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3月の3公演短評|丘山万里子

3月の3公演短評|丘山万里子

♪東京混声合唱団第261回定期演奏会
♪ステラ・トリオvol.6
♪「エゴン・シーレ展」記念コンサートvol.1 佐藤卓史pf

Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)

 

♪東京混声合唱団第261回定期演奏会***
2023年3月5日@杉並公会堂大ホール

珍しく広上淳一が振る合唱。尾高惇忠『光の中』(高田敏子詩)『春の岬に来て』(三越左千夫、三好達治、中原中也、立原道造詩)、三善晃『5つの童画』に M・デュリュフレ『グレゴリオ聖歌による4つのモテット』。オーケストラと変わらぬ広上の全身指揮ぶりはいやが上にも合唱団の熱を煽り、客席にもそれが浸潤する。
尾高も三善もパリに学んだが、作品の相貌は全く異なる。常に正攻法で優しい抒情を素直に紡ぐ伸びやかな尾高の2作の一方、三善は童画と言いつつどこかに鋭さがのぞくのはやはりピアノの扱いだろう。その透徹の美。尾高の『ピアノ協奏曲』初演時に強烈な印象を残した野田清隆が素晴らしく、広上のパッションと合わさり、ステージを盛り上げた。
とりわけ三善作品での広上、「風見鶏」ではまさに風見鶏に、「やじろべえ」も「どんぐりのコマ」もやじろべえ、どんぐりになりきっての大熱演には思わず笑ってしまった。
ひとり踊りまくる姿は、目障りといえばそうかも知れぬが、だからこその空気も生まれたわけで、今後も合唱領域での奮迅を望むところだ。

 

♪ステラ・トリオvol.6***
2023年3月11日@王子ホール

デビュー時の元気溌剌颯爽に新生トリオの未来を大いに期待したステラ・トリオ。コンクールで名をあげるのももちろん一つの道だが、ホールのレジデントとして誕生し、育つこうしたケースは、かつてのカザルス・ホールを思い出させる。東京に限らず、各地にその継承が見られるのは頼もしい限りだ。
有名講師陣を擁するサントリーホール室内楽アカデミーから輩出するコンクール系のアンサンブル(伊東vcは葵トリオでミュンヘン国際音楽コンクール優勝だが)とは異なるある種の自発と愉悦が彼らには感じられ、ステラもまたその一つといえよう。
そのステラ、回を重ねるうち、どこに行きたいのか見えにくくなった感があったが、パンデミックにより自閉的世界に否応なく引き摺り込まれた2年ほどが、かえって原点、あるいは新たな世界をひらくエネルギーの蓄積となったようだ。ショーソン、シューマン、ブラームスを並べたが、各人に、これ、という明確な音楽軸が備わり、自分の持ち味をそれぞれに活かす音楽を聴かせた。冒頭ショーソンでの色濃い抒情と響きの強度、深度、とりわけ第3楽章での各楽器の応答に格段の進歩を感じる。小林壱成vnは繊細な響きの一方でインパクトあるボウイングの怜悧を効かせ、伊東裕vcは持ち前の歌心にさらに大きなスケール感が加わり、その間での入江一雄pfが時にリリックに時に豪胆にまとめてゆくあたり、まさに彼ら3人の「こう弾きたい、音楽したい!」というはちきれんばかりの気持ちが溢れ出る。
オーソドックスな演目の学びも大事だが、今後は大胆に現代物(邦人作品も含む)にもぜひ取り組んでもらいたいものだ。
ステラにしかできない、ステラだけの表現世界を追求していってほしい。

 

♪「エゴン・シーレ展」記念コンサートvol.1 佐藤卓史pf***
2023年3月19日@東京都美術館 講堂

上野駅構内での街角ピアノに人が群がっているのを、いいねえ、と眺めつつ、満開にはまだ早いものの桜並木を愛でるたくさんの人々を、いいねえ、と眺めつつ、東京都美術館開催『エゴン・シーレ展』の講堂での春祭の演目の一つ、記念コンサートvol.1の佐藤卓史pfを聴く。ウィーンの画家シーレ1890~1918の短い人生の間に作られたウィーンの音楽家たち5人の作品を並べた。ブラームス、ツェムリンスキー、シェーンベルク、ベルク、コルンゴルト。終演後、同じフロアのシーレ展を巡りつつ、聴いたばかりの音楽を耳によみがえらせる。日曜日でやたら混雑ではあったが、それでも世紀末ウィーンに生きた芸術家たちのそれぞれは、何事かを筆者に伝えてくれるようだった。
シーレの初期、あるいは周辺の画家たちの作品を前に、ブラームスにも「無調」の気配はあったな、間奏曲にふと忍び込ませた不穏の響き、とか。シーレ『秋の森』はツェムリンスキー『リヒャルト・デーメルの詩による幻想曲集op.9』が重なる。
無調に向かうシェーンベルクはもはや抽象画、やはりシーレ初期の剥き出しのタッチが抉る『自分を見つめる人Ⅱ死と男』の自我分裂をその音景に感じさせる。調性からふと彷徨い出そうなベルクはシーレ後期、破壊欲求をひたすら耐えるような強いラインを思わせるし。コルンゴルトでピアニストも客席もやっと「あるある」ウィーンに出会った気分になったが、アメリカに渡ったこの作曲家のそれからは...。もしかするとクリムトに似るかも。
人混みにもめげず、筆者がまじまじ動かなかったのは最初期作『菊』。クリムトの黄金様式に対し、シーレは銀のクリムトと呼ばれたそうだが、その銀が美しい、どこか若冲を思わせる1点。
戦争前夜を迎えつつ、あるいは迎えた芸術家たちが一様に手探りしていたものはなんだったのか。
過去への郷愁にうしろ髪引かれ、分裂する世界の暗黒に一振りの刃をたて、そのわずかな隙間から未来を望もうとした人々。
それは今も、同じなんじゃないか。

(2023/4/15)

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♪東京混声合唱団第261回定期演奏会
<演奏>
東京混声合唱団
指揮:広上淳一
ピアノ:野田清隆
<曲目>
尾高惇忠:混声合唱のための『光の中』
三善 晃:合唱組曲『五つの童画』
デュリュフレ:グレゴリオ聖歌による4つのモテット
尾高惇忠:混声合唱曲集『春の岬に来て』

♪ステラ・トリオvol.6
<演奏>
ステラ・トリオ:
小林壱成(ヴァイオリン)
伊東 裕(チェロ)
入江一雄(ピアノ)
<曲目>
ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 Op.67
スメタナ:ピアノ三重奏曲 ト短調 Op.15
シューベルト:ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調 Op.99, D898

♪「エゴン・シーレ展」記念コンサートvol.1 佐藤卓史pf
<曲目>
ブラームス:
4つの小品 op.119 より 第1曲 間奏曲 ロ短調
6つの小品 op.118 より
第2曲 間奏曲 イ長調
第6曲 間奏曲 変ホ短調
ツェムリンスキー:リヒャルト・デーメルの詩による幻想曲集 op.9
シェーンベルク:6つの小さなピアノ曲 op.19
ベルク:ピアノ・ソナタ op.1
コルンゴルト:4つの小さな楽しいワルツ
(アンコール)
ゴドフスキー:トリアコンタメロン、3拍子による30の雰囲気と光景 より 第11曲 懐かしいウィーン