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国のない人々|丘山万里子

国のない人々
People Without a Country

2025年1月17日 杉並公会堂小ホール
2025/1/17 Suginami Public Hall Small Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by marmelo

<出演・曲目>        →Foreign Languages
[1] 東欧ユダヤの歌 “イディッシュ・ソング”〜祖国なき流浪の民の心の故郷〜
出演:こぐれみわぞう(歌)、上田惠利加(ピアノ)、河崎純(コントラバス)、立岩潤三(打楽器)
曲目:
『Yisrolik』(ゲットーの子) 作詞: Leyb Rozental 作曲:Misha Veksler
『Belz~Warszawo ma』(わが町ベルズ〜わがワルシャワ)作詞:Ber Kotlerman 作曲:Alexander Olshanetsky
『Inem land fun mayne zeydes』(祖父たちの地で)作詞:Jacob Jacobs/ Andrzej Wlast 作曲:こぐれみわぞう
『Lost in the stars』(星空に消えて)作詞:Maxwell Anderson 作曲:Kurt Weill
『Sholem lid』(平和の歌) 作詞:Adrienne Cooper 曲:traditional
[2] 河崎純・音楽詩劇研究所
* “ユーラシア”と“ディアスポラ”をテーマとした『ユーラシアンオペラ』*)より
出演:河崎純(作曲・演出・コントラバス)、小沢あき (ギター)、坪井聡志(歌)、上田惠利加(歌)、亞弥(舞踏)
*在日クルド民族の人々〜中近東の伝統的なフレームドラム“ダフ”の演奏〜
出演:伊藤結美、立岩潤三、上田惠利加(歌)
〜〜〜〜〜
[3] 在日コリアンの人々〜E.ギターと韓国伝統打楽器、Saxによるアンサンブル
出演:ファンテイル FangTaeil(エレキギター)、 卞仁子 Pyeon In Ja (チャンゴ)、柳絢子 Ryu Sunja (韓国伝統打楽器&ダンスパフォーマー)、金永柱 Kim Yung Joo(サックス)
曲目:
『何処へ』
『道』(オチェ)
『空』(リラ)作曲:ファンテイル
『風』作曲:キムヨンジュ
『故郷』作曲:ファンテイル

[4] NY育ちイラン人の義父を持つ日系人 Ayuo〜『国のない人々』のテーマによる曲集〜
出演:Ayuo(作曲、歌、ギター、etc)、立岩潤三(打楽器) 、音楽詩劇研究所(河崎純 Cb、小沢あきGt、三浦宏予dance 嶺川貴子 ナレーション)
心はいつも家なき子 作詞:寺山修司
The Night of My Dream
Rootless―国のない人々
創造された現実の中で生きている私たち
I Cry

<スタッフ>
スタッフ
音響:清正高章 宣伝美術:軸原ヨウスケ(cochae) 制作:斎藤朋(マルメロ)

 

『国のない人々』とは、ナチスがドイツ政権を掌握した際、クルト・ヴァイルが自称した言葉。トランプ大統領再任でのなりふり構わぬ自国第一主義は、世界の分断に拍車をかけ、排除排斥される「国のない人々」は増え続けよう。そうした中でユーラシア各地の音楽を切り口に、多様な表現者たちが投げかける「私たちのアイデンティティとは何か?故郷とは?」の問い。
前半は東欧ユダヤの歌、河崎純・音楽詩劇研究所『ユーラシアンオペラ』と在日クルドの人々による演奏、後半は在日コリアンの人々による演奏、Ayuo『国のない人々』のテーマによる曲集の4部構成。

全4部のうち、圧倒的だったのは[1]の冒頭、“東欧ユダヤの歌 イディッシュ・ソング ”のこぐれみわぞう。広大な大地にすっくと立つ1本の樹木のごとき力強い歌唱がステージにたくましく枝を伸ばす。筆者はイスラエルの旅で、街中のクレズマーや購入したイディッシュ・ソング CDなどで少しはこの種の音楽に接していたが、戦争で両親を失った『ゲットーの子』でのタバコ売り少年の訴え、『わが町ベルズ〜わがワルシャワ』の故郷への想いのたけ、モーセ伝説(海中に道を作りユダヤの民を救った)由来の『祖父たちの地で』に満ちる民衆の歌声がダイレクトに伝わる熱さ。ヴァイル『星空に消えて』を挟み、最後の『平和の歌』は安息日を祝う古謡を平和への願いに書き換え、各国語(今回はイディッシュ語・日本語・ヘブライ語・アラビア語・韓国語に上田惠利加編詞のクルド語)で歌い継ぐという離れ技。客席に唱和を求め、まさに差別分断排斥を超え「平和を!」のメッセージが最も直截に胸を刺した。彼女のオリジナル芸域、ロックチンドンの職人芸に感服しつつ、ふと耳に届くシャロームやセラーム(こんにちは)に真にリアルな願いを聴いたのであった。

