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2月の4公演短評|齋藤俊夫

2月の4公演の短評。

♪世界に開く窓 欧州のアンサンブル 1 アンサンブル・ルシェルシュ
♪オペラシアターこんにゃく座公演『アイツは賢い女のキツネ』
♪B→C249 本堂誠 バリトン・サクソフォンリサイタル
♪電力音楽演奏会2023「電力音楽童話の夜」

Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

世界に開く窓 欧州のアンサンブル 1 アンサンブル・ルシェルシュ→演奏、演目
2023/2/11@東京オペラシティリサイタルホール

全体としてラッヘンマンへのリスペクト企画的演奏会であったが、筆者の心に残ったのは森田泰之進『雲に聴く』、福井とも子『ダブレット+1』、そしてラッヘンマンの第2弦楽三重奏曲『メ・ザディウ』である。
森田作品はクラリネット、ヴァイオリン、チェロが作り出すユーモラスともアイロニカルとも知れぬ謎めいた音楽の中をゆっくりとたゆたい浮遊していく、筆者がまだ聴いたことのない音楽。ラッヘンマンの影響はあるのかどうかわからないが、少なくともラッヘンマンの模倣作品でないことは確か。常人離れした音響のセンスに作曲家としての個性をしかと聴き取った。
福井とも子作品、福井の名前が出た時点でまともな音は予測しなかったが(現代音楽的に褒めている)期待通り最初から最後まで「ゲッ」「ギョッ」「グッ」「ゴアッ」等々、濁音まみれの音ばかりであった。場面転換が物凄く速く、途中では舞曲風部分や緩徐的部分や行進曲風部分もあり、噪音・濁音による大サーカスとも言うべき祭典が繰り広げられた。
そして御大ラッヘンマンである。冒頭から脳味噌が内側から捏ねられるような、おそらく微分音を使っての不協和音が発せられる。楽器のネックやペグまで擦る特殊奏法に驚くのを越えて笑ってしまう。特殊奏法ばかりだと通常の奏法の方が異質に聴こえてくるのもラッヘンマン。さらに注記すべきは、噪音ばかりの異音まみれの中で筆者は何故かくつろいでしまったということである。約30分間の異形の音楽体験であったが、その中には恐ろしいものだけではなくユーモアや安らぎも含まれていた。

オペラシアターこんにゃく座公演『アイツは賢い女のキツネ』→演奏、演目
(観劇日)2023/2/17@世田谷パブリックシアター

ヤナーチェクのオペラ『利口な女狐の物語』の音楽を室内楽化して歌詞を全て日本語に訳した舞台。台本・訳詞・演出は加藤直。編曲は萩京子、寺嶋陸也。
ヤナーチェクの原作オペラは筆者も好きなのだが、今回のこんにゃく座バージョンを見て自分の作品理解の足りなさと同時に東西つまり日本と欧州での自然観の違い、さらに欧州文明内でのヤナーチェクの特異さを知った。
筆者はこれまでヤナーチェク原作版『利口な女狐の物語』の動物たちは、あくまで人間のアレゴリーとして機能するキャラクターとみなしていたし、演出(筆者が見ていたのは欧州人の演出)もそのような解釈であった。しかしこんにゃく座版『アイツは賢い女のキツネ』の動物たちは人間と連続的存在でありつつも動物それ自体としてのキャラクターである。加藤直はパンフレットの7頁に「『人間よ、現代化に立ち向かえ。進歩なんか糞食らえ。森を忘れるな!』とばかり森を舞台に自然と動物たち、とりわけ自由の象徴として女狐を描いたこのオペラを、ヤナーチェクは作曲」したと記している。主役は人間やそのアレゴリーたちではなく、自然と動物たちであったのか!筆者は自分の蒙、世界を人間に還元する態度を恥じた。また第3幕第1場で女狐が撃たれて死んだ後、何故舞台が続くのかがこれまで筆者には不可解であったし、納得できる舞台にも出会ってなかったのだが、女狐の死後の舞台こそ人間の有限な時に対して、森、自然の廻りゆく永遠の輪廻への讃歌であったのかと得心した。人間中心主義に対するヤナーチェクの鋭い批判は翻って筆者にも刺さった。自然破壊が翻って自然による文明破壊が進んでいる現在の地球で、このオペラの存在意義はなおも深いものであろう。

