五線紙のパンセ|小さい音や微かな音——私の作品におけるそれらを聴く行為と社会的行為に関する随想——|黒田崇宏
小さい音や微かな音——私の作品におけるそれらを聴く行為と社会的行為に関する随想——
黒田 崇宏(Takahiro Kuroda)
近年の私の作曲作品は小さい音や微かな音の割合が多い。その理由を探ることと、自分にとってそういう音を聴く(更には用いる)とは一体何かということを記してみることが、今回の原稿の趣旨である。
現代において西洋クラシック音楽のシンフォニー・コンサートに赴くと、聴衆はそこで演奏される音楽を静かに聴いている。それが聴衆の間でマナーとして共有されているからだ。その演奏を聴くコンサートホールには採光窓は無いことが多く、外からの音も侵入してこなく、かつ中で発せられる音も外にほとんど漏れ出ないように設計されている。第二次世界大戦以後のコンサートホールは音響工学を用いて、最適な音響で音楽を聴衆に体験してもらえるように建築されている(但し、響きの評判が悪いホールもあるが…)。それ故、聴衆はその中で、チャイコフスキーの第6交響曲のバスーン(or バス・クラリネット)のppppppで書かれたソロを、次に来るトゥッティによる強烈な一撃が来ることを待ち構えながら息を潜めて聴き、ブリテンの《戦争レクイエム》の最後の合唱による「アーメン」を、その静寂へと溶けていくあまりの美しさに息を吞みながら聴き入ることができるのである。勿論、コンサートホール以外の場でシンフォニー・コンサートを聴く機会でも静かに聴くというマナーは基本的に共有されており、シンフォニー・コンサートに限らずピアノソロや室内楽の演奏会でもそうだ。
このように大きな音だけではなく小さい音も十全に聴こえるようにコンサートホールは作られているが、それらの音は西洋クラシック音楽のモダン楽器による伝統的な奏法によって発せられる。一方で、伝統的な奏法ではない、いわゆる特殊奏法、あるいは拡張奏法と呼ばれるものが特に20世紀以降の音楽において多く発明されている。その中には、より音量が小さく、聴き手が耳を澄ます必要がある音を発する奏法もある。そういった音は受け取り手に聴こえるかどうかのリスクを作曲家や演奏家が考慮することによって、使うことを忌避されやすい。つまりその音に対する可聴限界が聴き手にとって存在し 、演奏場所のサイズや音響面において限定されるので、書く方は経験と勇気が要り、演奏する方はその実現に工夫を迫られるのがその原因である 。そういった微かな音というものは、外界とは隔てられたコンサートホールのような特殊な空間でも、更に空間的に小ぢんまりとしている限定されたものの中でしか存在を許されない のかもしれない、そう思うこともある。
以前、ヘルムート・ラッヘンマンの《グラン・トルソ》を実演で聴いた時の体験だが、演奏者の動作を見たという要因によって、楽器のテールピースを弓で擦る特殊奏法による微かな音が鳴っていることに気づいたことがあった。いや、演奏者を見たことによって、鳴っているはずの音を聴き取ろうと意識を集中させたからそれを認知したのだろう。そこでの時間、即ち演奏の始まりから終わりまでの間、「通常の」音量の音だけではなく、密やかな、細々とした音もあの場に確かに同席し、彼らは共存していた。
大きい音はその音が有無を言わさず聴衆に向かってくるが、小さい音は聴衆の方がその音へ向かわなければいけない。聴き手が音の強弱面の性質によって受動的でもいいか、或いは能動的である必要があるか、そういった接し方が変わってくるということだ。小さな音である程、意識的にそれに注意を向けなくてはいけない。そういった音は確かにそこに存在しているのである。かなり微かな音、それを発する演奏家やそれを書いた作曲者には聴こえるが、聴衆には聴こえ辛い。これは、その場において自分にとって自分は——勿論自分のことなので——認識している存在だが、同じ場にいる他者にとっては認識されにくい存在——自発的に関心を持たない限りは——と言える。
ところで、そうした音の聴き方や音の在り方に私の中で興味が生まれたことのルーツを辿ると高校一年生の時(2005年)だろうと思っている。しかも、それは音や音楽と直接関係していることではない。
私が通っていた中高一貫校では高校一年次に、社会科の課題として「修論」という、社会科的なテーマを一つ選び、それについて論文の体裁で書くというものがあった。私は日本人の(主に明治以降の南北アメリカへの)移民やその移民先での歴史をテーマとした。選んだ理由としては、学校で教わる教科の内で元々社会科系、特に歴史(更に言うと日本史)が好きで、それに属するテーマにしようと思案している中、日系人の今昔を学校の授業で詳しく教わらないことがふと頭に過り、なら自分で調べてみようと思ったからである。
