武満徹 SONGS CD発売記念コンサート|西澤忠志
武満徹 SONGS CD発売記念コンサート
Toru Takemitsu’s SONGS CD Release Concert
2022年12月23日 京都文化博物館 別館ホール
2022/12/23 The Museum Annex in the Museum of Kyoto
Reviewd by 西澤忠志 (Tadashi Nishizawa)
Photos by 前田修(11月29日、J:COM浦安音楽ホール)、中嶋俊晴(12月23日、京都文化博物館別館ホール)
〈演奏者〉 →foreign language
カウンターテナー:中嶋俊晴
ギター:岡本拓也
〈曲目〉
武満徹(作曲)、岡本拓也(編曲)《ソングス》から
島へ
恋のかくれんぼ
さようなら
燃える秋
雪
オーバー・ザ・レインボー(「ギターのための12の歌」から)*
小さな部屋で
三月のうた
素晴らしい悪女
翼
ワルツ
ぽつねん
明日ハ晴レカナ、曇リカナ
昨日のしみ
ロンドンデリーの歌(「ギターのための12の歌」から)*
MI・YO・TA
小さな空
死んだ男の残したものは
波の盆(鈴木大介編曲)*
めぐり逢い
―アンコール―
うたうだけ
*はギター独奏
ホールはコートを着込まなければならないほど寒かった。が、演奏によって温かみに満ちたものとなった。
個人的なことを正直に言ってしまえば、武満徹の「ソング」を聴くのは苦手だ。ことさらドラマティックに歌われることに違和感を覚えているからだ。「ソング」であるのに、なぜオペラや歌曲のように、むやみに劇的に歌われる必要があるのだろうか。
今回の公演は、この違和感が氷解されたように思う。
それはなぜか。
まず、演奏者の声とギターの音による。中嶋俊晴の歌声は、清冽な岩清水のような声というよりも、温もりのある白湯のような声と言っていいだろう。バロック・オペラでみせたコロラトゥーラよりも、今回の公演では深く豊かな響きが印象に残った。岡本拓也のギターの音色は、作品に応じて変幻自在に変わる。ある時は優しく、ある時はフラメンコギターのように鋭く、そしてある時は寂しげに。
武満徹の『ソングス』は、超絶技巧を駆使するような作品ではない。単純拍子で転調は無く、メロディック。誰にでも歌えるようなシンプルな作品ばかりである。それゆえに、演奏者の声や伴奏楽器の響きが、曲の印象に直結する。最初の《島へ》を聴き終えたときから、それまでの《ソングス》を新たにするものが現れるのではと、予感させるものがあった。
演奏全体を通して、とりわけ目を見張ったのが、作品の空気感に合わせた、飽きの来ない柔軟なフレージングである。
例を出そう。最初の《島へ》は、作品のなだらかな雰囲気を予告するように、歌の旋律をもとにしたギターの前奏に導かれる。《島へ》の楽譜を改めて見ると、問いかける部分で語尾を伸ばす音が多いことに気づく。「あなたはどこにいますか」「あるきつづけていますか」。相手に問いかける部分を、中嶋は伸ばすのではなく、短めにした。これにより、間延びせず、より自然に、問いかけが聴こえてくる。《小さな部屋》では、2番目の歌詞で最初に休符を入れて、朗らかな詩の世界を演出する。《翼》や《昨日のしみ》では、繰り返しの部分でメリスマのように音を動かし、自由に開かれた、軽やかな世界を表す。こうしたその曲、その場に応じて「自由さ」を表現する姿勢は、芸術歌曲というよりも、ポップスの世界に近いものを感じる。
作品はCDの順番に従って、ユニットごとに演奏された1)。なぜこのような順番で、ユニットに区切られたのかは推測するしかないが、ストーリーを感じさせるものもあった。
武満が1950年代に書き、黛敏郎が彼の葬儀の際に口ずさんだメロディーに、谷川俊太郎が彼を悼む詩を付けた《MI・YO・TA》。ギターが寄り添いつつ、一言一句が丁寧に歌われる。《小さな空》は、一文ごとの語尾を短めにすることで、文章ごとの詩のまとまりを感じさせる。温かな響きとギターの寂寥感のある響きが相まって、過去へのノスタルジアをかき立てる。しかし「郷愁」は、《死んだ男の残したものは》で急転する。歌う前にすっと立ち、それまでとは違うということを印象付ける。最初の歌詞はソロで始まる。子音は強すぎず、《MI・YO・TA》と同じく、言葉に細心の注意を払いながら歌われる。《ソングス》の中では最も劇的な歌であるためか、それまでのノスタルジアをかき消すかのように、2番から入ってきたギターとともに徐々に声に熱が入ってくる。