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名古屋フィルハーモニー交響楽団 東京特別公演|藤原聡

名古屋フィルハーモニー交響楽団 東京特別公演
Nagoya Philharmonic Orchestra Special Concert in Tokyo  

 2025年2月25日 東京オペラシティ コンサートホール
2025/2/25 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by  中川幸作/写真提供:名古屋フィルハーモニー交響楽団 

〈プログラム〉
マーラー:交響曲第6番 イ短調 『悲劇的』     →foreign language

〈演奏〉
名古屋フィルハーモニー交響楽団
指揮:川瀬賢太郎
コンサートマスター:小川響子(名フィル コンサートマスター)

 

名フィル恒例、年に1度の東京特別公演。昨年2024年は音楽監督の川瀬賢太郎指揮によりレスピーギのローマ3部作が演奏されたが、これは細部まで磨かれて細やかであると同時に熱気にも満ち溢れた大変に優れた演奏であった。そして今年はマーラーの交響曲第6番『悲劇的』である。ローマ3部作は描写音楽であるがゆえにその音楽構成は部分の魅力の累積で成り立つ。しかしマーラーの交響曲、中でも『悲劇的』は4楽章構成というプロポーション、楽章間の関連する音楽素材の表現のコントラストの付け方など、内的な連関によって作品を統一しなければならない(交響曲という器をメタレヴェルで用いたがゆえの過剰、破綻などの論点はその先の話だ)。この辺りを川瀬がどう捌くか、が最大の聴きどころとなるだろう。

まず第1楽章、テンポは思いのほか遅い。アレグロ(速く)・エネルジコ(精力的に)、だがマ・ノン・トロッポ(はなはだしくなく)、との指示が吟味されていると感じる。低弦の響きはタイトに引き締められ、テンポも揺らぎなくその安定感は抜群。既に冒頭から川瀬と名フィルのコンビネーションと技術力の高さが浮き彫りに。第2主題では明快かつ繊細なアーティキュレーションにより旋律の性格がはっきりと立ち現れる。ヴァイオリン群の純度の高い瑞々しい響きも特筆すべきだ。管楽器群の輝かしい響きもすばらしい。但しいささか気になったのはこの楽章のイメージを決定付けるスネアドラムの響きで、これがいささか大味で全体のバランスからすると悪い意味で突出して聴こえる。また、展開部でのあの静謐な挿入部ではそれまでとさほど気分の変化がなく対比が弱いが、続く再現部からコーダの高揚に至る設計は巧みなもの。総じて素晴らしい箇所と弱い箇所が混在するこの楽章の演奏だったが、どうあれ川瀬は野放図にオケを解放せずに常にその意志は行き届く。

第2楽章にはスケルツォではなくアンダンテを置く。ここでもテンポは遅め。響きの純度の高さは第1楽章と変わらずそれ自体には惹かれるのだが、基本的にテンポを動かさず抑揚もあまりないがゆえにやや平板に聴こえる。ここまで本演奏を聴いて、川瀬はこの両楽章をあくまで理知的かつ端正に構築しようとしている印象を持った。もっと言うならば、努めて冷静に指揮しようとしているように感じたのだが。

などと思っていたところ次のスケルツォでは逆に速いテンポによる攻めた表現、各パートの明滅をはっきりと打ち出した非常に情報量が多く「錯綜した」演奏が展開されていた。これは恐らく意図的なものだろう。トリオにおける偽装された素朴さの表現―強調されたアクセントの交代―はけだし聴きもの。

そして終楽章では、ここまで抑制していた力感を存分に解放したような演奏が繰り広げられる。そのカタルシスの効果は極めて大きなものがあり、なるほど、前半の2つの楽章のあの演奏スタイルは終楽章との対比において意味が感知されると気付く(スケルツォは、適切な喩えかはさておきそれ単体で独立した、しかし前後関係があるからこそ意味を持つ「箸休め」。そもそもこの楽章は悲劇の戯画だろう)。ここでの川瀬の演奏で特筆すべきは展開部から再現部に至る巧みな音響コントロール。カオティックな様相を呈することなく、それでいて音楽の狂騒を的確に描いていく。本作には私小説的な側面が多分に反映されているにせよ、それは作品全体の極めて理知的な構成の中に完璧に昇華されている。川瀬の演奏は作品の外形を非常な高水準でトレースすることにより、自ずとその内実が表現されるような演奏に向かう。外堀を緻密かつ大胆に埋めていき本丸に到達せんとする。全てが上手く行ったわけではないにせよ、指揮者の手腕と作品に対する誠実さは明白であろう。

なお、来年2026年の名フィル東京特別公演も既に詳細が決定しており、川瀬賢太郎指揮の武満徹の『系図-若い人たちのための音楽詩-』とR. シュトラウスの『英雄の生涯』というプログラムで2月24日にサントリーホールで開催される。実に楽しみではないか。

(2025/3/15)

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〈Program〉
Gustav Mahler: Symphony No.6 in A minor  “Tragic”

〈Player〉
Nagoya Philharmonic Orchestra
KAWASE Kentaro,Conductor/Music Director
OGAWA Kyoko, Concertmaster

 

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