クァルテット・インテグラ|藤原聡
DAI-ICH SEIMEI HALL クァルテット・ウィークエンド2022-2023
クァルテット・インテグラ
Quartet Integra
2023年1月28日 第一生命ホール
2023/1/28 DAI-ICH SEIMEI HALL
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
写真提供:NPO法人トリトン・アーツ・ネットワーク
<演奏> →foreign language
クァルテット・インテグラ:
三澤響果 (1st vl)
菊野凛太郎 (2nd vl)
山本一輝 (va)
築地杏里 (vc)
<曲目>
ベートーヴェン:弦楽四重奏団 第1番 ヘ長調 Op.18-1
バルトーク:弦楽四重奏曲 第1番 Sz.40 BB52
ブラームス:弦楽四重奏曲 第1番 ハ短調 Op.51-1
(アンコール)
ハイドン:弦楽四重奏曲 第74番 ト短調 Op.74-3 『騎士』〜第2楽章
コンクールは演奏家を必要としているが、演奏家は必ずしもコンクールを必要とはしていない。とは言え、筆者のような怠惰な聴き手にその名前だけは知っていても未聴であったクァルテット・インテグラをぜひ聴いてみたい! と思わせたとするならば、この団体にとって難関として名高いミュンヘン国際音楽コンクールの2022年度弦楽四重奏部門第2位受賞の意義は大きかったのかも知れない(これはいち聴き手である当方からの「コンクールの弊害」を念頭に置いてのいささか捻くれた見立てであり、アーティストやマネジメント側の見解/心情は言うまでもなくまるで違うものだろう)。
果たして、1月28日に第一生命ホールで展開された音楽は全く破格のものであった。まだ20代半ばであるという三澤響果、菊野凛太郎(以上vn)、山本一輝(va)、築地杏里(vc)それぞれの技巧の高さには瞠目するが、しかしそれだけならば昨今の若手演奏家は概して技術力があり、ここまで感嘆しない。この4人=クァルテットの凄さは、音色の同質性、ヴィブラートやボウイングなどのテクニカルな側面での完全な一致、これに由来する一体感の尋常ならざる高さにある。これは欧米のクァルテットによくある「それぞれが明確に違うキャラクターを持つ4人がまず個を優先に弾いていて、しかし結果それとなく合っている」というものとは違い、誤解を恐れずに言えば「まずは合わせようとして合わせている」という印象を受ける。これを安易に日本的というのもどうかとも思うが、ともあれそのように聴いた。さらに。こういう演奏だとちんまりまとまって破綻はないが突き抜けもしないとなりがちなところ、演奏の様相は先述した印象のままそれぞれの楽器の表現性とヴォルテージが異様に高いのがクァルテット・インテグラの凄さではないか。
ベートーヴェン、第1楽章は古典的な品格を保ちつつ作曲家が冒頭から仕掛けた動機労作的構成をスケルトンのような透明さで現前させてゆくその手腕。それでいて響きは痩せすぎずに量感がある。第2楽章のドラマティックな表現力も見事であるし、続くスケルツォとフィナーレでは軽快な運動性と機動力が作品の魅力を最大限に引き出している。
バルトークは余りにスムーズで洗練され過ぎている、との意見が出る余地なしとしない。切れ目なしに続き次第にテンポが速くなって行く異型の楽曲だが、これが異型に聴こえない。バルトーク独自の語法とベートーヴェンやシェーンベルク、ストラヴィンスキー、はたまた後期ロマン派の影響が感じられる「寄せ鍋」のような本作だが、これが余りに自然に演奏されるものだから違和感や齟齬を感じる余地がなく、それはクァルテット・インテグラの技術力の高さに由来しよう。しかし技術力と言うなら東京クヮルテット ― 1970年のミュンヘン国際音楽コンクールで優勝している ― だって至高ではなかったか。いや、まだ彼らには作品と「格闘」している印象があったけれども、インテグラは違う。楽譜を音化する段階で字義通りの意味での格闘がない訳はなかろうが、それを受け取る聴衆は良くも悪くも演奏の比較対象を持つ中で差異を感知する。クァルテット・インテグラを聴く、とはメタ的な聴体験でもある。しつこいようだが、これはインテグラの尋常ならざる技術力=同質性ゆえだ。突き抜けなければ聴き手にそんな想像をさせはしない。
しかし、休憩後に演奏されたブラームスは極めてオーソドックスな名演であったのだからまた聴き手は感動と同時に驚きもする。清潔な、それでいて濃密な抒情が全曲を貫いていたが、ここでは山本一樹のヴィオラが出しゃばらず、しかしここぞと言う箇所で(第3楽章!)絶妙なアクセントを利かせて絶品の極み。
本プログラムの終了後、訥々とした口調で「ベートーヴェン、バルトーク、ブラームスの各1番から順に並べてみたら面白いのではないかと始めたシリーズですが(筆者注:この「3大B」の弦楽四重奏曲のそれぞれ第1番、第2番、第3番で構成されたコンサートシリーズ)、今日、1番の3曲を演奏してみたら、結構大変でした…」と語り聴衆の笑いを誘った山本、そののち弾かれたアンコールのハイドンの清冽な響きは大変な聴きものであった。
作品の内実をレアリゼするため、つまり手段としての演奏技術。その演奏技術自体が洗練の極みに達するとまた別の世界、様相が見えてくる。それが日本人演奏家によるものであれば自ずと様々な要素は相対化され距離感が生まれる。これは何も今に始まった状況と認識でもないが、クァルテット・インテグラは弦楽四重奏の世界でそれを押し進めている、と筆者は聴いた。どうあれ聴き逃せない団体だ。
(2023/2/15)
ーーーーーー
藤原聡(Satoshi Fujiwara)
タワーレコード、代官山 蔦屋書店を経て、現在ディスクユニオン勤務。
クラシック音楽情報誌『ぶらあぼ』に毎号CDレビューを執筆。
—————————————
〈Artists〉
Quartet Integra
Kyoka Misawa (1st vl)
Rintaro Kikuno (2nd vl)
Itsuki Yamamoto (va)
Anri Tsukiji (vc)
〈Program〉
Beethoven:String Quartet No.1 in F major Op.18 No.1
Bartok:String Quartet No.1 Sz.40 BB52
Brahms:String Quartet No.1 in C minor Op.51 No.1
・Encore
Haydn:String Quartet No.74 in G Minor Op.74-3 “The Rider”〜2nd movement