ハーゲン プロジェクト 2023│藤原聡
10月31日~11月2日トッパンホール
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)
Photos by 大窪道治/写真提供:トッパンホール(11月1日撮影)
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ハーゲン・クァルテット
ルーカス・ハーゲン(第1ヴァイオリン)
ライナー・シュミット(第2ヴァイオリン)
ヴェロニカ・ハーゲン(ヴィオラ)
クレメンス・ハーゲン(チェロ)
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Ⅰ 10月31日(火)
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 Op.95『セリオーソ』
モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K387
ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
(アンコール)
モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575『プロシア王第1番』より 第4楽章 Allegretto
Ⅱ 11月1日(水)
モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番 ニ短調 K421(417b)
ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 Op.10
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 Op.59-2『ラズモフスキー第2番』
(アンコール)
モーツァルト:弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K387より 第3楽章 Andante cantabile
Ⅲ 11月2日(木)
モーツァルト:弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K575『プロシア王第1番』
ウェーベルン:弦楽四重奏のための緩徐楽章
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130+大フーガ 変ロ長調 Op.133
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トッパンホール開館20周年シーズン中の2021年に同ホールにて3夜のベートーヴェン・アーベントを開催予定であったハーゲン・クァルテット(以下HQ)であるが、それがコロナ禍により―当媒体の評文で何度この言葉を記したことか―中止となったために、実に4年ぶりの同ホール登場である。ご存知の方も多かろうが、HQは2003年以来度々同ホールに登場し、特に近年は「ハーゲン プロジェクト」と銘打ち何夜にも渡ってのコンセプチュアルなコンサートを開催している。もちろん他のホールへ登場しない訳ではないが、トッパンホールとのコラボレーションのような濃密かつ継続的なものではなくあくまで単発的なものであり、それだけにHQとトッパンホールとの信頼関係の強さがうかがい知 れよう。尚、HQはこのホールを「アジアでの我が家」と語っているという。この度筆者は幸運にも3夜に渡って開催される「ハーゲン プロジェクト2023」を全て聴くことが出来た。モーツァルトとベートーヴェンというHQにとっては血肉化した作品で基本に立ち返り、かつ録音してはいるがメインのレパートリーとまでは言えないドビュッシーとラヴェルで新鮮味を打ち出し、ウェーベルンのロマンティックな小品がそこに加わる。
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第1夜はベートーヴェンの『セリオーソ』から。既に録音もしているこの作品だが、そこでは猛烈にアグレッシヴな推進力を発揮していて仰天したものだ。この日の演奏でもそれに勝るとも劣らぬ表現意欲を見せていたが、初日の1曲目ゆえかまだエンジンが掛かりきっていない感触、4人それぞれの音の立ち上がりが鈍く、第1vnのルーカスの音程もふらつき気味。本演奏では第2楽章での細やかなアーティキュレーションを駆使した演奏がいかにもHQの面目躍如であり、もはやベテランの域に達しているにもかかわらず表現の可能性の追求を止めない点に頭が下がる。
その「表現の可能性」ということであれば、次のモーツァルトはさらに突き詰めている。冒頭のフレーズの切り方やダイナミクスからして通常聴かれる演奏とは相当に異なり、それが全楽章に共通している。恐らくは、古典作品の枠内での表現における常識=伝統を括弧に入れ、楽譜をリテラルに読み拡大解釈ギリギリのところまで突っ込んでみた、というところかと思う。尚、この曲を HQは グラモフォンとmyrios classicsの計2回録音しているが、最初の前者ではここまでやっておらず、そして後者ではこの日のトッパンホールと同傾向の―しかし明確に違っている―演奏が展開されている。中央ヨーロッパのオーストリア、しかもモーツァルトの生まれ故郷たるザルツブルク出身であるHQがこのような演奏をする意味。伝統の洗い直し、批評的検証。
先の2曲に比べれば、この日のトリたるラヴェルはよりオーソドックスな(あくまで比較の上で、だが)名演だったと言える。但し、色彩感や柔らかさで聴かせる演奏ではなく、それぞれの楽器が時にどぎつい原色的にザラついた刺激的音響を響かせる点で「いかにもな」ラヴェルではなく、非常に面白い。アンコールは第3夜のプログラムに含まれる『プロシア王第1番』第4楽章。14番が含まれる「ハイドン・セット」のような革新的な書き方がされていないだけに、HQも素直に演奏していたように思う。普通に美しく快活。
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第2夜、初日より音が飛ぶ。まずはモーツァルトの第15番、初日の第14番ほどの突き詰め方は聴かれないが、例えば第1楽章での第1主題と第2主題のテンポの変化や終楽章の変奏における装飾、フレージングなどは虚をつかれる思いだ。既に結論めいたことを書いてしまうが、やはりモーツァルトこそがHQにとってはアルファにしてオメガなのか。あるいは古典派の一見シンプルな楽譜への複眼的視点。
