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トゥガン・ソヒエフ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(11/7)|秋元陽平

トゥガン・ソヒエフ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(11/7)
Tugan Sokhiev conducts MÜNCHNER PHILHARMONIKER ASIA TOUR 2024

2024年11月7日 サントリーホール
2024/11/7 Suntory Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)

<キャスト>         →Foreign Languages
トゥガン・ソヒエフ(指揮)
小林愛美(ピアノ独奏)
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

<曲目>
チャイコフスキー:オペラ「エフゲニー・オネーギン」から ポロネーズ
ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 op.43
(ピアノ:小林愛実)
アンコール:ショパン:24の前奏曲より 第17番
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」op.35
(コンサートマスター:青木尚佳)
アンコール:くるみ割り人形より トレパック(ロシアの踊り)

 

ソヒエフといえば色彩と触覚の人であり、N響との演奏会でもドビュッシーやラヴェルのめくるめく官能美を展開したことが記憶に新しい。だがこの色彩と触覚に関して、ソヒエフ自身のものと言うことは正確ではない。むしろ彼は、あくまでその都度、共演するオーケストラの持っている表現のパレットを把握し、オーケストラの持ち味との綿密な対話によって音楽を作り上げているようだ。このたび押しも押されぬ名門ミュンヘン・フィルとの『エフゲニー・オネーギン』は、付点のリズムも極めて力強く、アーティキュレーションのほとんど強迫的な明白さもあって、壮健なドイツ風アクセントを伴う舞曲となって、やや力んで急き気味ながらも迫力に満ちた足取りだ。荒事から艶事まで、弦楽セクションの触覚表現の振れ幅の大きさはこのオーケストラの特質のように思われ、ソヒエフはこれを巧みに画面構成に採り入れていく。
小林愛美を迎えた『パガニーニの主題による変奏曲』について、私はソリストの、荒れ狂う嵐のなかで咲く花のような、恬淡とした姿勢に一種独特の印象を受けた。オーケストラと競り合うような場面においては2mの大男が自演したときのような対抗的な迫力は見られず、音量の差からしばしばその姿を見失いそうになるのだが、しかし、オーケストラの乱舞のただなかに、小林は実にさりげなく、自分はまったく妥協しないといったふうに、極めて稠密なppをすっ、と置きに行く。オネーギンですでにふんだんな「ますらをぶり」を見せたミュンヘン・フィルはこれを受けて高級車のような綿密な調節性能を発揮し、素早くこの音にフォーカスして後景に退いていく。このやりとりは、ソリストによるオーケストラへの信頼がなければ到底なされないだろう。ピアニストのリリシズムがはじめに前面に出たのが潮目の変わる第11変奏で、ラフマニノフにひとが期待する派手な演奏効果の箸休めなどからほど遠い、まったく瞑想的な世界へと観客を連れて行く。休符のあいだのミュンヘン・フィルの管楽器奏者が夢見るようにこれに耳を傾けていたことも頷ける。小林の導きによって曲に向き合ってみると、たしかにヴィルトゥオジティを正面から単に狙った音楽とは思われない、夢見るような移ろいがあると気づく。
最後はソヒエフのパレットが全面展開される『シェエラザード』。第一楽章ではロシア的かつ、どこか同時にブルックナーをも彷彿とさせる厳めしく重厚な金管に支えられ、王の固定動機を含みながら絶えずボルテージがずり上がっていくにつれその塊としての量感を増していく。三音の上昇・下降を繰り返す波のような音型もがっちりとした輪郭で強調的に奏される。個人的に心引かれたのはむしろ第3楽章以降で、王子のテーマではソヒエフによる弦楽セクションへの力強い働きかけとともに、ここまでで一番深い底から楽器が鳴るtuttiが聴かれる。このオーケストラの弦にはまだこのような新しい語り口もあるのかと思わせるような、すこしざらついた率直な手触りを残しながらも、決して掠れることのない豊かな筆運びの歌だ。青木尚佳によるソロは、オーケストラから華麗にポップアップするソリストというよりは、オーケストラのひとつのパートにあくまで留まりつつも、ただその音の輝度の高さによって半歩浮き立っている。その輝く音もさることながら、シェエラザード姫の物語上の立ち位置を考えれば、この語り口にも説得力がある。
こうして、ミュンヘン・フィルという骨格の非常にがっちりした低重心のオーケストラの絢爛重厚ぶりに敬意を払いつつ、伏在する躍動感や、軽やかさまで対話の中で引き出していくところに、ソヒエフの音楽家としての柔軟さ、職業人、音楽家としての経験の厚みが感じられる。ドイツやフランス、または祖国のスタイルの特異性を、むしろ積極的にさまざまな文化的距離のなかに置くことで炙り出す、そういった、彼の来歴をも思わせる含蓄が。

(2024/12/15)

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<Cast>Tugan Sokhiev (Cond.)
Münchner Philharmoniker
<Program>
Tchaikovsky: Polonaise from “Eugene Onegin”
Rachmaninov: Rhapsody on a Theme of Paganini op.43
(Aimi Kobayashi, Piano)
Encore / Chopin : Prelude No.17
Rimsky-Korsakov: Symphonic Suite “Scheherazade” op.35
(Naoka Aoki, Concertmaster)
Encore / Tchaikovsky : Trepak from “Nutcracker”