びわ湖ホール オペラへの招待 林光作曲 オペラ『森は生きている』|西澤忠志
びわ湖ホール オペラへの招待 林光作曲 オペラ『森は生きている』
Biwako Hall Invitation to Opera Hikaru HAYASHI《The Forest Is Alive》
2023年1月26、27、28日、29日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
2023/1/26, 27, 28, 29 BIWAKO HALL, CENTER FOR THE PERFORMING ARTS, SHIGA
Reviewed by 西澤忠志 (Tadashi Nishizawa)
写真提供:びわ湖ホール
〈曲目〉 →foreign language
林光 オペラ《森は生きている》(室内オーケストラ版)
全2幕 日本語上演 日本語字幕付
作曲・台本/林光
オーケストレーション/吉川和夫
原作/サムイル・マルシャーク(訳/湯淺芳子)
〈スタッフ〉
指揮/沼尻竜典
演出/中村敬一
美術/増田寿子
衣裳/半田悦子
照明/山本英明
音響/小野隆浩
舞台監督/牧野優
〈キャスト〉
びわ湖ホール声楽アンサンブル
(1月26、28日)
1月・総理大臣/市川敏雅
2月・廷臣/藤居知佳子
3月・リス・オオカミ・廷臣/坂田日生
4月・カラス・警護隊長/有本康人
5月・ウサギ・もう一人の兵士・大使夫人・廷臣/藤村江李奈*
6月・もう一人の娘・リス・廷臣/山岸裕梨
7月・むすめ・廷臣/阪法子
8月・女官長・オオカミ/阿部奈緒
9月・おっ母さん・廷臣/山田知加
10月・女王/山際きみ佳*
11月・兵士/谷口耕平
12月・博士・古老/美代開太
(1月27、29日)
1月・総理大臣/平欣史
2月・廷臣/奥本凱哉
3月・リス・オオカミ・廷臣/船越亜弥*
4月・カラス・警護隊長/清水徹太郎*
5月・ウサギ・もう一人の兵士・大使夫人・廷臣/大川繭*
6月・もう一人の娘・リス・廷臣/森季子*
7月・むすめ・廷臣/熊谷綾乃
8月・女官長・オオカミ/中嶋康子*
9月・おっ母さん・廷臣/益田早織*
10月・女王/佐藤路子*
11月・兵士/宮城朝陽
12月・博士・古老/松森治
*びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー
ピアノ/渡辺治子
管弦楽/日本センチュリー交響楽団
日本における児童向けオペラの歴史は長い。しかし、今なお演奏されているのは《森は生きている》だけだろう。試しにYouTubeで《森は生きている》の動画を調べてみる。すると、こんにゃく座などの劇団だけでなく、児童合唱団、保育園の園児による演奏を観ることができる。そのためか、あくまで観ることができた29日の公演だけだが、オペラの公演としては珍しく子連れの観客が多かった。この通常のオペラ公演とは異なる雰囲気が、今回の《森は生きている》の公演に満ち溢れていた。
音楽は開演前から始まっていた。
エントランスホールの天井からは、鳥の鳴き声とともにリードオルガンやチャイムで劇中歌が流されている。15分のみだったが舞台を間近で見ることもできる。これらの要素によって、作品と現実との距離は縮まり、会場内の人々は違和感なく作品世界に入りこむことができた。
幕が開いた直後、第2幕の〈12月の歌〉で観客がジェスチャーを通じて「共演」できるように、簡単なレクチャーが入る。作品自体も、すべてのセリフがレチタティーヴォで歌われるわけではなく、ダジャレなどのギャグが入る。観客に観ることを強いるオペラの演奏会というよりも、観客の参加を許容するミュージカルのような感じを受ける。そのためか、子どもが親に話しかけたり、ギャグに対して笑い声が起きたりと、リラックスした雰囲気となった。
びわ湖ホール声楽アンサンブルによる演奏は、こんにゃく座の「明朗さ」とは異なり、「温かみ」を持った声で歌われる。且つ、セリフの声も歌声に近い声で語られる。純真さを表すような「むすめ」の透明な声。幼さと威厳とを使い分けた「女王」の声、「博士」の情けなくコミカルな声。そして、「12月の精」の大木のような重みのある声。歌声と演技の声とが違和感なくつながり、各役の個性が表現される。オーケストラの演奏は、奇を衒わないものだった。小さな編成ではあるが、劇中歌を邪魔せず、舞台の展開と合わさって、作品の世界を表現した。
演奏が終わったとき、この公演はオペラでもミュージカルでもなく、ブレヒトの演劇に近いことに気づかされた。林光にとってブレヒトは、単なる劇や詩の原作者という表層的な関係を超えて、林の「創作オペラ」の理念に影響を与えている。すなわち、ブレヒトが演劇を通じて「世界像」を表すように、オペラはオペラのやり方で「自分が生きている世界(=社会)で起こっていること」を表現することが「創作オペラ」には必要である、ということだ(1)。《森は生きている》にも、それが感じられた。例えば、この作品内の世界が「初日も迫ったある日の、稽古開始直前の情景(2)」であることを示すために、冒頭で歌手たちはウォーミングアップしながら「子供たちが古老の話を聞く場面」に移る。このウォーミングアップで歌手たちは、腕立て伏せをしたり、ロシア民謡の《ともしび》を歌い、そして歌手同士が話し合ったりと、作品世界と「自分が生きている世界」とが地続きであることが示される。
