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バンジャマン・ベルナイム テノール・コンサート |藤堂清

バンジャマン・ベルナイム テノール・コンサート 
Benjamin Bernheim Tenor Concert 

2025年1月14日 東京文化会館大ホール 
2025/1/14 Tokyo Bunka Kaikan Main Hall 
Reviewed by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh) 
Photos by Kiyonori Hasegawa 

<演奏>        →Foreign Languages
バンジャマン・ベルナイム(テノール)
マルク・ルロワ゠カラタユー(指揮)
東京フィルハーモニー交響楽団

<プログラム>
【第一部】
ピョートル・チャイコフスキー作曲
―歌劇《エフゲニー・オネーギン》
  序奏とポロネーズ(オーケストラ)
  “青春は遠く過ぎ去り”
ガエターノ・ドニゼッティ作曲
―歌劇《ドン・パスクワーレ》
  序曲(オーケストラ)
―歌劇《愛の妙薬》
  “人知れぬ涙”
ジュゼッペ・ヴェルディ作曲
―歌劇《運命の力》
  序曲(オーケストラ)
―歌劇《マクベス》
  “おお、わが子たちよ! ~ああ、父の手は”
ピエトロ・マスカーニ作曲
―歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》
  間奏曲(オーケストラ)
ジャコモ・プッチーニ作曲
―歌劇《トスカ》
  “妙なる調和”

【第二部】
ジュール・マスネ作曲
―歌劇《ドン・キショット》
  第五幕への間奏曲(オーケストラ)
―歌劇《マノン》
  “目を閉じると”(夢の歌)
  “消え去れ、優しい面影よ”
シャルル・グノー作曲
―歌劇《ロメオとジュリエット》
  序曲(オーケストラ)
  第二幕 間奏曲(オーケストラ)
  “恋よ、恋よ!ああ、太陽よ昇れ”
ジュール・マスネ作曲
―歌劇《ウェルテル》
  前奏曲(オーケストラ)
  “春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか”(オシアンの歌)

【アンコール】
レオ・ショーリアック作曲/シャルル・トレネ作詞
  “優しきフランス”
ジョゼフ・コズマ作曲/ジャック・プレヴェール作詞
  “枯葉”
ジャック・ブレル作詞・作曲
  “愛しかない時”

 

