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都響スペシャル|秋元陽平

都響スペシャル
TMSO Special

2025年1月15日 サントリーホール
2025/1/15 Suntory Hall
Reviewed by Yohei AKIMOTO(秋元陽平)
Photos by Rikimaru Hotta/写真提供:東京都交響楽団

<キャスト>         →Foreign Languages
指揮/レナード・スラットキン
ヴァイオリン/金川真弓
<曲目>
シンディ・マクティー:弦楽のためのアダージョ(2002)
ウォルトン:ヴァイオリン協奏曲
ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調op.27

 

スラットキンと都響の初邂逅。その協演の響きは水彩画のようだ。音の減衰が早く、ニュアンスは柔らかく、濁りのない透明なストリングスや、雑味がなく端正なブラスセクション。他方、しばしばアメリカ性なる曖昧な観念と結びつけられがちなスラットキンのサウンドには、実際にはそのような括りでは言い表せない独特のエレガンスの追求が見いだされる。オーケストラに余計な力を加えることなく、要所のリズム動機を的確につかむことで音楽の内的な対立を調和させ、聴衆の耳に均整のとれた形で届くように音色をブレンドする。その意味で、スラットキンと都響は対立するというよりは、ある意味では容易に互いに歩み寄ることが想像されたが、しかしそれがラフマニノフでどう作用するかは、聴いてみなければわからないものだ。
皮切りとなるのは9.11の犠牲者に捧げられたシンディ・マクティーのアダージョ。半音階的な進行を伴う二つのモチーフの噛み合わない同時進行からはじまり、すれ違いのなかで静かに共存する違和それ自体がひとつの悲痛な連祷を生み出す。この趣向は、昨年METオーケストラとネゼ・セガンが上演した年若のアメリカ人作曲家ジェシー・モントゴメリーによる『すべての人のための讃歌』を思い出す。無論作風は異なれど、二人とも死者への祈りとして音楽を手向けている(モントゴメリーの楽曲はコロナ禍の犠牲者に捧げられている)。モノトーンな調性感とそれが生み出す違和によって、静かな喪の情念を表現するかのようだ。21世紀のアメリカでクラシック音楽を作曲することは、それ自体背理的であることを引き受けなくては成立しない試みであることであるとして、その葛藤が、ある種の厳粛な機会音楽として発露する。無論この背理は「アメリカ」をどこの国に置き換えても成り立つのだが、かの地ではその緊張がもはや社会の全表面で露わになっているのだ。
ウォルトンの『ヴァイオリン協奏曲』は、まことにソリスト・金川真弓の独擅場だった。驚いたのは、まず中低音域の、ヴィオラを聴いているのかと思うほど深く豊穣な音色。そしてそれ以上に、この高低差の激しい協奏曲にあって、その深みから、最高音域まで間断なく上り詰めてはまた降りていき、ひとつの音楽の連なりとして提示するよどみない歌心だ。相当に激しい運動を要求されているのだが、彼女の演奏ではその技巧性は背景に退き、聴衆は歌の不朽の連なりに耳を傾けることができる。この堂に入ったソロに対して、都響はこの演目に関してはやや尻込みしていたように思われ、強い表現の方向性を見いだせていないように感じる場面もある。それでもウォルトンという作曲家は一瞬で自身の世界観に引き込むことに長けていて、『チェロ協奏曲』の一度聴けば忘れない不気味な出だしもさることながら、本作の特徴的な跳躍音型に始まる「つかみ」もなかなかに印象深いものだ。なにより、そこに咲くのはエルガー以来、北方人が夢見る妖艶な『南方の薔薇』なのだ。
ラフマニノフの交響曲第二番はもちろん歌また歌のめくるめく応酬なのだが、第一楽章に関してはむしろ、「また」の部分、つまり歌と歌のつなぎ方に特徴があるように思われる。そこでは同型の旋律の波が異なる位相で重なり合い、聴覚を掻き乱す歌の飽和が生まれる。しかしむしろスラットキンと都響はこの波同士の関係をきれいに整理し、水面の波同士がぶつかって作り出す模様のような端正な視覚世界を作り出す。抑制的なアプローチに感心しつつそこはかとない物足りなさも感じていたが、第二楽章ではアンサンブルの緻密な掛け合いが透視され、ラフマニノフの交響曲作家としての書き込みの細かさが明らかになり、引き込まれる。そして第三楽章、真冬の晴れ空のような、透明な叙情。あのクラリネットの切々とした唄もまた、ぴんと張り詰めた大気の中に滲み出すような、いわば風景に溶け込んだ感慨となる。この透明度を体験したのちの第四楽章、これまた爆発力に頼らない、祝祭の楽しさと一抹のさみしさ。こうして、スラットキンは端正なる抒情家であり、都響は彼のつかの間の故郷となる。ラフマニノフの解釈としては独自性が高いが、なぜ彼がこの交響曲を自家薬籠中のものとしているか、得心がいった思いだ。都響のサウンドの煌びやかなことといったら。再び協演の機会を待ちたい。

(2025/2/15)

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<Cast>
Leonard Slatkin(Cond.)
Kanagawa Mayumi (Vn)

<Program>
Cindy McTee : Adagio for string orchestra (2002)
Walton : Violin concerto
Rachmaninoff : Symphony No.2 in E minor, op.27

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