「修論」のリサーチの過程で知っていった事柄の中で最も自分の中に強く残った、深く刺さったことが、日系ブラジル人をはじめとした南米の日系人の日本への出稼ぎ(具体的には1990年の入管法の改正以降の「デカセギブーム」)であった。高校一年当時やそれ以前までの人生でも(とはいっても15歳そこらの年齢での自身の生活圏での印象でしかないが…)、彼らが働いていることを私は知っていなかった。そうであった訳は、彼らの働く場が所謂3K産業にしか開かれていなく、主に自動車産業と精密機械産業といった単純労働に従事しているという状況であったことも要因だと思う(つまり、その当時まで私が住んでいた地域にはそれに関係する工場が無かったということとも言える)。日系人出稼ぎ労働者が日本の産業を支えていることを知った際に、自分の無知を恥じるとともに、彼らが日本の社会の構成員であるのにも拘わらず、マジョリティである自分を含めた日本人の日常で語られることが無い存在であることにおかしさを感じた。彼らは確かにこの国に存在しているのに、だ。また、仮に自分から関心を持たなかったら、彼らの存在も彼らを労働力として利用しているという社会の構造も認識することもなかったかもしれないという、自分に対する危機感も持った。調査を進める中で、日本人と日系人の間の摩擦や彼らを排斥しようとする動きがあることも知ったが、その一方で、群馬県の大泉町のような共存・共生しようとする動きを知ったことは自分にとって大切な学びであった(これは自分がその後に、外国籍住人や在日コリアンと日本人の関係を考えることや、マイノリティである彼らへ向けられる差別やヘイトを問題と感じ、目を向ける基礎となったと思う)。
さて、「修論」提出後の高校二年生に作曲家になろうと決めたがために、それ以降の受験期、更に藝大入学後も作曲や音楽の勉強に邁進し、それが自分の中心となっていたが、日系人に関する本や記事も時間があるときに少しずつ読んでいた。関係する書籍は新たに出版されていたし、加えて、自分にとって満足のいく「修論」を作れなかった、そういった悔しさもあったのかもしれない。そのように興味を持ち続けていったことによって、例えば外国人の労働という視点で見えてくる範囲も徐々に広がっていき、研修制度、技能実習制度の実態(人権侵害)といったことを知っていった。勿論、ここでも知るたびに自分の視野や見識の狭さを痛感した。技能実習生が農場や工場といったそこの周辺に住む人にのみ目に入るような場所で労働に従事しているという構造は、「修論」の際に視えた構造と共通性があり、彼らも日系ブラジル人労働者と一緒で、同じ社会にいるのにも拘わらず、積極的に注意を向けないと認識されにくい存在なのである。そういった存在は社会から隠されやすく、弱い立場に置かれ続けているのだ。そして今もなお社会から差別や抑圧を受けており、一部の人々からはヘイトを向けられている。またそれは、これまで述べてきた日系ブラジル人労働者や技能実習生といった属性によるだけのものではない。
こういった関心や勉強の継続をしていたものの、それで培われた「視点」というものが、私自身の創作に何かしら結びつくというのは時間がかかった。最初に結び付けて作曲したのは《Let’s also be careful about small things》というシリーズ(Iは2018年末、IIは2019年の夏前に作られた、各作品詳細はリンク先参照)であり、藝大の修士課程を修了した後ということになる。高校生の時から大分時が経ってしまっていた。しかし、その結びつく切っ掛けとなる作品が前段階としてあり、それは、まだ大学院に在籍していた2016年に書いた《There are》という12の楽器のための音楽だった。
大まかに作品について説明すると、その音楽全体を通して、ハープはハーモニクス奏法のみだが舞台上から明確に聴こえる音を演奏する、ピアノは通常奏法だが舞台裏で演奏する、残りの楽器は特殊奏法を用いて舞台上から微かな弱音を演奏する、というように役割がはっきりとしているものだと言える。これを言い換えると、次のような三つの存在——音的にも視覚的にも明瞭な存在、音は明瞭だが直接視認できない存在、音は不明瞭だが視認はできる存在が、その音楽内や演奏される空間内に同居しているということになる。これを作曲しているときは一切考えていなかったが、初演後に(それは1年後の2017年だったが)、この作品で見て取れたことを基として、今後の作曲において、上述の日系ブラジル人労働者や技能実習生の件から視えた構造やそれに気付く視点と繋げられる可能性があるのではないかと不意に感じた。
《Let’s also be careful about small things》以外には、前述のことを直接関連付けた作品はいまのところ無い。とはいえ、そのシリーズの作曲から現在にかけて、自分の作品の中で小さい音や微かな音を積極的に用い、その音を集中して聴取してもらうことを聴き手に要求することが多い。烏滸がましいかもしれないが、そういった音を社会から隠されやすい弱い立場の存在の仮託として用いているのだろうと私は思っている。そしてそれを通して自分たちの社会が搾取している存在にきちんと向き合うべきという私の主張が、常に前景とは限らないが私の音楽に反映されている。そうした意識が私自身の創作活動の背後に立っているのだ。
