トッパンホール ニューイヤーコンサート2025|藤原聡
トッパンホール ニューイヤーコンサート2025
Toppan Hall New Year Concert 2025
2024年1月20日 トッパンホール
2024/1/20 Toppan Hall
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 大窪道治/写真提供:トッパンホール
〈プログラム〉 →Foreign Languages
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008
ブリテン:無伴奏チェロ組曲第1番 Op.72
ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 ト短調 Op.57
※アンコール
ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 ト短調 Op.57〜第3楽章
〈演奏〉
ピーター・ウィスペルウェイ(チェロ)
山根一仁(ヴァイオリン)
毛利文香(ヴァイオリン)
湯本亜美(ヴィオラ)
北村朋幹(ピアノ)
ニューイヤーコンサートと銘打ってはいても、例えばウィーン・フィルのそれや NHKのニューイヤーオペラコンサートなどを想像してはいけない。このトッパンホールのものは2008年からたびたび同ホールに出演しているピーター・ウィスペルウェイを核とし、そこに日本の若手実力派の演奏家を配して企画されたものだ。そのコンセプトは今年没後50年を迎えるショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲(5名全員参加)を後半のメインプログラムとし、前半はそのショスタコーヴィチが終生尊敬の念を抱いていたJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第2番、そしてショスタコーヴィチと生涯友情で結ばれ互いの作品に影響を及ぼしあったブリテンの無伴奏チェロ組曲第1番がウィスペルウェイのソロによって弾かれる(ちなみにショスタコーヴィチとブリテンのチェロ作品の背後にはロストロポーヴィチという存在もある)。つまり、このコンサートはショスタコーヴィチとウィスペルウェイが核となるのである。聴き手は作品の内容の「重さ」「深さ」に真正面から対峙することを求められるが、それは非常に楽しいことではなかろうか。さすがはトッパンホール。
まず最初にJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第2番。プレリュードが始まってすぐにそのくすんだ独特の渋い音色に魅了される。弓を強く押し当てず、繊細なボウイングで作品の多彩な表情を引き出す。ピッチは低く恐らくミーントーンであろう。ちなみにウィスペルウェイはJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲を過去3度録音しており、1番新しいものーとはいっても2012年録音だがーに似た解釈だと感じたが、それよりさらに融通無碍の境地に達しているようだ(1回目と2回目の録音はよりモダンの美学に立脚した演奏)。アルマンドやクーラントのいわゆる「ノート・イネガル」などもいかにも自由なひらめきに満ちているが、よく考えられていながらもそれが即興的な趣きを感じさせるところは最近のウィスペルウェイのさらなる進化と聴いた。いわゆるガチガチのHIP奏法ではなく、独自の感性で再創造されたバッハ。すばらしい。
続いてはブリテンの無伴奏チェロ組曲第1番。この作曲家の作品には独特の底知れぬ暗さや精神の闇を感じさせるものが多いが、本作はその最たる例だ。まずこの日の演奏、度重なる重音や左手によるピチカートなどの特殊奏法を完全に手のうちにいれているウィスペルウェイの作品の血肉化の度合いが尋常ではない(暗譜で演奏)。特にピチカートのみで演奏される「セレナータ」やハーモニクスとコル・レーニョの素早い交代からなる実に奇妙な(1度聴いたら忘れがたい音楽ではなかろうか)「マルシャ」の鮮やかさは筆舌に尽くしがたい。第9曲における第1曲の主題提示も構成の妙を感じる。ブリテンの無伴奏チェロ組曲は3作品存在するが、どの曲も楽想が晦渋な上に切れ目なく続けて演奏されるのでうっかりすると構成が分かりにくい。しかし、ウィスペルウェイの演奏ではまったくそういった感想を抱かせないのだ。疑いなくブリテンの無伴奏チェロ組曲の最高の演奏だろう。
さて、休憩を挟んでは全員が登場してのショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲。山根、毛利、湯本、北村の4人、ベテランのウィスペルウェイに全く遠慮なし。非常にエキサイティングな演奏だ。ピアノが入る室内楽作品の場合、弦楽四重奏などと比べてピアノを核としそれぞれが比較的自由に振る舞う余地があるように思うが、まさにそれを地で行くがごとく。山根の1stは細身の音でヴィブラート抑えめのやや神経質な表現、対して湯本のvaは肉厚かつ豪快な音色でグイグイ押す。ウィスペルウェイのチェロは若手に負けじと張り合い、そして北村のピアノは硬質な音によりショスタコーヴィチのアイロニカルな楽想を生かし切る。いわゆる「まとまり」の良い演奏とは言えないが、この生き生きした演奏の前にはそんなことは全く問題にならない。この作品、静寂が多く簡素な書法についてプロコフィエフが「残念ながら情熱に欠けている」「ショスタコーヴィチが60歳であればこのやり方は美徳だろうが、今の年齢では不利になる」と述べており、筆者も作曲者34歳時の作品の割には(いや、年齢を考慮せずともショスタコーヴィチの室内楽作品中では)音が少なくいささか地味との印象があったのだが、この日の演奏はそんなイメージを完全に打ち砕いた。今さらながら、演奏によって作品のイメージが変わるクラシック音楽の面白さ。
この快演に会場は大いに沸いたが、それに応えて第3楽章がアンコールされた。これがまた本編の演奏以上にノリまくり、それぞれの奏者のアイコンタクト、丁々発止のやり取りには快哉を叫びたくなるほど(ちなみに北村朋幹が笑顔を見せいかにも楽しそう、ステージではいつもクールな北村のこんな姿は初めて見た)。
トッパンホールには来年以後も攻めに攻めたニューイヤーコンサートを期待しておきたい。
(2025/2/15)
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〈Program〉
J.S.Bach:Suite für Violoncello allein Nr.2 d-Moll BWV1008
Britten:Suite for Violoncello No.1 Op.72
Shostakovich:Quintet for 2 Violins,Viola,Violoncello and Piano in G minor Op.57
※Encore
Shostakovich:Quintet for 2 Violins,Viola,Violoncello and Piano in G minor Op.57〜3rd movement
〈Player〉
Pieter Wispelwey,Violoncello
Kazuhito Yamane,violin
Fumika Mohri,violin
Ami Yumoto,viola
Tomoki Kitamura,piano