Menu

NHK交響楽団 第1981回 定期公演 Cプログラム|西村紗知

NHK交響楽団 第1981回 定期公演 Cプログラム
NHK Symphony Orchestra Subscription Concerts 2022-2023 Program C
No. 1981 Subscription (Program C)

2023年4月22日 NHKホール
2023/4/22 NHK Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
写真提供:NHK交響楽団

<演奏>        →foreign language
NHK交響楽団
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

<プログラム>
ルーセル/弦楽のためのシンフォニエッタ 作品52
プーランク/シンフォニエッタ
イベール/室内管弦楽のためのディヴェルティスマン

 

ラスト5分、怒濤の展開である。いやはや、パーヴォ・ヤルヴィとN響団員にはしてやられた。
熱狂の渦が退かない。出演者がはけてしばらく経ってもまだ拍手を送る聴衆がいる。パーヴォ・ヤルヴィだけもう一度挨拶に出た。残った聴衆は一層強い拍手を送る。
だが、この日のプログラムを見てみてほしい。一体、この休憩なしの1時間程度の公演で、しかも、フランス近現代の新古典主義三者三様、といった具合のマニアックな演目で、どうしてこんなことになったのか。
筆者はいつもNHKホールには明治神宮前駅から行くため、代々木公園を通ることになるのだが、そうすると、過ごしやすい陽気の土曜の昼ということもあり、人の多さ、街の賑やかさに気圧されるのであった。この日代々木公園では「東京レインボープライド2023」というイベントが行われていた。LGBTQのイベントである。屋台や出店も多かったが、地方の運動団体や、都や行政書士会もブースを構え、ファッション業界からも多く出資する企業がいたりと、非常に本格的なイベントである。華やかな服装の人が多く、顔に虹のペインティングを施した人や、ドラァグクイーンと写真を撮る人もいた。
抑圧からの解放をことほぐ人々(こういう言い方はあまり良くないだろう。彼らは人として当然の権利を訴えているだけだ)の熱気で充満するなか、何よりすごいのは人の数で、つまり筆者は、なかなか会場にたどり着けない。
時間に余裕をもって動いたつもりが着席したのはかなりぎりぎりで、そこは、先ほどの解放感ときらびやかさとは距離がある、クラシックのコンサートのいつもの客層である。

さて、ルーセル「弦楽のためのシンフォニエッタ」には曰く言い難い魅力がある。重厚なのに速い。ことあるごとに和声の解決が聞こえてくるので調性の感覚は強いが、何分、手数が多くその切り替わりも早いので、耳で付いていくのはそれなりに大変だった。主旋律があるようなないような、それもどこのパートに浮かび上がるかなかなか予想がつかないこともあり、気を抜いたらすぐに置いていかれるような聴取体験だった。それらが同時多発的に起こるので、アンサンブルの重層感がずっと保たれたままとなるのである。ヤルヴィの指揮はこの作品の複雑に動く構造と音楽全体のホメオスタシスのキープを両立させるもので、弦の響きはどちらかと言えば湿り気があって、フランス音楽の風雅なニュアンス、とはまた一線を画するも のだった、という印象だ。
プーランク「シンフォニエッタ」は、わりと典型的な新古典主義といった具合に思えるが、これも弦のしっとりした音色の印象が強い。個人的には、音楽の新古典主義というと、カラッとした響きで、アイロニカルだったり、古典ということへの屈託が音になったもの、だと思っていたがどうも様子が違う。第4曲に、少しレビュー的な華やぎのある意匠が聞こえてきたような気がするが、それくらいであとはしっかりと古典的な作法をやりきった、という印象だ。
今一つ快活になれないな、と正直思っていたものだった。だが、そんな筆者のもとに流れてきた音楽は、イベール「室内管弦楽のためのディヴェルティスマン」の喧騒である。もともとこれが一つの独立した器楽曲ではなく劇音楽の組曲版、という成立事情もあってのことだろうが、大胆なやりたい放題の作品である。都市の退廃と、戦争の空気と、華やぎも不安も全部混ぜ込んで、笑いもダンスも全部ごたまぜになっている。
終曲ではパーカッション、ヴァイオリン、そして指揮者までもがホイッスルを徐に取り出し、めいめい吹き鳴らし、踊り出す。本当に最後の最後になって、筆者はやられた。それまでの重苦しい「古典」、湿っけたっぷりの弦の響きはラスト5分のホイッスルが牽引する喧騒のための布石だったのでは、と思えるほどだった。終わった瞬間、筆者の後頭部をブラボーの声が突き抜けた(数年ぶりに聞いたブラボーだった)。抑圧と解放の表現だった。それはまさにコロナ対策がすっかり緩和されマスク着用も任意となりつつあるこの日にうってつけのプログラムと演奏だった、ということになるだろう。
地味でシックな服装で固めた、ほとんど中高年層が占める一群の人々が、虹色の中を歩き出して行き、帰途に着く。ホールの外と内とが、イベールのディヴェルティスマンの喧騒によって、つながっていくような感覚があった、と言えば言い過ぎだろうか。油断していたところに急に訪れた、現実とつながる感覚で聴衆は熱狂したのではないかと思うがこれは筆者のちょっとした願望混じりの憶測である。

 (2023/5/15)

—————————————
<Artists>
NHK Symphony Orchestra
Paavo Järvi, Conductor

<Program>
Roussel / Sinfonietta for String Orchestra Op. 52
Poulenc / Sinfonietta
Ibert / Divertissement for Chamber Orchestra