井上玲リコーダー・リサイタル|大河内文恵
紀尾井 明日への扉 井上玲 リコーダー・リサイタル
Kioi Up&Coming Artists 2024 Rei INOUE Recorder
2024年12月12日 紀尾井ホール
2024/12/12 Kioi Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 堀田力丸/写真提供:公益財団法人 日本製鉄文化財団
<出演> →foreign language
リコーダー 井上玲
共演:桒形亜樹子 チェンバロ
森川麻子 ヴィオラ・ダ・ガンバ
<曲目>
バベル:チェンバロのためのプレリュード
ヘンデル:歌劇《リナルド》HWV7a ~序曲*
ヘンデル:チェンバロのためのプレリュード HWV 567
コレッリ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 Op. 5-1*
ヘンデル:オーボエ・ソナタ ヘ長調 HWV 363a*
ヘンデル:アダージョ(ハープシコード組曲 へ長調WV 427より)
リコーダー・ソナタ イ短調 HWV 362
~~休憩~~
フィンガー:グラウンド
ヘンデル:リコーダー・ソナタ ニ短調 HWV 367a
コレッリ:ヴァイオリン・ソナタ第12番ニ短調《フォリア》op. 5-12*
作者不詳:コレッリのソナタ第7番のサラバンダによるグラウンド*
アンコール
ヘンデル:フルート・ソナタニ長調HWV378より第1楽章アダージョ
*=リコーダー編曲版
これまでどこにもなかったコンサートを聴いた。
それは、紀尾井ホールのこのシリーズで初めてリコーダー奏者が取り上げられたというだけではない。プログラム終了後のトークで井上自身が語った、「私史上、最多のお客様の前で演奏」したことよりはるかに大きかったのは、終演後の観客ひとりひとりに広がった幸福に包まれた感覚だった。けれどそれはハイテンションの高揚感ではなく、穏やかにかみしめる幸せのようなものだった。
山梨の古楽コンクールで初めて井上の演奏に出会って以来、いくつもの会場や機会で彼の演奏を聞いてきた。大きなアンサンブルの中でも、気の置けない仲間との小さなアンサンブルでも、ソロ・リサイタルでも、どんな場所でもどんな状況でも井上のスタンスは変わらない。演奏家としてただ良い曲、良い演奏を聞いてもらいたいというだけではなく、そこにプログラムへの入念な調査と思考がめぐらされ、二重三重に張り巡らされた仕掛けが後から効いてくるのだ。そして聴き手は単に演奏会を聴いたということ以上のものを受け取って帰路につく。
(古楽の場合にはほとんど当てはまらないものの)一般的には、演奏家に学識があると頭でっかちで小難しい演奏になるという先入観を持たれる惧れがある。しかし井上の場合、学識の高さに全く引けを取らない演奏レベルをもっているために、学識がマイナスになるどころか、演奏効果を何十倍にも広げることとなる。共演者も彼の学識と演奏レベルの高さに匹敵する人選で、さらに効果的であった。
プログラムは1700年前後のロンドンをテーマとし、ロンドンで活躍したヘンデルとロンドンで楽譜が出版されて人気を誇ったコレッリを中心に、プレリュードをはさみながら進行するという当時のコンサートを彷彿とさせるものである。とはいえ、リコーダー用に書かれた作品は当時でもそれほど多くはないために、半数ほどは鍵盤曲や他の楽器のための作品をリコーダー用に編曲した作品であった。特に井上自身による編曲がどれもよくできていて、ただ他の楽器のための作品をリコーダーで演奏してみましたというものではなく、完全にリコーダーのレパートリーとして成立しているように聴こえた。プログラムを見ずに音だけを聞いていたら、編曲ものであることに気づかなかったかもしれない。
リナルドの序曲は、たった3人で演奏しているとは思えない充実度で、今にもオペラが始まりそう。コレッリのヴァイオリン・ソナタOp. 5-1は2楽章のフーガのかわいらしさと4楽章の編曲とは思えない見事さが印象的で、同じ楽器で演奏しているんだっけ?と思わず二度見してしまったほど。前半最後のヘンデルのリコーダー・ソナタでは緩徐楽章も急速楽章もヘンデルらしさが溢れた。どんなに速いパッセージでも一音たりとも疎かにしない丁寧さが貫かれているが、にもかかわらず心地よい勢いで音楽が流れていく。相反することをいとも軽々と両立させてしまうさまに圧倒された。
後半のヘンデルのリコーダー・ソナタが始まると、前半のヘンデルのソナタはジャブでしかなかったことに気づかされる。1楽章の音の柔らかさ、3楽章のまるでオペラを見ているかのような沸き立つ感じ、4楽章の長い音価の音の伸びの良さ、そして全体の拍節感の心地よさ、どこを切り取っても良さしか出てこない。
コレッリの《フォリア》とコレッリのサラバンダによるグラウンドはどちらも技巧的な曲のはずなのに、技の詰め込みを感じさせず、アンサンブルの安定感が光った。最後にリコーダーのソロ部分がもうけられ、ホールの空間にリコーダーの音だけが響く時間に客席全体がうっとりしていると感じられた。終演後、鳴りやまぬ拍手が続くのを聞きながら、井上は次はどんなプログラムを組んでくるのだろうとさらに楽しみになった。
(2025/1/15)
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<performers>
Rei INOUE recorder
Akiko KUWAGATA harpsichord
Asako MORIKAWA viola da gamba
<program>
Babell: Prelude for Harpsichord
Händel: Overture from “Rinaldo” HWV7a *
Händel: Preludium HWV567
Corelli: Violin Sonata No. 1 op. 5-1 *
Händel: Oboe Sonata in F major HWV363a *
Händel: Adagio (from Harpsichord Suite in F major HWV427)
Recorder Sonata in A minor HWV362
–intermission—
Finger: A Ground
Händel: Recorder Sonata in D minor HWV367a
Corelli: Violin Sonata No. 12 “Folia” op. 5-12 *
Anon: Ground upon the Sarabanda Theme of the 7th Sonata op. 5-7 by Mr. Corelli *
Encore
Händel: Recorder Sonata in D major HWV378 1st mov. Adagio
*=arr. for recorder