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2024年11月の短評 2公演|藤堂清

♪中村恵理 ソプラノ・リサイタル
♪新国立劇場 ジョアキーノ・ロッシーニ:ウィリアム・テル<新制作>

Reviewed by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh)

中村恵理 ソプラノ・リサイタル→演奏:曲目
2024年11月5日 浜離宮朝日ホール
2024/11/5 Hamarikyu Asahi Hall

欧米の劇場で、そして新国立劇場ほか国内で、活躍が続く中村恵理のリサイタル。ピアノは木下志寿子、プログラムの中の2重唱ではテノールの工藤和真が加わる。
前半は、ベッリーニ、ドビュッシー、トスティの歌曲が並ぶ。後半はチレア、マスネ、プッチーニのオペラからアリアと2重唱。
まずは〈マリンコニーア〉から始まるベッリーニのなめらかな旋律。特に後半の3曲の多彩な表現はすばらしい。
ドビュッシーの歌曲は当然フランス語の詩によるもの。その歌い分けは着実なもの。若書きの〈星の夜〉の美しい響きにも惹かれるが、〈出現〉の輝かしい歌も素晴らしい。
トスティの歌曲はテノールで聴くことが多い。中村の声で聴くと、聴きなれた歌もずいぶんと違う表情をみせ、興味深い。

後半のオペラはチレアの《アドリアーナ・ルクヴルール》から始まる。”Ecco”と静かに歌い出す響きの美しさ。弱声が中心のこのアリアを、一言一言を丁寧に紡ぎ、ことさらに張り上げることなく歌い上げた。
続いてマスネの作品から3曲。はじめの2曲も言葉を丁寧に扱い、盛り上げるところはしっかりと歌って、大きな拍手を受けたが、〈サン・シュルピス神学校の2重唱〉で会場の空気が一気にヒートアップ。マノンとの生活から抜け出し神父になるという強い決意を持つデ・グリューに、再びの愛を迫るマノン、緊迫したやり取りが客演の工藤との間で繰り広げられる。
最後はプッチーニのアリア2曲。《マノン・レスコー》の〈ひとり見捨てられて〉は、追い詰められた気持ちを見事に表現していた。《つばめ》の〈ドレッタの美しい夢〉のしっとりとした情感にも惹きつけられた。

アンコール2曲はどちらもプッチーニ。《トスカ》の〈歌に生き愛に生き〉は彼女のレパートリーには入っていないかもしれない。だがいずれは歌うことだろう。もう一曲のリューのアリアは実演で何度も歌ってきているもの。おおいに盛り上がって終わった。

来年の1月から2月にかけて、カナディアン・オペラ・カンパニーの《蝶々夫人》でタイトルロールを歌うことになっている。世界各地で主役を歌い続ける彼女、46歳という年齢を考えれば、まだしばらくは充実した活動が可能だろう。是非この日歌った《マノン》を舞台で見せてほしい。

 

新国立劇場 ジョアキーノ・ロッシーニ:ウィリアム・テル<新制作>
    →スタッフ:キャスト
Gioachino Rossini: Guillaume Tell
全4幕〈フランス語上演/日本語及び英語字幕付〉
2024年11月30日 新国立劇場オペラパレス
2024/11/30 New National Theatre, Tokyo

ジョアキーノ・ロッシーニの最後のオペラ《ギヨーム・テル》のフランス語による日本初上演。グランドペラというバレエを含む大規模な作品、多少カットが入ってはいたが、それでも休憩込みで上演時間4時間45分。これを新国立劇場が取り上げ、どのように上演するか、それ自体が大きな興味の対象であった。

