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11月の3公演短評|齋藤俊夫

11月の3公演短評

Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪山本裕之作品個展「境界概念」
♪音の始源(はじまり)を求めて NHK電子音楽スタジオ70周年記念コンサート
♪SPAC-E #6 ポートレート・シリーズ2:内山貴博-語る鼓動 打楽器との響楽-

♪山本裕之作品個展「境界概念」→曲目・演奏
2024年11月6日 杉並公会堂小ホール

微分音という技法にも諸相がある。微分音をそうとはわからないように用いてポップな音楽を描くたかの舞俐、微分音によって全く新たな和声的音楽を作り出す渋谷由香、そして今回の山本裕之は微分音で聴衆の耳の平衡を惑わせる音楽を書く、といったように。
その耳の平衡感覚を惑わせる山本音楽も、『葉理』はクールでシブくキマっているロックンロールなギター音楽ただし四分音衝突まみれ、『水平線を拡大する』は多声部で1つの旋律を繋げているようなシンプルとも複雑とも言える音楽ただし横も縦も四分音でズレまくり、『境界』はサクソフォンとクラリネットがどこまでも近づくが決して四分音以内に一体化することのできない寂しい音楽、『シュリーレン聴取法』は端から異様な和音と和声進行でグルグルと同じ所を回り続けつつ下降していくような気持ち悪すぎる(褒め言葉)音楽、とそれぞれが多彩かつ山本の際立った個性に貫かれた珠玉の逸品ぞろい。
微分音を用いて、ある音とある音の間に存在する「境界」にフォーカスした本公演、手練れの演奏陣にも恵まれて大変充実したものとなった。

♪音の始源(はじまり)を求めて NHK電子音楽スタジオ70周年記念コンサート→曲目・演奏
2024年11月16日 Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL

60年近く昔のシュトックハウゼン『テレムジーク』、55年昔の吉崎清富『電子音楽のためのグリーンスペースの宮』、57年昔の近藤譲『リヴァラン』、これらを聴いて感じるのはいわゆるレトロフューチャーというジャンルが持つ古き良き未来像の懐かしさと同時に、人類が永遠に求めてやまない未来への希望の意志である。
古今東西の音素材(作曲者の言によれば「アマゾン、南サハラ、お水取り、薬師寺、高野山、スペインの片田舎、ハンガリー、雅楽、バリ島、ベトナムの山奥、あるいは中国からのいくつかの音の断片」)を集め、”Tele”(遠い)”Musik”(音楽)として構成したシュトックハウゼン作品に込められたユートピアへの希望は筆者には眩しいことこの上ない。
同様に吉崎『グリーンスペースの宮』の電子音、金属系の音を電子的に加工した音、人や動物の声を電子的に加工した音の3種を精緻極まりない技術で構成して、1つの大伽藍を成した作品にも人間が夢見てやまぬ未来の光が感じられる。
近藤『リヴァラン』は近藤いまだ若き時代の作品ながら、今と同じ近藤ワールドが展開されている。侘び寂びの域に達しているのかもしれない禁欲的な音使いなのに体験の深さが実に豊か、聴いていて謎の喜びに満たされる。
演奏会最後には『テレムジーク』をもう一回、座った席を自由に替えて聴くという趣向でもてなされた。このような希望に満ちた未来をどうにかして回復できないものか、混迷と破局に満ちていくような世界の片隅で筆者は独り考えてしまった。

