものを感じるが、先に記したようにポペルカはプラハ出身、ドレスデンとプラハは距離的にかなり近い)。ポペルカとN響には将来R. シュトラウスの交響詩をぜひとも演奏して欲しいところだ。ケンペのような―あるいはそれを現代的にスマートにしたような屈指の名演奏になるのではないか。バボラークはアンコールにピアソラのタンゴ・エチュード第4番を吹いたが、これは元来フルートのための曲である。まさに変幻自在、ホルンの表現を拡張。最後の人を食ったようなフラッターの鮮やかさには客席から笑いが。以下は余談、N響のホルン奏者の方が協奏曲のカデンツァ中、そしてアンコール中に「いやぁ、これはすごい…」というような表情で聴き入っていたのも印象的である。
休憩をはさんではドヴォルザーク『のばと』。ドヴォルザークがアメリカから帰国した後に書いた本作を含む5つの交響詩はいずれもが良い作品ながらあまり演奏される機会がない。今回ポペルカが取り上げてくれたのは嬉しいが、これもまた先に記した「中庸」の美学が最高に発揮された名演と称せよう。これを聴きながら筆者はヤクブ・フルシャのことも連想したのだが、ポペルカといいフルシャといい、この2人が振ると日本のオケからまろやかな中欧の音が出る。ウィーンのような甘さではなくもっと奥ゆかしい渋さをともなって。ポペルカの演奏は、おどろおどろしいストーリーを背景にもつ本作をこれみよがしに表現するのではなく、非常にしっとりした情感をともなって演奏した。しかしもちろん鈍いわけではない。2つ目の主題のアイロニカルな表情やエピローグ前のクライマックスの作り方も十分にドラマティック。部分の演奏効果も十分ながら全体の流れも良い。既にベテランの技。
そして最後にはヤナーチェクのシンフォニエッタ。ステージ後方には13人の金管群のバンダが並ぶ。冒頭からしなやかで膨らみのある合奏が心地よい。迫力十分ながらうるさくないが、全曲を通じて表面的、直接的な迫力よりも色彩感、5部構成のメリハリ/コントラストに留意した演奏が展開されていた。これも大変優れた演奏だ。
この日の4曲、ポペルカのキモはバランスの良さ、中庸の美学、全体の構成感。猛烈な迫力のある演奏、あるいは誇張された表現が聴きたいという向きにはおとなしく感じられる可能性もあるが、この指揮者の非凡さは疑う余地なし。未聴の方は(そうでなくとも)次回来日時にぜひとも会場に駆け付けられたい。
(2025/3/15)
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〈Program〉
Alexander Zemlinsky: Sinfonietta Op.23
Richard Strauss: Horn Concerto No.1 E- flat Major Op.11
※Soloist encore
Astor Piazzolla: Tango Etudes: Etude No. 4
Antonín Dvořák: The Wild Dove,sym.poem Op.110
Leoš Janáček: Sinfonietta
〈Player〉
NHK Symphony Orchestra, Tokyo
conductor: Petr Popelka
horn: Radek Baborák
concertmaster: Kota Nagahara