結論からいえばすばらしい公演であった。演奏面でも、演出面でも満足のいくもの。
音楽監督・大野和士の指揮のもと、東京フィルハーモニー交響楽団が充実した音を初めから最後まで聴かせた。1829年に初演されたこのオペラが、マイアベーアやアレヴィといったグランドペラ、さらにヴェルディの作品にも大きな影響を与えたことが分かる厚みと幅を持った音楽であることが聴きとれた。
歌手も海外から招聘した3人を中核に頭抜けた歌唱を聴かせた。ギヨーム・テルのゲジム・ミシュケタは登場場面すべてで、存在感たっぷりの歌唱。無理にはりあげたりすることなく、きっちりと響きを通した。第3幕のアリアも抑えた表現でありながら、しっかりと聴かせた。アルノルド・メルクタールのルネ・バルベラ、いくつもある聴かせどころのアリア、その超高音を見事に歌い上げた。今回が初役と聞いたが、そんなことは信じられないような安定感と輝き。マティルドを歌ったオルガ・ペレチャッコは、この役には少し軽めの声かと思っていたが、第2幕のロマンスはしっとりとした歌い口で聴かせ、第3幕では強い声で歌えることも示した。日本人歌手もハイレベル。登場場面の多いジェミの安井陽子が演技も含め存在感。ジェスレルの妻屋秀和の弾圧者としての力のこもった歌唱もなかなか。テルの妻のエドヴィージュの齊藤純子は厚みのある立派な声で映えた。冒頭に歌うリュオディの山本康寛も見事な高音。新国立劇場合唱団が各場面で力強い歌を聴かせた。
演出面では、大きな読み替えはなく、ほぼ筋書きどおりに見せてくれた。上演機会の少ないオペラを味わうにはありがたいものであった。第3幕のバレエが、新婚者3組をいたぶるような踊りとなってはいたが、これも強制された踊りということで納得がいく。照明による波の表現など、舞台の構成も見どころが多かった。

これだけの規模の舞台を整え、歌手、オーケストラを準備することは、新国立劇場という組織だからできたことだろう。これ一回限りとせずに再演することを期待したい。

(2024/12/15)

中村恵理 ソプラノ・リサイタル
《出演》
中村恵理(ソプラノ)
木下志寿子(ピアノ)
工藤和真(テノール)

《プログラム》
ベッリーニ:6つのアリエッタ
      マリンコニーア,お行き、幸運なバラよ,美しいニーチェよ,
      せめて私に叶わないなら,どうぞ、愛しいひとよ,喜ばせてあげて
ドビュッシー:星の夜,ピエロ,出現
トスティ:セレナータ,夢,薔薇,暁は光から
チレア:歌劇《アドリアーナ・ルクヴルール》より〈私は創造の神の卑しいしもべ〉
マスネ:歌劇《エロディアード》より〈あの人は優しい人〉
マスネ:歌劇《マノン》より
    第2幕〈さようなら、私たちの小さなテーブルよ〉
    第3幕 サン・シュルピス神学校の2重唱
      〈許してください、全能の神よ〜君、いや貴女か!そう私よ!〉(テノール客演:工藤和真)
プッチーニ:歌劇《マノン・レスコー》より間奏曲(ピアノソロ)~〈ひとり見捨てられて〉
プッチーニ:歌劇《つばめ》より〈ドレッタの美しい夢〉
《アンコール》
プッチーニ:歌劇《トスカ》より〈歌に生き愛に生き〉
プッチーニ:歌劇《トゥーランドット》より〈氷のような姫君の心も〉

新国立劇場 ジョアキーノ・ロッシーニ:ウィリアム・テル<新制作>
<スタッフ>
【指 揮】大野和士
【演出・美術・衣裳】ヤニス・コッコス
【アーティスティック・コラボレーター】アンヌ・ブランカール
【照 明】ヴィニチオ・ケリ
【映 像】エリック・デュラント
【振 付】ナタリー・ヴァン・パリス
【舞台監督】髙橋尚史

<キャスト>
【ギヨーム・テル(ウィリアム・テル)】ゲジム・ミシュケタ
【アルノルド・メルクタール】ルネ・バルベラ
【ヴァルテル・フュルスト】須藤慎吾
【メルクタール】田中大揮
【ジェミ】安井陽子
【ジェスレル】妻屋秀和
【ロドルフ】村上敏明
【リュオディ】山本康寛
【ルートルド】成田博之
【マティルド】オルガ・ペレチャッコ
【エドヴィージュ】齊藤純子
【狩人】佐藤勝司
【合唱指揮】冨平恭平
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団