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東京都交響楽団 プロムナードコンサートNo.406|藤原聡

東京都交響楽団 プロムナードコンサートNo.406
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra the 406th Promenade Concert

2024年2月11日 サントリーホール
2024/2/11 Suntory Hall
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)
Photos by 堀田力丸/写真提供:東京都交響楽団

<曲目>        →foreign language
ブラームス:大学祝典序曲 op.80
ベートーヴェン:交響曲第8番 ヘ長調 op.93
ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 op.88

<演奏>
東京都交響楽団
指揮:エリアフ・インバル
コンサートマスター:山本友重

 

インバル約1年2ヶ月ぶりの都響への登壇では3プログラム/全5回のコンサートがもたれたが、本コンサートはその最初のもの。有名名曲を3曲並べた実に聴き応えのあるプログラムである。尚、この滞日中にインバルは88歳の誕生日を迎えたが(2月16日)、本プロムナードコンサートは大学祝典序曲の作品番号80、ベートーヴェンの交響曲第8番、そしてドヴォルザークの同じく交響曲第8番―作品番号は88、と意図したのか否か定かではないが8づくし。

さてそのインバル、むしろ前回来日時よりも若返っているのではないかという印象で、背筋は伸び、歩く姿も大股でスタスタ、時には小走りで登場するほど。その元気さには感嘆の他ないが、演奏もまた然り、老いや弛緩など影もかたちもない。大学祝典序曲では重心の低いどっしりとした響きを基本にし、そこに思いがけないテンポの変化や表情付けが施されたいかにもインバルならではの快演が披露された。ブラームスとしては例外的に打楽器を多用した華やかな曲だが、オケを盛大に鳴らしながらも決してうるさくならずに整然とした響きを保ち続ける手腕に衰えの気配はまるでない。

続いてのベートーヴェンは弦16型、それだけを聞くとアナクロな、と捉える向きもおられようが、ドグマティックな聴き方をするのでなければここでもインバルの演奏の質の高さには驚くのではないか。ボリューミーなオケのドライヴと細部の彫琢の共存。例えば第3楽章トリオにおけるコンチェルト・グロッソのようなホルンと弦楽器の対比。単にまろやかにまとめるのではなく声部をぶつけ合わせて立体感を出す。または終楽章の明瞭な内声部の処理。大編成のオケだとこういった点に留意しなければ全体が壁塗りののっぺりした大音響の羅列となりかねないが、インバルはさすがとしか言いようがない。なるほど、コンパクトにまとまった演奏というのではないが、こういった演奏なら2024年においても大編成でやる意味があろう。

8づくしの最後はドヴォルザークの第8。インバルは1991年にフィルハーモニア管弦楽団と同曲を録音しているが、それは全くもって猟奇的な演奏であり、細部という細部の表情を丹念にノミで彫り込んでいくかのようなモノマニアックさが戦慄を呼び起こすものだった。流れずに分断する音楽とも言えようか。ある意味、これより少し前にフランクフルト放送響と完結させたマーラーの交響曲全集よりも壮年期のインバルの指向性がこれでもかと表出されていて、ボヘミア色などどこ吹く風である。対してこの日の都響との演奏。録音から33年が経過している。変わった部分と変わらない部分。前者→音楽の流れが遥かに自然、流動的になり、第1楽章や第2楽章の冒頭などは情感が豊かに感じられる。そういう意味においてはよりオーソドックスになったとは言えようが、変わらない点としては例えばほとんど「グラツィオーソ」さのない速めのテンポによる第3楽章主部、中間部ですら歌としてのレガートを要求せず、流れないで器楽的に処理されるフレージング(それは刺すようなインバルの指揮姿からも明瞭だ)、この辺りはこの指揮者の変わらぬ本質がはっきりと出ていよう。すなわち情感に耽溺せずに常に覚醒した明晰な音響体を提示する、という。インバルに円熟という言葉はまるで似合わないが、このドヴォルザークでは加齢による「インバルなりの円熟」と音楽の外部からの物語性の付与を忌避する生来の性質が合わさった全くこの指揮者にしかレアリゼできない演奏が出来していた。感動するような音楽ではない。しかし、感嘆するような音楽。まあしかし、インバルはそうでなくては。

(2024/3/15)


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〈Program〉
Brahms:Akademische Festouvertüre,op.80
Beethoven:Symphony No.8 in F major,op.93
Dvořák:Symphony No.8 in G major,op.88

〈Player〉
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
Eliahu INBAL,Conductor
Tomoshige YAMAMOTO,Concertmaster