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濱田芳通&アントネッロ モンテヴェルディ 歌劇オルフェオ|大河内文恵

開館70周年記念 音楽堂室内オペラ・プロジェクト第7弾 濱田芳通&アントネッロ モンテヴェルディ 歌劇オルフェオ
Kanagawa Prefectural Music Hall Claudio Monteverdi: L’Orfeo,
2025年2月23日 神奈川県立音楽堂
2025/2/23 Kanagawa Prefectural Music Hall

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by ヒダキトモコ

<出演>        →foreign language
指揮:濱田芳通
演出:中村敬一

オルフェオ:坂下忠弘
エウリディーチェ:岡崎陽香
ムジカ/プロゼルピナ:中山美紀
メッサジェーラ:彌勒忠史
スペランツァ/精霊:中嶋俊晴
プルトーネ:松井永太郎
牧人:中嶋克彦
牧人:新田壮人
牧人/精霊:田尻健
牧人:川野貴之
ニンファ:今野沙知恵
アポロ/精霊:酒井雄一
カロンテ/精霊:目黒知史
牧人/精霊:近野桂介
ニンファ:田崎美香

管弦楽 アントネッロ
ヴァイオリン/リラ・ダ・ブラッチョ:天野寿彦
ヴァイオリン:宮崎蓉子 丹沢広樹
ヴィオラ:佐々木梨花
ヴィオラ・ダ・ガンバ/リローネ:竹澤秀平
ヴィオローネ:布施砂丘彦
コルネット:濱田芳通 細川大介
コルネット/ナチュラルトランペット:得丸幸代
ナチュラルトランペット:齋藤秀範(2/22のみ)
サクバット:南絋平 野村美樹 栗原洋介
ファゴット:長谷川太郎
リコーダー:織田優子
リュート:高本一郎
ハープ:伊藤美恵
チェンバロ/ハープ:曽根田駿
オルガン/レガール:上羽剛史
パーカッション:立岩潤三

スタッフ
装置:増田寿子
衣装:村上まさあき(東京衣装株式会社)
照明:矢口雅敏(LOY)
映像:荒井雄貴(株式会社アライ音楽企画)
ヘアメイク:きとうせいこ
音響:小野隆浩
演出助手:吉野良祐
コレペティトア:上羽剛史 曽根田駿 谷本喜基 長久真実子
舞台監督:山中舞(株式会社スタッフユニオン)
舞台監督助手:曽田浩子 森岡千春
字幕:タナカ・ミオ
オーケストラマネージャー:鈴木一也
楽器提供
オルガン&レガール:石井賢
チェンバロ:高橋あつお(梅岡楽器サービス)

イラスト:やまだあいこ
宣伝美術:中島和哉

制作:栗原佳江 鷹野景輔 織田優子(アントネッロ合同会社)
保坂徹平
神奈川県立音楽堂(指定管理者:公益財団法人神奈川芸術文化財団)
兵庫県立芸術文化センター

 

アントネッロによるモンテヴェルディの《オルフェオ》公演は、神戸で2回、神奈川で2回の計4回おこなわれたが、神戸は完売、神奈川もほぼ満員の客入りで、筆者が聞いた23日は終演後、客電がつくまで歓声とスタンディングオベーションが続いた。

音楽雑誌や一般の新聞などでも取り上げられるようになって、アントネッロを初めて聞く人たちが「これがバロック・オペラなのか?!」と驚いたというだけでは、説明がつかない。これまでもアントネッロを聴いてきた人たちは、すごいものが聞けるだろうという期待とともに会場に足を運んだはずだが、彼らにとっても予想を超える公演だったということだろう。それがどういうことだったのか、紐解いてみたい。

この日(23日)は東海道線や京浜東北線が開演少し前の時間帯に止まってしまい、急遽、開演時間が10分後に変更された。これで助かった人も大勢いたことだろう。紅葉坂を息せき切って座席にたどりつき、さてあのトッカータ(序曲の開始部分)!と待ち構えていたら、何やら違う。

幸か不幸か、筆者は早めに着いてプログラムをじっくり読む時間があったので、通常のトッカータの前に《ラ・マントヴァーナ》というスメタナの交響詩《ヴルタヴァ(モルダウ)》でおなじみの民謡旋律の原曲を演奏することを知っていた。そのため、曲が違うという意味での驚きはなかったが、祝祭のファンファーレのように始まるトッカータでは味わえない、中世かルネサンスの民族的な風が吹いて、いにしえの世界に一気に連れていかれるような不思議な気分を味わった。

そうか、この《ラ・マントヴァーナ》で開始することが、今回の公演の最重要ポイントであったのか、だから何が何でも最初から聞いて欲しかったのかと気づいたのは、公演の何日か後であった。

さて、トッカータが終わって下降音型が印象的なリトルネッロに入る。この部分は通常弦楽器でなめらかに奏されるので、そう身構えていたら、管楽器(おそらくリコーダー)で主旋律が演奏され驚く。他の楽器は打楽器も含め、グルーヴ感満載。ここってこんなにワクワクする音楽だったっけ?と驚いている間にプロローゴが始まる。ムジカ役の中山は持ち前の輝かしい高音ではなく、低めの声で歌っていくのだが、楽器群も含めて歌詞と音楽とがぴったり合っていて、語りがそのまま音楽になったようにすっと入ってくる。小鳥や風といった歌詞の一つひとつが声と楽器で見事に具現化され、物語の世界へとまた一段と誘われる。

オペラというと、歌手の超絶技巧や役の心情の表現などが注目されがちだが、今回の公演は、そうした華やかさとは一線を画したものだった。誤解を招かぬよう付け加えると、歌手たちに華やかさがなかったと言いたいわけではない。今回の《オルフェオ》の舞台は、歌手たちの歌の上手さを披露する場ではなく、あくまでもオルフェオの物語の中に全員が溶け込んでいることが表現された舞台だったのである。それが最もよく表れていたのがアジリタの使い方だった。