バンジャマン・ベルナイムは39歳のフランスのテノール、近年欧米の大歌劇場や音楽祭で彼の名前は頻繁にみられるようになっている。フランス・オペラの上演では引っ張りだこといってよい。20代前半に来日し小さな役を歌っていたが、メジャーになってからは初めてのこと、これが実質初来日公演となる。
プログラムは、オーケストラのみの曲とアリアの組み合わせを繰り返す形である。大きい会場でオーケストラ伴奏ということもあり、歌手の負担を軽くするための配慮であろう。前半はロシア語とイタリア語の歌、後半はフランス語の歌が選ばれた。オーケストラ曲はおおむね同じ作曲家の類似の作品から選定されている。
最初のブロックは、チャイコフスキーの《エフゲニー・オネーギン》から決闘を前にしたレンスキーのアリア。”Kuda, kuda,”と歌い出した弱声の響きが会場を包む。後半 “Akh, Olga, ja tebja ljubil!” と強声で盛り上げるところでも美しい響きは変わらない。そのダイナミックレンジの広さと声の均質さに圧倒される。2曲目は《愛の妙薬》から“人知れぬ涙”だが、その前に演奏された《ドン・パスクワーレ》の序曲、しっかりした表情で聴かせる。指揮者のマルク・ルロワ=カラタユーは30代前半だろうか、東京フィルハーモニー交響楽団からメリハリの利いた音楽を引き出している。こういった場面での序曲、ともすると時間つぶしになりがちだが、指揮者の音楽を描き出す力量を感じる演奏だった。そして“人知れぬ涙”だが、パヴァロッティのある意味能天気な明るい歌ではなく、ベルナイムは陰りを感じさせる歌を聴かせた。ここまでは比較的リリカルな歌であり、それにふさわしい声を聴かせていた。続くヴェルディ、比較的強い声が求められる《マクベス》の“おお、わが子たちよ! ~ああ、父の手は”、どうだろうと思ったが、それにふさわしい強い声で歌い上げる。歌により声を使い分ける、その技術の確実さに感心する。マスカーニの《カヴァレリア・ルスティカーナ》の間奏曲の後、プッチーニの《トスカ》より“妙なる調和”が歌われた。こちらは、声自体が合わないというのではないが、彼のキャラクターとはうまく結びつかなかったように感じられた。
後半はマスネとグノーのオペラからのアリア。母語ということもあるだろう、より自在に歌われた。まずはマスネ。アリアに先立って演奏された《ドン・キショット》第五幕への間奏曲はチェロ独奏の趣、しっとりと聴かせた。続く《マノン》からの2曲、“目を閉じると”はマノンへの愛の想いを歌い、“消え去れ、優しい面影よ”は彼女への気持ちを振り切ろうと歌う。1曲目、弱声で長く続くフレーズを歌い上げる、そのむらのない響き、そしてフランス語の美しさ、一気に《マノン》の世界に引き込まれる。2曲目は、神の世界に救いを求めながらもマノンの幻影に付きまとわれている、”Ah! fuyez” と繰り返すうちに高ぶっていく想いを歌う。その声の幅の広さに圧倒される。続くグノーの《ロメオとジュリエット》は昨年メトロポリタン歌劇場で彼の出演が評判となった演目、”Ah! lève-toi, soleil!” を繰り返し、次第に高揚していくさまは実に見事。最高音もまったく無理なく決めている。最後もマスネ、《ウェルテル》から〈オシアンの歌〉。シャルロットに向かって詩を読んでいるうちに高ぶっていく気持ちを強い声で歌い上げる。
会場の熱気に応えてアンコールを3曲、すべていわゆるシャンソン。意表をつかれた感じの選曲だが、彼が言うにはすでに録音しているという。後で調べたら、「Douce France」という曲名と同じタイトルのCDが売り出されており、これら3曲のシャンソンが収録されていた。ベルリオーズ、ショーソン、デュパルクの歌曲と一緒ということに驚かされる。この日の演奏も、オーケストラ伴奏でもあり、シャンソンだから手を抜くといったところはなく、表情付けも多様で、力の入ったものであった。しっかりレパートリーとしていることに感動。
バンジャマン・ベルナイム、まだまだこれからレパートリーを拡げていくことだろう。それでも、充実した現在の姿を聴くことができ、本当に良かった。指揮者のマルク・ルロワ゠ カラタユーも伴奏に留まらない音楽を聴かせてくれた。

(2025/2/15)

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<Player>
Benjamin Bernheim (Tenor)
Marc Leroy-Calatayud (Conductor)
Tokyo Philharmonic Orchestra

<Program>
Pyotr Tchaikovsky, Introduction and Act III Polonaise from Eugene Onegin (orchestra)
Pyotr Tchaikovsky, “Kuda, kuda, kuda vi udalilis” (Where have you gone, oh golden days of my spring) from Eugene Onegin
Gaetano Donizetti, Overture to Don Pasquale (orchestra)
Gaetano Donizetti, “Una furtiva lagrima” from L’elisir d’amore
Giuseppe Verdi, Overture to La forza del destino (orchestra)
Giuseppe Verdi, “O figli, o figli miei!… Ah, la paterna mano” from Macbeth
Pietro Mascagni, Intermezzo from Cavalleria rusticana (orchestra)
Giacomo Puccini, “Recondita armonia” from Tosca
—————–(Intermission)—————–
Jules Massenet, Interlude de l’acte V from Don Quichotte (orchestra)
Jules Massenet, “En fermant les yeux” from Manon
Jules Massenet, “Ah, fuyez, douce image” from Manon
Charles Gounod, Overture to Roméo et Juliette (orchestra)
Charles Gounod, Roméo et Juliette, Act II: Entr’acte (orchestra)
Charles Gounod, “L’amour, l’amour !… Ah ! lève-toi, soleil !” from Roméo et Juliette
Jules Massenet, Prélude to Werther (orchestra)
Jules Massenet, Le Lied d’Ossian “Pourquoi me réveiller, ô souffle du printemps ?” from Werther
——————–(Encore)——————–
Leo Chauriac/ Charles Trenet: Douce France
Jacques Prévert/ Joseph Kosma: Les Feuilles Mortes
Jacques Brel: Quand on n’a que l’amour

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