ブレヒトの影響は、演出でも示されている。上演前にその幕のあらすじが投影され、劇中歌が歌われる際には字幕にタイトルが示される。《三文オペラ》を観るかのように「この幕/劇中歌は、作品中のこの部分である」と、常に観客はメタ的な視点に置かれることとなる。このメタ的な視点から見ると、12月の役者たちの衣装の変化を通して物語の構造が見えてくる。最初、歌手たちは白い衣装を着ている。〈森は生きている〉を歌い終わってから、舞台のそばに掛けられていた衣装を身にまとう。第1幕で各月の精を演じる役者は、木の肌を思わせるゴツゴツしたグレーの衣装で歌う。第2幕の各月の精は、色とりどりのメルヘンチックな衣装を身につけて〈12月の歌〉を合唱する。そして第2幕の後半、女王・博士・兵隊と相対する時には再びグレーの衣装に着替え、最後の「森は生きている」で最初の白い衣装に戻る。〈12月の歌〉を中心とするシンメトリカルな物語の構造を、衣装によって可視化している。それだけではない。1年ごとに同じ季節が巡ってくるという、我々が生きる自然の摂理もまた、最初と最後に同じ衣装で〈森は生きている〉を歌うことによって表現している。
今回の《森は生きている》の公演は、親しみやすい旋律や内容だけでなく、演出を通じて季節の循環の中で生きる我々の世界像を表現したことによって、オペラの面白さを再確認する機会となった。
(1) 尾﨑一成「オペラ《セロ弾きのゴーシュ》におけるブレヒト的なものと林光の独自性」『美学芸術学』32号、2016年、79-111頁
(2) この記述は、ピアノオペラ版《森は生きている》を参照した。
(2023/2/15)
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西澤忠志(Tadashi Nishizawa)
長野県長野市出身。
現在、立命館文学先端総合学術研究科表象領域在籍。
日本における演奏批評の歴史を研究。
論文に「日本における「演奏批評」の誕生 : 第一高等学校『校友会雑誌』を例として」(『文芸学研究』22号掲載)がある。
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Hikaru HAYASHI 《The Forest Is Alive》(Chamber Orchestra Version)
Opera in 2 Acts in Japanese with Japanese supertitles
Music & Libretto:Hikaru HAYASHI
Original:Samuil MARSHAK(translated by Yoshiko YUASA)
Conductor:Ryusuke NUMAJIRI (Artistic Director of Biwako Hall)
Director:Keiichi NAKAMURA
Set Design:Sumiko MASUDA
Costume Design:Etsuko HANDA
Lighting Design:Hideaki YAMAMOTO
Sound Designer:Takahiro ONO
Stage Master:Masaru MAKINO
Piano:Haruko NAKAMURA
Orchestra:Japan Century Symphony Orchestra
〈cast〉
BIWAKO HALL Vocal Ensemble
26 and 28, January
January・Prime minister/Toshimasa ICHIKAWA
February・Courtier/Chikako FUJII
March・Squirrel・Wolf・Courtier/Hinase SAKATA
April・Crow・A commander of escort/Yasuto ARIMOTO
May・Rabbit・The another Soldier・Ambassador’s wife・Courtier/Erina FUJIMURA*
June・The another daughter・Squirrel・Courtier/Yuri YAMAGISHI
July・Daughter・Courtier/Noriko WAKISAKA
August・Chief lady・Wolf/Nao ABE
September・Stepmother・Courtier/Chika YAMADA
October・Queen/Kimika YAMAGIWA*
November・Soldier/Kohei TANIGUCHI
December・Doctor・Elder/Kaita MISHIRO
27 and 29, January
January・Prime minister/Yoshifumi TAIRA
February・Courtier/Tokiya OKUMOTO
March・Squirrel・Wolf・Courtier/Aya FUNAKOSHI*
April・Crow・A commander of escort/Tetsutaro SHIMIZU*
May・Rabbit・The another Soldier・Ambassador’s wife・Courtier/Mayu OKAWA*
June・The another daughter・Squirrel・Courtier/Tokiko MORI*
July・Daughter・Courtier/Ayano KUMAGAI
August・Chief lady・Wolf/Yasuko NAKAJIMA*
September・Stepmother・Courtier/Saori MASUDA*
October・Queen/Michiko SATO*
November・Soldier/Asahi MIYAGI
December・Doctor・Elder/Osamu MATSUMORI
*The Solo Registered Member of BIWAKO HALL Vocal Ensemble