ドビュッシーは初日のラヴェルと同傾向の演奏だったように思う。すなわち、きらびやかさを排し、ダークかつ鋭利な表現で攻めるという。第2楽章のスケルツォでの弦が切れそうなほどのピツィカート、筆者が勝手に(?)『トリスタンとイゾルデ』と同質の官能的音楽と感じる第3楽章の抑制美。ドビュッシーとしては若書きに近いこの作品がより現代的に聴こえるような演奏、これもまたHQならではの一筋縄ではいかない世界。
最後は『ラズモフスキー第2番』、ここで若干気になったのは2nd vnのライナー・シュミットがやや埋もれがちと感じた点で、ベートーヴェンではこれは問題がある。対してルーカスとヴェロニカのvaは盤石だったが、4声部の拮抗という意味ではHQとしては珍しく凹凸があった。それなりの回数の実演に接してきたHQだが、さすがに加齢による不安定さが増しているのか、と思ったり。とは言えこれは実演特有の水物的側面でもあろう。スケルツォとフィナーレの快速テンポによるエネルギッシュな表現はHQ健在の感、終わりよければ全てよし。アンコールには初日に本プログラムで演奏されたモーツァルトの第14番から第3楽章だったが、こちらの演奏の方が明らかに自在感を増していた。
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いよいよ3日目の最終日。既に初日に第4楽章がアンコールで弾かれたモーツァルトの『プロシア王第1番』でコンサートは開始されたが、この曲は周知の通りチェロの活躍の場が多く、クレメンスの骨太かつ豊かな音量を誇る演奏のおかげで極めてスケールの大きな音楽が構築された。但し、第14番ほどではないにせよメヌエットなどで非常に新鮮なアーティキュレーションが聴かれたりと、その音楽は決して惰性的なものに陥らない。
ウェーベルンのいわゆる「ラングザマーザッツ」の表現もいかにもHQらしい。後期ロマン派どっぷりといったこの曲を、情感は豊かでありながらもその音響を肥大させずに内に内にと求心性を持って凝縮させるような表現を取り、そのために甘美一方ではない独特の緊張感が生じる。これはルーカスのいささか線の細い鋭利で上ずり気味の音程や拮抗する内声の対話によるところが大きいと見る。好みは分かれるかも知れないが、HQにしかなし得ない演奏であることは疑いえない。
3日間のハーゲン プロジェクトの最後にはベートーヴェン後期の大曲第13番、現行のフィナーレではなく大フーガ付の演奏。ベートーヴェンが書いた第1楽章の神経症的とも思えるテンポ交代が意外にもHQの演奏ではさほど際立たない。提示部の反復を省略したのは残念だったが―異型過ぎるこの音楽で提示部を繰り返すことによりそのお約束の「形式」が異化的に作用する―、どうあれHQの演奏としてはやや拍子抜けの感。次の第2楽章プレストではやはりルーカスの独特の音色とフレーズ感が楽想とマッチしこの音楽のヒステリックでシニカルな効果を生かし切り、第3楽章の淡々とした表情はアフォリズム集成のごとき本作品において敢えて選び取られたものと受け取った。主題中の休符とダイナミクスの対比効果をいささか強調した第4楽章は秀逸で、次の楽章「カヴァティーナ」ではここでもウェーベルン同様の甘美過ぎないクールネスが心地良い(但し中間部の例のbeklemmtの箇所にはさすがにより濃密さが欲しくはあったが)。本演奏の白眉は大フーガ。ここではHQの4人それぞれの持ち味が最大限に生かされ、フーガにおけるそれぞれの声部の動き=独自性がかつて聴いたどの実演よりも豊かかつはっきりと伝わる。大フーガのために前半をセーブしていたとは言わないが(言っている?)、作曲されてから200年も経ちながら未だに「異物感」があるこの怪物的な大フーガという音楽を矮小化することなく描き出した稀有なこの演奏、「HQにしては…」という若干のモヤモヤを完全に吹き飛ばし、『ラズモフスキー第2番』に続く「終わりよければすべて良し。」
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この3日間のコンサート、HQの問題意識が最も鮮明に現れていたのは古典派のモーツァルトではなかったか。極めて意識的に対象と距離感を保ちつつその音楽を批評的に再構築する。こういった姿勢はHQの演奏全てに共通するものではあるが、やはり同胞どころか同じザルツブルク出身のモーツァルトであるからこそそれは逆に強まるのではないか(ちなみにベートーヴェンの場合、より時代が下りかつ元々極めて構築的な音楽のためモーツァルトほど「遊べない」)。これは現代を生きる音楽家の倫理感/責任感の表れと思う。これがある限り、HQの演奏は常に一回性を伴ってその都度新たに立ち上がる。
(2023/12/15)
Ⅰ 31 October 2023
Beethoven: Streichquartett Nr.11 f-moll “Serioso”
Mozart: Streichquartett Nr.14 G-Dur K387
Ravel: Quatuor à cordes en fa majeur
(Encore)
Mozart: Streichquartett Nr.21 D-Dur K575〜Vierter Satz
Ⅱ 1 November 2023
Mozart: Streichquartett Nr.15 d-Moll K421(417b)
Debussy: Quatuor à cordes en sol mineur Op.10
Beethoven:Streichquartett Nr.8 e-Moll Op.59-2“Rasumowsky Nr.2”
(Encore)
Mozart: Streichquartett Nr.14 G-Dur K387〜Dritter Satz
Ⅲ 2 November 2023
Mozart: Streichquartett Nr.21 D-Dur K575
Webern: Langsamer Satz für Streichquartett
Beethoven: Streichquartett Nr.13 B-Dur Op.130 mit Große Fuge B-Dur Op.133
〈Player〉
Hagen Quartett
Lukas Hagen,violin
Rainer Schmidt,violin
Veronika Hagen,viola
Clemens Hagen,violoncello