イザベル・ファウスト モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全曲演奏会 2|秋元陽平
イザベル・ファウスト モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全曲演奏会 2
Isabelle Faust Mozart Violin concertos
2024年12月11日 東京オペラシティ コンサートホール
2024/12/11 Tokyo Opera city Concert Hall
Reviewed by 秋元陽平 (Yohei Akimoto)
Photos by 大窪道治/写真提供:東京オペラシティ文化財団
<キャスト> →Foreign Languages
イザベル・ファウストvn
ジョヴァンニ・アントニーニ(指揮)
イル・ジャルディーノ・アルモニコ(古楽アンサンブル)
<曲目>
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ長調 K.211
グルック:バレエ音楽「ドン・ファン」より
モーツァルト:ロンド ハ長調 K.373
ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219「トルコ風」
(ソリスト・アンコール:ニコラ・マッテイスSr:ヴァイオリンのためのエア集より「パッサッジョ・ロット」
アンコール:ハイドン:交響曲第44番ホ短調Hob.I:44「悲しみ」第4楽章)
ここ数年で私にとってベストコンサートの一つであり続けているファウストによるオペラシティでのバッハの無伴奏作品による演奏会から三年、当時の公演評と同じメッセージを繰り返すことになるが、録音の時点でいかに素晴らしい音楽であっても、イザベル・ファウストに関しては、その実演のもっている奥行きを体感するために、録音に飽き足らずコンサートホールに足を運ぶ必要がある。このたびそれに「イル・ジャルディーノ・アルモニコに関しても」と付け加えるべきだろう。オーケストラの配置を一目すれば、「協奏」のもっている独特のニュアンスが理解される。ファウストはオーケストラの中心に立っているが、両サイドの弦楽器奏者はファウストよりやや客席よりに近付いており、彼女はこの半円、というよりも少し弧の長い扇形に囲まれ、周囲と緊密なインタラクションを取り結ぶ。ソリストはこのとき、音量や音色によって分厚いモダンオーケストラから浮き出ようとことさらに努力する必要はない。むしろトゥッティの一員として、いわば近い太さ、近い色彩だが微妙な差異をともなう糸どうしを撚りなうようにして織っていく。それによって、その中からときに歌を引き継いでふっとポップアップし、また織物へと潜ってゆく、そんな運動が可能になる。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲について、20世紀の巨匠の録音のある類型として、いわばザッハートルテのように(お望みなら、デメルトルテでもよい)重厚な甘さのオーケストラに、さらに蜂蜜をかけるようにねっとりと乗ったヴァイオリン独奏という組み合わせがある。これに比するならば、2番におけるオーケストラとファウストのアプローチには、硬質で、しかし軽やかに甘く、力が加わると方々に劈開して粉が宙に舞うメレンゲのような爽快な甘みがある。ギャラント様式のすっきりした構造のなかで、薄く張られた声部が繊細に重なり合っている様子を透かし見るのにうってつけの軽やかさだが、どうして要所では瞑想的でずっしりとした重みがある。K.211第二楽章の驚くほど内省的なトーン、そしてファウストの盟友アンドレアス・シュタイアーによる、曲調に比していくぶん荘重体の対位法的なカデンツァは、モーツァルトの初期作品をバロックから照射する碩学の試みといった雰囲気だ。
演奏会のプログラムの表紙には「イザベル・ファウスト」の名前のみが掲げられていたので演奏がはじまるまで意識がそこへ充分にフォーカスされていなかったが、一見箸休めのように配置されたグルックの演奏が始まるやいなや、イル・ジャルディーノ・アルモニコの毬の弾むようなしなやかさとエネルギーの凝集ぶりに度肝を抜かれる。四肢のすみずみまでリズム細胞が賦活された音楽。そして実のところファウストの真骨頂も、バッハの無伴奏作品でも披露した、この卓越した舞踏の感覚であるように思われる。例えば後半、特にK219のロンドを、ファウストの独奏は完全に「舞曲」として提示したのだが、重要なことはそれが特別なテンポの揺らしや強調表現などなしに、アーティキュレーションやアクセントといった基本的な表現を彫琢することで成し遂げられたということだ。舞踊は特別な跳躍ではなく、日常的所作の時間的統御から生まれる。こうしてほとんど本人の演奏それ自体が優雅な舞踊のように見えたし、オーケストラはダンスパーティのようにその揺曳を客席へと伝染させていったのだった。舞踊とはひとつの視覚化された時間の体験である。もちろん音楽としての舞曲だから、実際に「見る」ことが重要というわけではない。しかし、舞踊性は音盤を通じてではやや伝わりにくい、音楽の死活的な側面であるように思われる。わたしが本公演を2024年ベストコンサートの一つに数えるのも、ひとえにファウストが、そしてイル・ジャルディーノ・アルモニコが、古典主義のさまざまな様式の枠内で伸び縮みする時間の妙、とでも言うべきものを体感させてくれたからだ。
(2025/1/15)
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<Cast>
Isabelle Faust (Vn)
Giovanni Antonini (Cond)
Il Giardino Armonico
<Program>
Mozart: Violin Concerto No. 2 in D major, K. 211
Gluck: Ballet Music from “Don Juan”
Mozart: Rondo in C major, K. 373
Mozart: Violin Concerto No. 5 in A major, K. 219 “Turkish”
(Soloist encore : Nicola Matteis Sr.: Passaggio rotto from Airs for the Violin
Encore : Haydn: Symphony No. 44 in E minor, Hob. I:44 “Trauer” – IV. Finale)