Menu

イル・ポモドーロ with フランチェスコ・コルティ|秋元陽平

イル・ポモドーロ with フランチェスコ・コルティ
il Pomo d’Oro with Francesco Corti

2025年1月21日 紀尾井ホール
2025/1/21 Kioi Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
Photos by ヒダキトモコ

<キャスト>         →Foreign Languages
フランチェスコ・コルティ(指揮、チェンバロ)
イル・ポモドーロ(古楽オーケストラ)
エフゲニー・スヴィリドフ (ヴァイオリン)
アンナ・ドミトリエワ (ヴァイオリン)
森田芳子 (ヴィオラ)
クリスティーナ・ヴィドーニ (チェロ)
リッカルド・コエラーティ (ヴィオローネ)
【ゲスト】前田りり子(フラウト・トラヴェルソ)

<曲目>
J.S. バッハ:チェンバロ協奏曲第1番ニ短調 BWV1052
C.P.E. バッハ:フルート協奏曲ニ長調 Wq.13
ゲオルク(イジー・アントニン)・ベンダ:チェンバロ協奏曲ヘ短調
J.S. バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調 BWV1050
(アンコール)ベンダ:チェンバロ協奏曲ヘ短調より第1楽章

フランチェスコ・コルティは高級車のトルクを彷彿とさせる重力を意識させない加速と減速によって、自在な緩急の遊びへと聴衆をいざなう。彼の速いパッセージは、ロマン派の早弾きのような大胆な噴出ではなく、むしろ完全に統御された語りのテンポのうちに各音の燦めきを象眼していくようで、いわば音楽の体幹がしっかりしているのだ。何人そこに乗っても大丈夫と思わせる包容力のあるスピード感で、チェンバロはバロック音楽においてアンサンブルの枢軸でありつづけることが理解できる。
さて、そのような「速さ」がとくに過剰なほどのエネルギーを生み出すように感じられたのが、今回の演目で言えばJ.S.バッハのチェンバロ協奏曲とブランデンブルグ協奏曲だ。J.S.バッハのチェンバロ作品の一部、とくに協奏曲においては、無伴奏ヴァイオリンまたはチェロや、カンタータには見られない、かれの人間的野心としか言いようのないギラギラとした輝きが放たれることがある。もちろん、華やかな技巧という意味では、ギャラント様式で書かれた彼の息子の世代の協奏曲のほうが派手とも言える。今回演奏されたゲオルク・ベンダにせよ、C.P.E.バッハにせよ、オーケストラ全体が軽やかにしなり、駆けだしたかと思えば優雅なステップを踏んで、独奏チェンバロとみごとな丁々発止を見せる。だがJ.S.バッハにおいては、楽節構造が相対的に明確であり、オーケストラの歩みが安定しているぶんだけ、その合間を縫うように縦横無尽に飛び交うチェンバロの音数の多さ、奔出がより際立って、言ってみれば過剰に感じられることがまた趣深い。通奏低音の役割を担ってきたこの楽器が、J.S.バッハのこうした試みを皮切りにソリストとして前面に押し出されたとすれば、当時の人々が受けたチェンバロの手数の多さに対する印象はなお強烈だったことだろうことが推し量られる。もっとも独奏部分でコルティが披露する、音のカスケードのすさまじい疾走感は、そうした歴史的パースペクティブなど考えずとも目の覚めるような爽快感があるのだが。
本公演でも、チェンバロはしばしば左手で低弦とともに通奏低音を担い、右手で即興的なパッセージを担当する。コルティはここでいわば一人二役を演じるのだが、オーケストラもまた、彼の左手の五指から放たれる音の射線上に自らの音をすべらせる。独奏者は近代の協奏曲のトレンドと異なり孤高の存在ではなく、ちょっとした対立と協調を行ったり来たりする、優雅な社交者たらねばならないのだ。もう一つ、強調しておくべきはもちろん、フラウト・トラヴェルソの前田りり子は、フリードリヒ2世の宮殿の賓客にもふさわしい、チェンバロとオーケストラが交わす会話の微細な方向転換に鷹揚に応じつつ、自らの音楽的な足取りをまったく乱すことのない優雅なソリストだったということだろう。本公演はこうして、バロック音楽の魅力が、古楽器の魅力的な音色のみならず、アンサンブルのなかでさまざまな役割が交代するその柔軟さにあることを改めて教えてくれた。

(2025/2/15)

—————————————
<Cast>
Francesco Corti conductor & harpsichord
il pomo d’oro (early music orchestra)
Evgenii Sviridov violin
Anna Dmitrieva violin
Cristina Vidoni cello
Riccardo Coelati violone
Guest soloist : Liliko Maeda flauto traverso

<Program>
Johann Sebastian Bach: Concerto for Harpsichord and Strings No. 1 in d minor BWV 1052
Carl Philip Emanuel Bach: Concerto for Flute, Strings and Basso Continuo in D major Wq. 13
Georg (Jiří Antonín) Benda: Concerto for Harpsichord and Strings in f minor
Johann Sebastian Bach: Brandenburg Concerto No. 5 for Flute, Violin, Harpsichord and Strings in D major BWV 1050
(Encore : 1st movement from Benda: Concerto for Harpsichord and Strings in f minor)