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ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演|藤原聡

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 来日公演

2023年11月25日 サントリーホール
2023/11/25 Suntory Hall
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)

<プログラム>        →foreign language
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ Op.132
R.シュトラウス:交響詩『英雄の生涯』Op.40

指揮:キリル・ペトレンコ
ソロ・ヴァイオリン:樫本大進(『英雄の生涯』)

 

2020年にはドゥダメルと、そして2021年にはキリル・ペトレンコと来日予定であったベルリン・フィル(以下慣例のBPOと略)であるが、両年コロナ禍により中止となったため今回のBPOの来日は2019年にメータ指揮によって行われたそれ以来4年ぶりとなる。指揮者はもちろん首席指揮者・芸術監督のキリル・ペトレンコ。このコンビの日本における初公演であり、もちろんBPOの自主制作盤やデジタルコンサートホールにおいてその演奏に触れることが可能とは言え、その真価を体感するには当然ながら実演に優るはなく、それがペトレンコ&BPOならなおさらだ。筆者が聴いたのはレーガーとR.シュトラウスのプログラムである。

先に全体的なことを記せば、2019年からBPOの首席指揮者に就任したペトレンコは、就任5年ほどでこの操縦の困難な暴れ馬オケを既にして相当な高レヴェルでまとめ上げている、と感じた。レーガーではこの作曲家らしい入り組んだ声部の絡みが恐るべき明晰さで腑分けされており、なおかつ表情は非常に豊かで起伏に富む。例えば第1変奏のテクスチュア造形の丁寧さと濃密さ、第5変奏のどことなくデュカスの『魔法使いの弟子』を思わせるような管楽器群と弦楽器群のアンサンブルの妙。この生き生きした感じはBPOならではだし、終曲のフーガからコーダに至る演奏設計は全く巧みの一語、このカタルシスはBPOの技術がなければなし得ないもので、かつペトレンコの透徹した俯瞰的視点による指揮がなければ必然性の感じられないものとなる可能性もあった。繰り返すが、これはペトレンコとしてもオケがBPOでなければなし得ないものであり、またBPOとしてもペトレンコ指揮の下でなければ出し得ない音を出していたということだ。尚、筆者は指揮者が手綱を締め切れずにかなり野放図に弾くBPOを過去の来日公演で聴いたこともあり、これはこれで耳のご馳走ではあったけれど、そうではなく、オケが自発性を発揮しながらも指揮者の意図を十分に汲む中でのせめぎ合い、「緊張関係」を体感することこそがBPOを聴く醍醐味ではないか。そして、それはこのレーガーにおいて既に聴かれた。素晴らしい。

後半の『英雄の生涯』でも、微塵も俗っぽさに流されないペトレンコのシャープかつソリッドな指揮にBPOは万全に応える(もっと官能的かつオペラティックな演奏がR.シュトラウスには相応しいという意見もあろうが)。それにしても各管楽器奏者の音のエッジの立った押し出しの強さ、立ち上がりの良さ、どんな弱音になっても芯を失わない音の実在感と表現力、さらにはオケ全体の分解能の高さには今更ながら感嘆せざるを得ない。あるいはその表現に対する積極性。「英雄の敵」冒頭からしばらくの木管群の個人プレイとチームプレイの高次元の融合には目(耳?)が眩む思い(パユがモチベーションの高さの余り冒頭食い気味に突っ込んで妙な音を出していたのには笑ってしまったが、こういう姿勢があってこそのBPOなのだ)。

「英雄の妻」では樫本大進がヴァイオリン・ソロを弾いたが、樫本としてはハイポジションの音が決まりきらなかったりとやや安定感を欠いたものの、実に貫禄ある演奏を聴かせた。しかし全体に強面であり、R.シュトラウスとその妻パウリーネの恐妻家的関係性を表したものか(?)。

個人的にはこの『英雄の生涯』で最も卓越していたのは最後の「英雄の引退と完成」と感じる。「英雄の戦場」から「英雄の業績」で最高潮を迎えるこの曲であるが、聴き手からすればここで音楽的感興が高まる反動から「英雄の引退と完成」は極言すれば蛇足的に感じられなくもないところ、ペトレンコとBPOは前半と同じような緊迫感を維持し聴き手の注意を一瞬も逸らさない。なるほど、しみじみとした情感はいささか希薄とは言えようがその音楽的充実度は比類ない。

BPOはオケ自体が特別性/特殊性が高いためにどうしてもオケ主体の目線で接しがちなところはあるが、この度の演奏の成功は当然ながらキリル・ペトレンコの類まれなる統率力に負うところ大である。ただ、ペトレンコとBPOの関係性がさらに深いものになった日にはより高次元の演奏が実現されることは間違いない。いやはや、想像するだに恐ろしい事だ。

(2023/12/15)

〈Program〉
Reger:Variations and Fugue on a Theme by Mozart,Op.132
R.Strauss:“Ein Heldenleben”,Op.40

〈Player〉
Berliner Philharmoniker
Conductor:Kirill Petrenko
Solo Violin:Daishin Kashimoto(“Ein Heldenleben”)