戦禍をくぐり抜けた音~17世紀ドイツの室内楽~|大河内文恵
アルテ・デラルコ室内楽シリーズvol.4 戦禍をくぐり抜けた音 17世紀ドイツの室内楽
2023年12月27日 日本福音ルーテル東京教会
2023/12/27 Tokyo Lutheran Church
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
写真提供:アルテ・デラルコ
<出演> →foreign language
ヴァイオリン:若松夏美、池田梨枝子
チェロ:鈴木秀美
オルガン/チェンバロ:上尾直毅
声楽アンサンブル La Fonteverde
ソプラノ:鈴木美登里
カウンターテナー:上杉清仁
テノール:谷口洋介
バス:小笠原美敬
<曲目>
ヨハン・ローゼンミュラー:2声のソナタ第2番 ホ短調
ハインリヒ・シュッツ:主よ、わたしの力よ、わたしはあなたを慕う SWV 387
:主よ、御もとに身を寄せます SWV 66
ニコラウス・ブルーンス:プレリュード ホ短調
ヨハン・ヘルマン・シャイン:あなたがたは行って
ハインリヒ・シュッツ:古いパン種をきれいに取り除きなさい SWV 404
~~休憩~~
H. I. フランツ・フォン・ビーバー:『技巧的で美しい合奏曲集』より パルティータ5番 ト短調
アンドレアス・ハンマーシュミット:おお、慈悲深き父よ
フランツ・トゥンダー:おお愛しいイエスよ
ディートリッヒ・ブクステフーデ:トリオソナタ ハ長調
:地上であなたを愛していなければ BuxWV 38
:主はわたしの味方 BuxWV 15
~~アンコール~~
ヨハン・ローゼンミュラー:よくよく言っておく
日本福音ルーテル東京教会での演奏会で、ここまで満員の客席を見たのはコロナ以前以来ではないだろうか。このコンサートが注目された証左であろう。
17世紀ドイツの室内楽という一見すると地味にみえてしまいそうなプログラムを、三十年戦争の影響を(直接的にせよ間接的にせよ)受けた作曲家の作品という軸でまとめることによって聴きごたえのあるものに仕上げた手腕は見事。池田による解説には、取り上げた8人の作曲家の略歴と戦争との関わりが当時の社会状況と関連させながら丹念に記されており、演奏会のコンセプトが伝わるようになっていた。最後の段落では、現在の世界の状況に対する怒りと失望、音楽家として平和を願う言葉が記されており、感銘を受けた。
コンサートはローゼンミュラーのソナタから始まる。2つのヴァイオリンによる豊かな装飾の旋律が印象的な演奏で、若松と池田の相性がぴったりなことに気づく。池田のヴァイオリンが、元来の個性を減じることなくこれほどぴったり合うことは珍しい。後日、若松と池田が師弟関係にあることを知り、なるほどと思った。(もちろん、師弟関係にあるからといって演奏の相性がいいとは限らないのだが)
このシリーズは若松と鈴木秀美が固定メンバーで、他の奏者は入れ替わる。今回はラ・フォンデヴェルデがゲストになっていることもあり、プログラム全体が器楽曲の後に独唱曲と4人揃った曲が組み合わされ、そのセットが4回繰り返されるという形になっていた。
2曲目は三十年戦争終結の1648年に出版された宗教的合唱曲集から。ここにおさめられているのはドイツ語のモテットで、元の編成は多声のマドリガルなのだが、上杉のソロと楽器という形で演奏された。「死の網」という歌詞でうねるような半音階があらわれ、「わたしの神に向かって叫ぶと」というところで明るい響きに転じる。歌ったのは上杉のみだが、この曲ですっとラ・フォンテヴェルデの世界に入った。3曲目は『聖句集』からの1曲。冒頭から強烈な不協和な音程があらわれ、耳を奪われた。
4曲目はブルーンスのプレリュード。元はオルガン用の作品だが、本日はチェンバロで演奏された。フーガのテーマの北ドイツ的な雰囲気とともに、オルガンで演奏していないにもかかわらず、戦乱のさなかに静かな教会の中でささげられる祈りのようなものが感じられた。
シャインによるテノールと2台のヴァイオリン及び通奏低音のための作品で谷口のよく響く声を堪能した後は、再びシュッツに戻る。楽器と声の掛け合いの高い充実度を感じながら、過越祭を題材としたこの歌にこめられた、今は苦しいけれどこの苦難の先には希望があるといったメッセージを感じたのは深読みのし過ぎか。
後半はビーバーのパルティータから。この曲ではチェンバロの下に設置されたオルガンで演奏された。若松と池田のヴァイオリンの勢いに鈴木秀美のチェロ、上尾のオルガンとが相俟って盛り上がることこの上ない。固執低音、少し低めにとる音程など、初期バロックの魅力が詰まった演奏だった。
後半2曲目はハンマーシュミット。歌詞2行目の半音階で上がっていくところ、「おお、父よ」の部分で声が揃うところなど、歌詞の表現を旨とするマドリガルを長年歌ってきた彼らならではの表現に心惹かれた。続くトゥンダーの《おお、慈悲深き父よ》は小笠原自身の録音も出ており、自家薬籠中のもの。
最後のセットはすべてブクステフーデによる作品。トリオ・ソナタでは鈴木秀美のチェロを堪能した。つづく《地上であなたを愛していなければ》は、暗い曲が多いイメージのブクステフーデの作品のなかで明るい類の曲で、鈴木美登里の明るい声質とよく合っていた。最後の《主はわたしの味方》は全員による演奏で、とくに最後のアレルヤが圧巻。この曲に限らないが、若松は声に合わせているようでいて、ところどころで少し速めて推進力を出したり、緩めたりと緩急をつけていた。
解説には個々の曲の選曲理由は書かれていないが、アンコールまで含め、最後まで聞いて納得するように組まれていたように思う。1つ1つの作品は比較的短いものが多く、ともすると寄せ集めに聞こえてしまうところを、コンセプトと人選と選曲が見事に噛み合った一夜を作り上げていた。
(2024/1/15)
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<performers>
Violin: Natsumi WAKAMATSU, Rieko IKEDA
Violoncello: Hidemi SUZUKI
Cembalo: Naoki UEO
La Fonteverde:
Midori SUZUKI soprano
Sumihito UESUGI countertenor
Yosuke TANIGUCHI tenor
Yoshitaka OGASAWARA bass
<program>
Johann Rosenmüller: Sonata seconda à 2 in e minor
Heinrich Schütz: Herzlich lieb hab ich dich, o Herr meine Starke
In te, Domine, speravi
Nicolaus Bruhns: Praeludium in e minor
Johann Hermann Schein: Gehet hin in alle Welt
H. Schütz: Feget den alten Sauerteig aus
–intermission—
Heinrich Ignaz Franz von Biber: Harmonica Artficiosa-Ariosa Partita V in g minor
Andreas Hammerschmidt: O barmherziger Vater
Franz Tunder: O Jesu dulcissime
Dietrich Buxtefude: Trio sonata in C
Herr wenn ich nur dich hab
Der Herr ist mit mir
–encore—
J. Rosenmüller: Wahrlich, ich sage euch