バロック・オペラでは特に、歌手の技巧を誇示するためもあり、華麗な装飾であるアジリタが多用され、それがバロック・オペラを聞く楽しみの一つでもある。しかし今回は、アントネッロにしてはアジリタが控えめ。これだけ楽器群が盛り盛りなのになぜ?と思いながらしばらく聞いていて気づいた。アジリタの意味が違うのだ。歌詞のなかに嘆き、嘲り、感情の昂りといった要素がある時にだけ、しかもそれぞれの要素に合った装飾が施されている。

ふつうは、ストーリーと音楽があって、それを飾り立てるためにアジリタがある。つまり、アジリタは演奏効果としては重要だけれど本筋ではない。この公演では、アジリタすらも物語の骨格をなしていると気づいたとき、これはとんでもないものを目撃しているのだと空恐ろしくなった。

そうした物語への工夫は、歌詞でオルフェオが出てくる直前の音の変化や、ハープの短い走句や合いの手、リュートの雄弁さ、レガールの禍々しい響きなどでも感じられたのだが、物語に組み入れられたのは、観客も例外ではない。宴の場面では、舞台上からキャストが手拍子を求め、観客も一緒にコール&レスポンスで答える。そうして心と体全体で浮かれ切った観客に冷や水を浴びせたのは、エウリディーチェの死の知らせを持ってきた女の使者メッサジェーラである。ここでの彌勒の歌唱は、急激な場面転換を明示し、天国から地獄へ落ちるオルフェオの心情と悲劇性を突き付けてくる強く印象に残るものだった。第2幕の終わりでリトルネッロが戻ってくると、それまでの緊張感が和らぎ、みなほっと休憩に入るのだった。

今回の公演では、オルフェオとエウリディーチェ、メッサジェーラ以外は基本的に二つ以上の役を演じていたのだが、みなそれぞれの役にぴったりで、それが小劇場の演劇をみているかのような錯覚を起こさせた。ベースは群像劇なのだが、それぞれのキャラクターが明確で飽きることがなく、モンテヴェルディさん当て書きしました?と言いたくなるくらいの適材適所ぶり。

いつものアントネッロと大きく違うのは、この公演のためにオーディションをして、新しい歌手を迎え入れたところだろう。このオペラには二重唱がたくさんあるのだが、いろいろな組み合わせで次々と繰り広げられる二重唱がどれもこれも良くて、短いものも含めて一つひとつが宝物のような時間であった。

聞いていると、いかにもモンテヴェルディらしい音楽と、ペーリやカッチーニの《エウリディーチェ》を思わせる音楽とがある。オルフェオが一人で歌う部分では、おそらくカッチーニの《エウリディーチェ》のfuneste piaggeを模したと思われるところが何度かあった。また、プロゼルピナとプルトーネの地獄夫婦の場面では、モーツァルトの魔笛の夜の女王とザラストロの原型を見ているように感じた。最初期のオペラを参照しつつ、新しい音楽を組み合わせ、さらに未来のオペラへの展望を開いたモンテヴェルディの才を「ほら」と濱田にみせられている気がした。

さらに、特に後半に多い嘆きの表現は、そのバリエーションの豊富さに唸らされる。悲しみや嘆きに定型はなく、それぞれにそれぞれの嘆きがあるのだという、考えてみれば当たり前だがつい忘れがちなことを思い出させられた。身近な人を失う苦しみ、オルフェオが体現していたその苦しみは、舞台の上でいま進行中の出来事であると同時に、客席に座る私たちひとりひとりが今抱えているかもしれず、過去に抱えていたかもしれず、未来に抱えることになるかもしれないものである。そして、いま世界でそれを大勢の人々が抱えているという現実がある。

オペラの最後の音を長く伸ばしている間に、トッカータの旋律を入れ込んできた遊び心が心憎い演出である。またアントネッロのファンが増えたことだろう。

(2025/3/15)

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<performers>
Conductor: Yoshimichi HAMADA
Stage Director: Keiichi NAKAMURA

Orfeo: Tadahiro SAKASHITA
Euridice: Haruka OKAZAKI
La Musica / Proserpina: Miki NAKAYAMA
Messaggera: Tadashi MIROKU
Speranza / Spirito: Toshiharu NAKAJIMA
Plutone: Eitaro MATSUI
Pastore: Katsuhiko NAKASHIMA
Pastore: Masato NITTA
Pastore / Spirito: Takeshi TAJIRI
Pastore: Takayuki KAWANO
Ninfa: Sachie KONNO
Apollo / Spirito: Yuichi SAKAI
Caronte / Spirito: Tomofumi MEGURO
Pastore / Spirito: Keisuke KONNO
Ninfa: Mika TASAKI

Orchestra:
Violin / Lira da braccio: Toshihiko AMANO,
Violin: Yoko MIYAZAKI, Hiroki TANZAWA
Viola: Rika SASAKI
Viola da Gamba / Lirone: Shuhei TAKEZAWA
Violone: Sakuhiko FUSE
Cornetto: Yoshimichi HAMADA. Daisuke HOSOKAWA
Cornetto / Trumpet: Yukiyo TOKUMARU
Sackbut: Kouhei MINAMI, Miki NOMURA, Yosuke KURIHARA
Fagotto: Taro HASEGAWA
Recorder: Yuko ODA
Luto / Baroque guitar: Ichiro TAKAMOTO
Harp: Mie ITO
Cembalo / Harp: Hayao SONEDA
Organ / Regal: Tsuyoshi UWAHA
Percussion: Junzo TATEIWA

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