1月の短評|瀬戸井厚子
2025年1月12日 俳優座劇場〔上演期間は1月11~18日〕
Reviewed by 瀬戸井厚子 (Atsuko Setoi) :Guest
T.ワイルダーの戯曲『わが町』は、日本でも久しく高い人気を保持しており、様々な団体による上演が重ねられてきた。筆者にとっても長年の愛着ある作品で、これが音楽劇になると聞いた時には、え、どんなふうになるの、大丈夫よね、と少しく揺らぐ胸を抱えて劇場に向かったものだった。もう10余年も前のこと。結果は、ほっ。作品が差し出してくれるものを、そっと受け取ることが、やはり、できた。
今回、同じ俳優座劇場で、初演の企画者と同じ西川信廣・演出、上田亨・音楽、俳優座劇場・プロデュースによる公演。なぜだろう、清新感、フレッシュ感が、初演時よりも強く感じられた。第3幕の墓地に(同時に客席空間に)たゆたう澄明の気。
劇中歌われる各曲の間に高度な親和性が実現していたことを特筆したい。各歌が響き合って、劇全体を通して音楽に途切れを感じるところがない。これはピアノ(佐藤拓馬)の支えが与ってのことだろう。歌唱レヴェルが総じて高く、安心して聴いていられる。
ただ一人歌わない進行係(清水明彦)がまた絶妙に程の良い響きのある声で、観客はこの声に導かれて自然体でグローヴァーズ・コーナーズの町に歩み入る。そこで出会う、夫でもあり父親でもあるギブズ医師(高橋ひろし)の存在感! まさにこの町で生活している人だ。ここは架空の町だから、あなたも私もあの人もこの人も、ここがわが町でありうる。
生者と死者をつないでくれるエミリー役に付き随って、この町に生き・死にゆく人びとの姿を見つめ、日々の暮らしの大切さ・美しさが改めて胸に落ちる。あなたの・私のわが町に(そして世界中の町に)住むあの人・この人ひとりひとりが、その人の生を生きて死することができますように、と祈らずにはいられない(戦禍の町ではそれができない!)。諦めずに願い続ける力を、この音楽劇から貰っていく。キャスト一新の今回の上演で、エミリーだけは変わらず土居裕子さん。アフタートークでも言われていたが、土居裕子エミリーは不滅です!
(2025/2/15)
さようなら俳優座劇場
俳優座劇場プロデュースNo.122
音楽劇 《わが町》
作 ソーントン・ワイルダー
翻訳 鳴海四郎
演出 西川信廣
音楽 上田亨
作詞 宮原芽映
出演
エミリー・ウェブ 土居裕子
進行係 清水明彦
ジョージ・ギブズ 奥田一平
ギブズ医師 高橋ひろし
ギブズ夫人 坪井木の実
ウェブ氏 斉藤淳
ウェブ夫人 片桐雅子
レベッカ・ギブズ 市川千紘
ジョー・クローエル/ウォリー・ウェブ/
サイ・クローエル 松本裕華
ソームズ夫人 満田恵子
サイモン・スティムソン 加賀谷崇文
ハウイ・ニューサム 桑原泰
ウィラード教授 進藤忠
ワレン巡査 松浦慎太郎
ピアノ演奏 佐藤拓馬
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瀬戸井厚子 (Atsuko Setoi)
フリーランスの編集者として人文社会系図書の編集に携わる。
演劇集団プラチナネクストに所属して舞台活動も継続中。