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NHK交響楽団 第2032回 定期公演 Bプログラム|秋元陽平

NHK交響楽団 第2032回 定期公演 Bプログラム
NHK Symphony Orchestra No.2032 Subscription concert B

2025年2月13日 サントリーホール
2025/2/13 Suntory Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei AKIMOTO)
写真提供:NHK交響楽団

<キャスト>         →Foreign Languages
指揮 :ペトル・ポペルカ
メゾ・ソプラノ:エマ・ニコロフスカ*

<曲目>
モーツァルト/アリア「私は行く、だがどこへ」K. 583*
モーツァルト/アリア「大いなる魂と高貴な心は」K. 578*
モーツァルト/交響曲 第25番 ト短調 K. 183
モーツァルト/レチタティーヴォとアリア「私のうるわしい恋人よ、さようなら ─とどまって下さい、ああいとしい人よ」K. 528*
シューマン/交響曲 第1番 変ロ長調 作品38「春」

 

エマ・ニコロフスカによるモーツァルトのアリア。オーケストラの深いところで溶け合う豊かな声質。なかなかいないほど超然とスケールの大きい歌いぶりで、「私は行く、だがどこへ」の堂々たる歌唱は、ここまで泰然と構えてくれたら夫のほうももはや安心であろうと思わされるほどであったが、彼女の重厚な音楽性はむしろ、復讐のパッションが炸裂する「大いなる魂と高貴な心は」、さらに国王(男性)の哀しみと絶望を歌う「私のうるわしい恋人よ……」の曲調によりしっくり来るものだった。こうなると彼女の『ばらの騎士』を聴いてみたい、という思いだ。

続いてモーツァルトの25番。ポペルカは全身を激しく揺すって、楽曲に潜在するあらゆるコントラストを引き出す。強弱だけではなく、スピード、音質、触感まですべて明確な対照のなかでめまぐるしく曲が展開する。目の覚めるような演奏であり、方向性は明確で、とくにfとpのコントラストは曲にメリハリをもたらすが、それだけに耳が慣れてくるとやや表面的、一様に感じられ、個別的な会話の綾が聞き取りづらくなっているようだ。ただこのエネルギッシュな解釈を通じて、ここ最近のN響の若返りを顕著に印象づけられたことも確かである。弦セクションを中心に、指揮者の意図を汲み取り、挑戦に応じようとする熱意がみなぎっている。

シューマンの1番。この交響曲は批評家や他の作曲家から主題の内的展開を欠くとして批判されてきた。それはそうかもしれないが、この曲のアクセントとなる突然の豹変(例えば冒頭すぐの転調)の数々は、春を前にして抑えられない不安と期待に身を焦がす抒情詩人への、いわば内側からの共感なくして解釈できないだろう。同業の作曲家でさえそう考えているのだ。例えば池辺晋一郎は、この交響曲には音符だけ追いかけてもわからない味があるかもしれない、と断ってから分析を始める (『シューマンの音符たち』)。そして、本演奏会で音楽家としてのポペルカの音楽家としての魂が最も強く共振したのはこの楽曲であったように思われる。共振というからには、この曲を指揮台から意のままに操縦していたわけではない。むしろモーツァルトで見られた明快なコントラストへの志向はここでは影をひそめ、ポペルカはN響のなかに渦巻く色々な感情の流れのなかに自ら腰まで浸かりながら、その一つ一つの流れを描き分けながら模索していた。オーケストラを強くグリップするというわけではなく、ときに流れを見失いそうになったり、急流に足を取られそうになったりもする。しかしこの見通しのつかなさそれ自体から、ポペルカがシューマンと同じ地平に立ってその内奥の神秘を探索しようとする、音楽家同士の共鳴が感じられるのだ。それにしても、ここでもN響は非常に瑞々しいオーケストラに変貌しているという強い印象を与えた。単に若い楽員が増えたとか、そういうことではない。フレッシュな指揮者との化学反応であると言うこともできるが、その化学反応を準備する何かが、すでにN響の中で起こっているようだ。

(2024/3/15)

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<Cast>
Conductor: Petr Popelka
Mezzo Soprano*: Ema Nikolovska

<Program>
Mozart / Vado, ma dove?, aria K. 583*
Mozart / Alma grande e nobil core, aria K. 578*
Mozart / Symphony No. 25 G Minor K. 183
Mozart / Bella mia fiamma, addio—Resta, oh cara, recitative and aria K. 528*
Schumann / Symphony No. 1 B-flat Major Op. 38, Frühlingssinfonie (Spring Symphony)

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