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三つ目の日記(2024年11月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2024年11月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio)

 

2024年11月6日(水)
森本絵利2022年12月14日、15日の日記)の作品を見に有楽町へ。グループ展のひとつの壁に数点の作品。その後、京橋まで歩く。立ち食いそばの店で食事。もりそばしかない店。人気店でたいてい混んでいる。そば粉の違いで数種、つゆが数種。値段は安価で量が多い。
イ・ミョンスク、山口俊朗、井上直、工藤礼二郎2022年11月26日の日記)、ほかの展示を見る。
新宿三丁目に移動。篠原宏明の写真展。会場に作者のことばが掲示してある。「見るという行為を他者に委ねる」ということば。それが、作者の行為の一部でもある。
イ・ミョンスクの展示。ギャラリーの人と来場者が話をしていたので、目を合わせないようにうつむき、入口すぐ右の壁の大きな作品のそばへ。小さな正方形の集合体のようでありながら、近づくと、縦横斜めの短い線が描かれていることがわかる。線はほぼ均一に立体的に盛り上がっている。小さな穴の開いたものに絵具を詰めて絞るようにして描いたのではないだろうか。ひとつの正方形に線は5本くらい引かれていて、線の色も同じではない。それらを横断するように、ところどころ、逸脱した線も見られる。線の隙間から、その奥に何か描かれているのが覗いている。全体から弾力のような触感的なものを感じる。右側の壁に振り向く。同じように描かれた、より白いもうひとつの作品。
空間に顔を上げて、奥の壁に目をやる。目に飛びこんできたのは、1列10点×5列で計50点の、整然と並んだ作品。右から、列により、色調が異なっていて、徐々に画面が暗くなっている。描画はどれも同じ、六角形の集合体。それらの個々は短い線で埋められ、画面に水平に何本かの縞模様が浮かび上がる。線の隙間から、その奥に何か描かれているのが覗いている。その右側の壁にも同様の作品が、こちらは隙間なく横一列に並べられている。
描き方を定め、それに沿って淡々と描く作業を行なったであろうこれらの作品。作者のテーマは「人生」であると、ギャラリーの人が教えてくれた。

 

11月11日(月)
眠る前、寝床で本を18ページ読む。章の途中から章の終わりまで。一行また一行と文字を目で追っていく。油断すると文字はばらばらに散らばってしまう。並んでいるのを乱さないように、視線は慎重に進んでいく。ページ上で起こっていたことを視線の先端がとらえる。これで、本を読んだことになっているのだろうか。残っているのは、本の内容ではなく、起こっていたことのおぼろげな記憶ではないのだろうか?

 

11月13日(水)
きのうは12ページ読んだ。

 

11月15日(金)
銀座一丁目の駅で地下鉄を降りる。足を痛めており、痛くて地上へ出る階段がつらい。舩橋明裕の展示など見て日本橋へ移動。そこから表参道へ。サンドイッチのチェーン店で食事してから目当てのギャラリーへ。着くと閉まっていた。休業日だった。ちゃんと確認しなかったのがいけない。もう一軒のギャラリーへ向かう。いつもと違う道を歩くため、スマホで地図を確認しながら。映画のワンシーンのように鳥の大群が上空を移動していく。上楽寛の展示を見る。
住まいの最寄駅に着き、足に貼る湿布薬など買ってから歯医者へ。詰めていたものが取れそうだと伝えると、すこし待つけれども今日診てくれるとのこと。処置が終わり20時ころ帰宅。
上楽寛の、短いインタビュー動画を見る。樹木、草のことなどが語られている。さきほど見た展示を反芻する。それらが、それらそれぞれであり、流転する運動の最中にあり、場をともにする者へ、なにかしら働きかけている。たとえ枯れても。もしかしたらそんなことが、今日も、語られていたかもしれない。動画には「見えにくいものが見えるように」という発言もあった。たとえば土の匂いを描くために、作者はどれだけ試行するだろう。そしてその試行こそが描くはずのものごとだということはないだろうか。奥正面の、2点の作品からすこし離れて、そこを眺めたとき、空気の流れが変わり、ときがゆがんだ。横にそれ、近づいていくと、流れのほとりに作品はかかっていた。ひとつの壁に、2点の作品が並んでいるということ。眼差しの移動。複数の眼差し。出入口のそばで椅子に座り目の前の紙に描かれた縦長の作品を視野に入れていたとき、じりじりとした音のなか、絵が紙の上を移動しているように感じられた。

 

11月17日(日)
11月6日に見た工藤礼二郎の展示のこと。この展示のことを、「ロスコ・ルーム」になぞらえて「工藤ルーム」と呼んでいるのをSNSで見かけた。なるほど、とうなずく。SNSには、そのほかにも、展示を見ての興奮を伝えずにはいられなかったコメントがいくつもあった。白さの際立った空間の、白い壁の前面に白の作品があり、見ていながら、見えない霧や雲の中にいて拡散してゆくような、独特の浮遊感を得る。展示のタイトルは「Is white a color or a light?」という問いかけ。この部屋を体験した、この展示で黙思したということを、あらためて記しておきたい。

 

11月26日(火)
のどの痛みと発熱。きのう処方された薬を飲んで、今日は熱がひいた。だが、予定していた外出はとり止め。今日までの、見たかった展示を逃してしまった。

 

11月29日(金)
駅から、美術館へ向かうバスに乗る。座っている席の横に二人連れが立つ。「俺、めっちゃ頑張ってるから優先席に座っていいよね」「私も頑張ってる」。そういう会話が聞こえてくる。美術館に着く。ミュシャの展覧会が開催されており、館内は混んでいる。ミュージアムショップで商品を選ぶ人々。カフェに並ぶ客の名を呼ぶ店員の声が響く。その傍ら、ガラス張りの一室で公開制作された鵜飼美紀の作品2024年2月11日の日記)を見る。館を出る。バスで駅へ向かう。電車に乗る。家に着く。

 

〈写真掲載の展示〉
◆イ・ミョンスク展 会場:ギャラリイK 会期:2024年11月4日〜11月9日
◆上楽寛展─地勢─ 会場:トキ・アートスペース 会期:2024年11月12日〜11月17日
◆工藤礼二郎展─Is white a color or a light?─ 会場:GALERIE SOL 会期:2024年11月4日〜11月16日

(2024/12/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、2024年に『etc.』をウェブサイトとして再開、展開中。