B→C249 本堂誠 バリトン・サクソフォンリサイタル→演奏、演目
2023/2/21@東京オペラシティリサイタルホール

他も面白かったのだが、なにより北爪裕道『Space G』が物凄すぎた。上記のヤナーチェクは森と自然からの人間批判であったが、北爪はそれとはベクトルと原点が180°異なり、機械からの人間批判を叩きつけてきた。人間の自然な感情・感覚・思考を慮るのを断固として拒絶して、北爪のエレクトロニクスと本堂のバリトン・サクソフォンで完全に人間離れした音響体、つまり「猫の鳴き声のような」「風が吹き抜けるような」「流れ星のような」といったような人間的把握ができない音を創り出す。それでいてクセナキスの電子音楽とも異なる、完全にオリジナルな北爪裕道サウンドが現れた。我々はすこぶる面白い時代の幕開けに立ち会ったのかもしれない。

 

電力音楽演奏会2023「電力音楽童話の夜」→演奏、演目
2023/2/26@水道橋Ftarri

前半、木下正道作・朗読『こぶたの四郎の物語~童話「三びきのこぶた」に基づく~』、家族殺しにカニバリズムに核戦争などなどブラックユーモア満載の物語であるが、そのブラック度が濃くなればなるほど池田拓実と多井智紀による電子楽器がえらく合う。やはりアングラな物語にはアングラな音楽が一番ということか。
後半はいつも通りの木下・池田・多井による電力音楽即興演奏。この即興が面白いのは、3人の機械による発音が、操作している3人にも完全には予測できないということである。つまり機械自体に予測不可能性があるということであり、見方を変えれば、限定された偶然性を内在させた機械による即興とも言えることである。よって毎回会場の皆が偶然に身を委ねるわけだが、轟音につぐ轟音、なのに何故かそれに安らいでしまい、心洗われる。中毒性のあるこの電力音楽、是非聴いてもらいたい。ただし耳栓を用意するのをオススメする。筆者はこれを忘れた場合ずっと耳をふさいで聴いている。

(2023/3/15)

世界に開く窓 欧州のアンサンブル 1 アンサンブル・ルシェルシュ

<演奏>
アンサンブル・ルシェルシュ
  岡 静代(クラリネット)
  メリーズ・メリンガー(ヴァイオリン)
  ソフィア・フォン・アッツィンゲン(ヴィオラ)
  オーサ・オーカベルク(チェロ)

<曲目>
伊藤彰:『薄墨色の技法』
森田泰之進:『雲に聴く』
マールトン・イッレス:『サイコグラムII「レッテゴーシュ」』
深澤倫子:『ルフレII』
福井とも子:『ダブレット+1』
ヘルムート・ラッヘンマン:第2弦楽三重奏曲『メ・ザディウ』

オペラシアターこんにゃく座公演『アイツは賢い女のキツネ』

台本・訳詞・演出:加藤直
台本・作曲:レオシュ・ヤナーチェク
美術:乘峯雅寛
衣裳:太田雅公
照明:齋藤茂男
振付:山田うん
編曲:萩京子、寺嶋陸也
訳詞協力:大石哲史
舞台監督:八木清市
舞台監督助手:後藤恭徳
音楽監督:萩京子
打楽器指導:高良久美子
宣伝美術:(デザイン)小田義久、(イラスト)波田佳子
出演(17日):大石哲史、岡原真弓、髙野うるお、富山直人、島田大翼、佐藤敏之、鈴木裕加、小田藍乃、鈴木あかね、沢井栄次、武田茂、彦坂仁美、沖まどか、齊藤路都、冬木理森、入江茉奈
フルート:岩佐和弘
クラリネット:橋爪恵一
ヴァイオリン:山田百子
ピアノ:寺嶋陸也
パーカッション(17日):西田玲子、山本伸子

B→C249 本堂誠 バリトン・サクソフォンリサイタル

<演奏>
バリトン・サクソフォン:本堂誠
ピアノ:羽石道代
コントラバス・フルート:梶原一紘
マリンバ:神谷紘実
エレクトロニクス:北爪裕道
エレクトロニクス:佐原洸

<曲目>
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調
アロンソ:『エッケ・サトゥルヌス』
ノイヴィルト:『スプリーンIII』
マヌリ:『ラスト』
佐原洸:『舞踏組曲』
北爪裕道:『Space G』
坂田直樹:『リキッド・ライフ』
ドビュッシー:『チェロとピアノのためのソナタ』

電力音楽演奏会2023「電力音楽童話の夜」

<演奏>
電力音楽
  エレクトロニクス:池田拓実
  朗読、童話執筆、市販電気機器:木下正道
  改造電気機器、自作電気機器:多井智紀
<演目>
電力音楽童話『こぶたの四郎の物語~童話「三びきのこぶた」に基づく~』

電力音楽3人による即興演奏