♪SPAC-E #6 ポートレート・シリーズ2:内山貴博-語る鼓動 打楽器との響楽-→曲目・演奏
2024年11月19日 杉並公会堂小ホール

現代音楽というと、どうしてもある種肩を強張らせて臨んでしまう筆者であるが、今回のSPAC-E公演は、そんな筆者の肩の力を抜いて聴かせてもらえた。
ファン・デル・アー『再燃』の見知らぬ惑星の見知らぬ時代の民俗舞踊といった調子のフルートとエレクトロニクスの協奏、タイトル通り見事にコンポジションされたフルートとパーカッションの静かなる丁々発止たるムンドリー『コンポジション』、無声音と、プペポピペポプピペパと忙しい音が延々と続き、息音、タップ音などが強迫的に重ねられていって息の詰まるような終結を迎えるシャリーノ『水晶は急速に成長する』、これはジャズの最もカッコいい部分を現代音楽的に抽出した音楽だな、と思えたマタロン『前奏曲と青』、いずれも楽しいことこの上ない。
その中で異彩を放っていたのは佐原洸『連歌IV』である。ヴィブラフォンの減衰していく音にエレクトロニクスの(ライヴ・エレクトロニクスかどうかはわからない)増大していく音が重ねられ、これら2種の音がどんどん繋げられて、大千世界の光の煌めきといった感の無限の音世界が拡げられていくようなヴィブラフォンとエレクトロニクスの作品であった。
パリの異才・アンドレ・ジョリヴェの擬民俗的音楽とも言うべき『協奏的組曲』もまた忘れがたい。密林の中で聴こえるさざめきといった感の第1曲、何も見えない密林の真夜中の第2曲、突如お祭りが始まる第3曲、フルートが神がかった巫女になって打楽器と共に歌い踊り狂うがごとき第4曲、本当にパリの作曲家なのかと思うようなジョリヴェの音楽に改めて驚かされた。
新しいとももはや伝統的とも言えるエレクトロニクスを積極的にアコースティック楽器とミックスしていくSPAC-E、これからもまだまだ面白いことを展開してくれるだろう。

(2024/12/15)

♪山本裕之作品個展「境界概念」
<曲目・演奏>
(全て山本裕之作品)
『讃歌―映像版』
 アルト・サクソフォン、出演・演奏:加藤和也
 撮影:橋本健佑
 編集:山本裕之
 撮影場所:基町アパート(広島市)
『太平洋』
 バス・クラリネット:岩瀬龍太、ヴィオラ:迫田圭
『葉理』
 ギター:山田岳
『水平線を拡大する』
 フルート:丁仁愛、ハープ:高野麗音、ヴィオラ:迫田圭
『ダンシング・オン・ザ・スレッショルド』
 チェロ:北嶋愛季
『境界』
 アルト・サクソフォン:小澤瑠衣、バス・クラリネット:岩瀬龍太
『シュリーレン聴取法』
 フルート、アルト・フルート: 丁仁愛、クラリネット:岩瀬龍太
 ファゴット:仲川日出鷹、ギター:山田岳、 ハープ:高野麗音
 ヴァイオリン:迫田圭、チェロ:北嶋愛季

♪音の始源(はじまり)を求めて NHK電子音楽スタジオ70周年記念コンサート
<曲目>
カールハインツ・シュトックハウゼン:『テレムジーク』(1966)
吉崎清富:『電子音楽のためのグリーンスペースの宮』(1979)
近藤譲:『リヴァラン』

♪SPAC-E #6 ポートレート・シリーズ2:内山貴博-語る鼓動 打楽器との響楽-
<曲目・演奏>
ミシェル・ファン・デル・アー:『再燃』
 フルート:内山貴博、エレクトロニクス:佐原洸
イザベル・ムンドリー:『コンポジション』
 フルート:内山貴博、打楽器:安藤巴
佐原洸:『連歌IV』
 ヴィブラフォン:悪原至、エレクトロニクス:佐原洸
サルヴァトーレ・シャリーノ:『水晶は急速に成長する』
 フルート:内山貴博
マルタン・マタロン:『前奏曲と青』
 アルト・サクソフォン:本堂誠、打楽器:齋藤里菜、コントラバス:篠崎和紀
アンドレ・ジョリヴェ:『協奏的組曲』
 フルート:内山貴博、打楽器:悪原至、麻生弥絵、安藤巴、難波芙美加