第54回サントリー音楽賞受賞記念コンサート井上道義(指揮)|齋藤俊夫
第54回サントリー音楽賞受賞記念コンサート井上道義(指揮)
Commemorative Concert of the 54th Suntory Music Award Michiyoshi Inoue (Conductor)
2024年12月30日 サントリーホール
2024/12/30 Suntory Hall
ウェブ音楽配信サービスCURTAIN CALLにて視聴(12月30日から1月7日まで)
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by池上直哉/写真提供:サントリーホール
<演奏> →foreign language
指揮:井上道義
読売日本交響楽団
コンサートマスター:林悠介
<曲目>
メンデルスゾーン:序曲『フィンガルの洞窟』,作品26
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調『田園』,作品68
シベリウス:交響曲第7番ハ長調,作品105
ショスタコーヴィチ:祝典序曲,作品96
(アンコール)
ショスタコーヴィチ:バレエ組曲『ボルト』作品27aより第3曲「荷馬車引きの踊り」
武満徹:『三つの映画音楽』より第3曲「ワルツ(他人の顔)」
『フィンガルの洞窟』の悠揚たる弦の調べ、溌剌たる管楽器の声を聴きつつ、ふと画面を見ると、演奏者の顔が皆、井上道義のそれと同じ表情をしている。そしてその顔が音楽にまことに似つかわしい。「音を楽しむ」「楽しい音」すなわち「音楽」を形にしたかのような顔である。フルートが現れる場面で井上がフルートを吹く仕草をする所など、実に「井上の音楽」ではないか。今回の配信動画で動く井上の顔をアップで初めてじっくりと見たが、この人、こんな顔をして指揮をしていたのか、と驚く、というより、何かこれまでの井上の音楽全てが筆者の心の内でストンと腑に落ちるような心地がした。
『田園』第1楽章、なんと優しく柔らかい音楽。それを聴衆に振る舞う井上の顔も自分の音楽の優しさ柔らかさに呆けたような表情。一旦音が退き、そこからまた第1主題がせり上がってくる時の井上の悪戯っ子のような顔、楽しいなあ、と心から感じる。
第2楽章。このアンダンテ楽章もまた陶然たる顔をして指揮する井上。こんな安らかな音楽を振るためにはこんな顔をしなければならなかったのか。なるほど。
第3楽章、胸を張って堂々と腕(かいな)を振る井上。宴が始まり舞台袖に待機していたトランペット、トロンボーン、ティンパニー奏者が入場するあたりで「これでどうだ」と言わんばかりの顔を見せつける。
第4楽章、目玉をグリグリッとひん剥いて鬼気迫る表情で、自分が何かを起こしているはずなのに、自分の周囲で何が起きているのかを知ろうとするかのような驚愕の顔。それでいて両の手と腕は的確に音楽を紡ぎ続ける。
第5楽章、ようやく勝ちを得たことに安堵し、その味をじっくりと噛みしめるがごとき泰然たる表情。やがて歓喜が音と心の中で膨れ上がり、静まりゆく。よくやった。あなたはよく成し遂げた。
シベリウスの交響曲第7番、透明なこの北欧の音に相対する井上の顔は、音楽に酔うが如く、されどどこか寂しく、笑いながら泣くような、クレーの描いた涙を流す天使のよう。だが泣いてばかりではおらず、峻厳な気風も漂わせる。弦楽器がうねるその上に管楽器とティンパニーが遠い木霊を寄せては返し寄せては返し、いつしかどこかへ消え去っていく音風景。美しいということは、悲しいことでもあるのではないだろうか。全楽器が徐々に上昇していく所から弦楽器が冷たく冴えた調べを奏で、さらにまたトゥッティで最後を締めた時、井上の表情は何もかもをやり尽くして何もかもが昇華されてその魂は現世からは消え去ったかのよう。
だが演奏会はまだ続く。
ショスタコーヴィチ『祝典序曲』、さあ鳴れ、もっと鳴れ、とでも言うかのように煽り立てる井上。疲れ切っているはずなのに眼光鋭く。おそらく声に出して旋律を歌っている箇所も見受けられる。まだまだイケるぜ、的なワルい兄ちゃんの激情を77歳が湧き上がらせる。バンダも合わせての金管打楽器大投入にラストは井上自らシンバル!会場一斉にブラボー!
鳴り止まない拍手に応えてのアンコール、の前に、井上が少し話す。これまで馬車馬のように働いてきた。皆さんも馬車馬のように働いてほしい。次の曲は下品でっせ(大意)。と始まったショスタコーヴィチ『ボルト』より「荷馬車引きの踊り」、鈍重な音楽を鍬で土おこしをするかのように指揮をする。馬車馬のような顔で。ヘロヘロな体をなんとか動かして。どこまでこの人は我々を音で楽しませてくれるのだろうか。
花束が贈呈され、団員全員が袖へ退いても拍手鳴り止まず、井上またしても指揮台の位置へ。武満『3つの映画音楽』より「(他人の顔)ワルツ」、最後の最後まで音を楽しもうと、音で楽しませようとする井上。最後は花束を抱いてそれとワルツを踊り、全曲が了。
いつまでもいつまでも鳴り止まない拍手に、何度も袖と指揮者のポジションを往復して、酒を飲めの仕草(?)をして、クルッと一回転してサヨウナラ。それでも鳴り止まない拍手に応えて最後に現れた井上は瞬きをしていないように見えた。涙がこぼれるのをこらえていたのではないだろうか。
ありがとう、楽しい音、音楽をずっとありがとう、マエストロ。
(2025/1/15)
—————————————
<Players>
Conductor: Michiyoshi Inoue
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra
Concertmaster: Yusuke Hayashi
<Pieces>
F. Mendelssohn: The Hebrides Op.26
L.v. Beethoven; Symphony No.6 in F Major, Op.68, “Pastorale”
J. Sibelius: Symphony No.7 in C major, Op.105
D. Shostakovich: Festive Overture, Op.96
(encore)
D. Shostakovich: No.3 “Drayman’s Dance” from Bolt Ballet Suite, Op.27a
T. Takemitsu: No.3 “Waltz” from 3 Film Scores (Face of Another)