そろそろこの長々とした文章を終えるのだが、その前に次のテキストを引用したい。
単に「聴く」ことだけをとってみても、人それぞれに、自分の受けてきた教育や環境によって、様々に異なっているのです。つまり、音楽を聴くという行為そのものは、既に、社会的行為の一部なのです。実験音楽が果たす重要な役割のひとつは、音楽のそのような社会性の側面に気付かせることにあると思います。つまり、聴き手は、聴くことによって、自分が自分の仕方で聴いているのだということを理解するようになるのです。1)
これは1987年に開催された東大の〈表象文化論〉研究室による公開講演会における、そこに招かれたクリスチャン・ウォルフの発言である。この発言は、聴き手が音楽を聴くという行為が社会的な行為の中に包摂されていることを述べているが、これは聴き手だけではなく作曲者自身にとっても自分の作品の聴き方、更には作曲の仕方が、社会性といかに結びついているのかということにも当てはめることができるのではないかと私は考える。実は今回の文章ではこの考えを前提としつつ、現在の自分の作品において、私自身の小さい音や微かな音の聴き方と用い方が、私の社会への眼差しと不可分であるということを述べたかったのである。
次回(9月ではなく10月となります)は、「灰色」と「灰」のどちらか、あるいはその両方がキーワードとなる文章になると思います。最後の第三回目(11月)は楽しめの文章を書きたいな。勿論、予告とは違う内容になる可能性も大いにあります。それでは、二か月後にまたお会いしましょう。
1)クリスチャン・ウォルフ他. 現代音楽のポリティックス. 編者: 小林康夫. 東京: 水声社, 1991. 八十頁.
参考文献一覧
文献
クリスチャン・ウォルフ, ルイジ・ノーノ, ジャン=クロード・エロワ, ヴィンコ・グロボカール, 近藤譲他. 現代音楽のポリティックス. 編者: 小林康夫. 東京: 水声社, 1991.
クリストファー・スモール. ミュージッキング 音楽は〈行為〉である (Christopher Small. Musicking: The Meanings of Performing and Listening. Middletown: Wesleyan University Press, 1998.). 翻訳者: 野澤豊一, 西島千尋. 東京: 水声社, 2011/2023.
安田浩一. ルポ 差別と貧困の外国人労働者. 東京: 光文社, 2010.
高橋幸春. 日系人 その移民の歴史. 東京: 三一書房, 1997.
楽譜
Benjamin Britten. War Requiem, Op. 66. London: Boosey & Hawkes, 1997.
Helmut Lachenmann. Gran Torso. Wiesbaden: Breitkopf & Härtel, 1980.
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー. 交響曲第六番 ロ短調 作品74《悲愴》. 東京: 全音楽譜出版社, 1956.
(2024/8/15)
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【プロフィール】
黒田 崇宏 Takahiro Kuroda
1989年5月2日、富山県生まれ。神奈川県出身。東京を拠点とする作曲家。
第29回現音作曲新人賞(2012年)、第37回入野賞(2016年)等を受賞。Music From Japan Festival 2019 (ニューヨーク市)へ招待された。
これまでに作曲を井元透馬、松下功、福士則夫、近藤譲、鈴木純明、Klaus Langの各氏に師事。
アーティストコレクティブ、Crossingsメンバー。
【ウェブサイトや作品視聴】
Website: https://takahirokuroda-composer.com/
SoundCloud: https://soundcloud.com/daakuro_grgranko
Youtube: https://www.youtube.com/channel/UCgIcW-auTq9U9xv905C7HKQ
【CD情報】
私の作品によるCDではないのですが、2023年5月にFtarri水道橋店で行ったコンサートをライブ収録したCD(2枚)がFtarri Classicalというレーベルから発売されています。内容はドイツの作曲家、オルガニスト、ピアニスト、音楽学者で、ヴァンデルヴァイザーに所属しているエヴァ=マリア・ホウベン (Eva-Maria Houben, 1955-)のホルンとピアノのためのソロとデュオの作品です。近藤圭(ホルン)、黒田崇宏(ピアノ)の演奏です。
下記のBandcampから購入できますし、もし会う機会がありそうでしたら私から直接買うこともできます(こちらの方が嬉しいです)。