もう一つ、大いに楽しんだのは後半に入っての[3]在日コリアンの方々の演奏と舞踊。エレキギター、韓国伝統打楽器、サックスによるアンサンブルだ。まずサックスでの『何処へ』に、これってブルースよね、とセンチメンタルな気分に。つまるところ甘悲しい演歌と思え、つい八代亜紀『舟唄』が脳裏をよぎり…と、品格あるチマチョゴリの卞仁子が現れてのさらなるじんわり歌唱、このこぶしは美空ひばりか。次いで賑やかにケンガリ(小鉦)を叩きつつカラフル衣装にフワンフワン揺れる白飾りを頭上に柳絢子が登場、チャンゴの名手卞仁子のビシバシババンの響きにのって踊る。俄然、韓国だ。興にのって発される掛け声に、ちょうど筆者後列に座す方々が呼応、まさに生の臨場感で、民俗芸能っていいよねやっぱ、と思わず身を乗り出す。最後、打のリズムにぐんぐんヒートアップの『故郷』、エレキギターとサックスの響きの滲み具合がまたよく馴染み、誰にしもある「心のふるさと」を疼かせるのであった。
筆者、パンデミック時にネットフリックスの韓国ドラマにはまり、以来、すっかりファンで入り浸っているのだが、そのハングルの音(おん)に漢字文化圏の同胞性を、一方で儒教・キリスト教がいり混じった独特の道徳倫理宗教感性に、彼我の相違を感じもする。
板門店ではるかに望んだ北朝鮮、両者を分つ渡れぬ河を思い起こしつつ、その音楽の強烈なダイナミズムと色濃い情念にやはりユン・イサンの「哭(なく)」が噴き上がってくる気がしたのである。

以下その他の演目。
『ユーラシアンオペラ』*)より、は電動車椅子に乗った男がロバ様(?)の被り物を被って登場(途中で脱ぐ)、ハイトーン(もしくは普通)で歌い、モダンバレエ的振り付けに楽器と女声が絡む。河崎がユーラシア大陸を旅しつつ出会う各地のアーチストとのコラボで創作されたオペラだそうだ。が、筆者にはこれらの音や歌をオペラ枠に嵌め込む、あるいは演出する必然性が今ひとつ不明であった。音と歌声、さらには河崎のダンサブル、あるいは髪振り乱しての熱情パフォーマンス演奏が、それだけで強く何事かを伝えており、筆者などステージ右端の彼を見たさに首を伸ばしたのである。それでも「その歌は私たちだけのものではない」(いい言葉だ)と繰り返されるフレーズは印象的だった。
続く「ダフ」は、そのエネルギッシュな打奏のノリに、ナイル・クルーズでの船上ガラベーヤ・パーティー(全員民族衣装で歌い踊る)を思いだし楽しかった。在日クルド歌舞踊団Denge Jine Japan(歌・ダフ)が事情により出演できなかったのは残念。

トリのAyuo作品。冒頭の寺山修司の『心はいつも家なき子』での弾き語り(Ayuo)こそ、詩句の持つ響きの美しさをそのまま静かに伝えて好感を持ったが、続いて入る長い女声ナレーション(日本語)の滑舌不足で早くも躓く。黒と金の派手な衣装のAyuoが長い手足をゆらゆらさせてのパフォーミング語り(日英)も、とにかく長い。伝えたいことを伝えるには、それに相応しいフォルム、強度が必要ではないか。「人間はどのようにして社会から自分のアイデンティティというものを植え付けられるのか」(プログラム記載)をテーマに、伝統とは?文化とは?といった問いかけがなされるが、多弁能弁はかえって力を削ぐ。

にしても、得るものは大きかった。
こぐれみわぞう、在日コリアンの方々の演奏の持つ強靭にある、精度と錬磨。
「平和を」という言葉があろうとなかろうと、音と声から響き立ってくるものがある。
アイデンティティなどといった、固有・固定的なものがどこかにあるわけではない。相互に関わり合ってこそそれは自覚され、その都度スパーク、発現するものではないか。
多様な歌、声、響きに改めてそう思う。
企画としては非常に興味深く、刺激的であった。

*)『ユーラシアンオペラ』については『ユーラシアンオペラへの道 』で詳細が知れる。

(2025/2/15)

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People Without a Country

Yiddish Songs” – songs of the Jewish people of Eastern Europe
 “YMiwazo Kogure (singer), Erika Ueda (piano)
Jun Kawasaki’s Music and Poetic Drama Institute
1)From “Eurasian Opera” on the theme of “Eurasia” and “Diaspora
 Jun Kawasaki (composer/director/contrabass), Aki Ozawa (guitar), etc.
2)Kurdish ethnic residents in Japan
 A performance of songs using the “daf”, a traditional Middle Eastern frame drum.
 Dengê Jinê Japan, Yumi Ito
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Korean residents in Japan (Zainichi Koreans)
 Electric Guitar, Korean traditional percussions and Sax
 FangTaeil (electric guitar), Pyeon In Ja (Korean traditional percussion),
 Ryu Sunja (Korean traditional percussion), Kim Yung Joo (A.Sax)
Ayuo is a Japanese-American who grew up in New York with an Iranian stepfather.
 Ayuo (lyrics, compositions, vocals, guitar, etc.), Junzo Tateiwa (percussion), Jun Kawasaki and
 Aki Ozawa from Music and Poetic Drama Institute, Takako Minekawa (narration)

Sound/ Takaaki Seisho
Production/ Tomo Saito (Marmelo)

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