最後の第6連では、ギターは短くつま弾き、歌は一音一音を重く歌う。そして最後の詩―他には何も残っていない―では、例外的に音を伸ばし、ぽつぽつと語るように終わる。荒涼とした詩の世界が、ホールに現出される。この寂しい世界が《波の盆》によって救われたと言ってもいい。テーマとして使われたドラマは、ハワイ日系移民の家族と死者をおくる盆を主題とするもの。オーケストラでの演奏は、多様な響きに包まれた万華鏡のような音楽だが、鈴木大介の編曲によるギターでの演奏は、スチール・ギターのような柔らかさを感じさせる。短く消えるかすかな響きに導かれて、遠くに吸い込まれていくように。そして《めぐり逢い》。爽やかに進んでいく。が、歌詞の繰り返し―「あいするふたりはなぜくるしみがあるの」の「なぜ」で一瞬とまり、ハッとさせられる。「苦しみ」の不条理を際立たせる。最後の一連は徐々にゆっくりとなり、歌声とともに静寂の中に消えていく。なくしたものにはいつか逢えるという、かすかな希望を残した。
歌詞カードは無く、チケットと、曲目と谷川俊太郎からおくられた言葉が載ったチラシが配られただけだった。が、違和感なく言葉は届き、温かな声と豊かな表現によって、武満の音楽を受け入れることができた。
武満が重視した「愛」とは、「内」と「外」のあいだの交渉とのこと。「内」と「外」との関係の中でも、特に武満が賭けたのが、作曲家と演奏者とのミクロな「関係」が、聴衆に何らかの効果を齎すのではないかということ。それゆえに、一対大衆の「関係」ではなく、一対一の関係を重んじた 2)。
これは、武満の《ソングス》を理解する上で、示唆的なことだろう。世界や大衆に向けて言葉を送るのではなく、一人に向けて、作曲者・作詞者・演奏者が言葉を送る、ある種の内密な関係性が、作品に秘められている。ことさらに押しつけることはせず、豊かな声と表現で包み込んだことで、温かな「愛」のある関係性を築けたことが、今回の公演の大きな成果だと思う。そして、この「自由」な表現をなし得たことは、より武満徹の作品を羽ばたかせるための「希望」にもつながるだろう。
注:楽譜、『ソングス』の英訳は『武満徹 SONGS』ショット社(2000)を参照した
(1) なお、「ギターのための12の歌」からの抜粋は録音されていない。
(2) 原塁『武満徹のピアノ音楽』アルテスパブリッシング(2022)
(2023/1/15)
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西澤忠志(Tadashi Nishizawa)
長野県長野市出身。
現在、立命館文学先端総合学術研究科表象領域在籍。
日本における演奏批評の歴史を研究。
論文に「日本における「演奏批評」の誕生 : 第一高等学校『校友会雑誌』を例として」(『文芸学研究』22号掲載)がある。
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<Artists>
Counter tenor: Toshiharu Nakajima
Guitar: Takuya Okamoto
<Program>
Toru Takemitsu Songs (arr. by Takuya Okamoto)
To the Island
The Game of Love
Sayonara
Glowing Autumn
La Neige
(Arr. by Toru Takemitsu)Over the Rainbow, from “12 Songs for Guitar”
In a Small Room
In the Month of March
A Marvelous Kid
Wings
Waltz
All Alone
Will Tomorrow, I Wonder, Be Cloudy or Clear?
Yesterday’ Spot
(Arr. by Toru Takemitsu) Londonderry Air, from “12 Songs for Guitar”
MI・YO・TA
Small Sky
All That the Man Left Behind When He Died
(Arr. by Daisuke Suzuki) Tray of Waves
The Encounter
–Encore–
I Just Sing