Menu

小林海都 ピアノ・リサイタル|大河内文恵

小林海都 ピアノ・リサイタル
KAITO KOBAYASHI Piano Recital
2022年12月2日 紀尾井ホール
2022/12/2 Kioi Hall

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
写真提供:AMATI  

<曲目>      →foreign language
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第15番ヘ長調 K.533/K.494
シューベルト:6つの楽興の時Op. 94, D.780

~休憩~

クルターグ:8つのピアノ小品 Op. 3
ラヴェル:クープランの墓

~アンコール~
シューベルト:アレグレットハ短調D.915
ヤナーチェク:草かげの小径にて第1集より 第7曲「おやすみ」

 

作品の意図にここまで耳を澄ますことができるピアニストがいるなんて、と初めて小林の演奏を聴いた時に思った。2021年1月の「2台ピアノ協奏曲新春コンサート」でのことだ。あれから約2年。リーズ国際ピアノコンクールで日本人最高位を獲得し、室内楽、オーケストラとの共演と成長を重ねてきた小林の満を持してのソロ・リサイタルを紀尾井ホールで聴いた。

モーツァルトの15番のソナタは「アレグロとロンド」K.533に「小ロンド」K.494が接続される形を取っており、ピアノ・ソナタとしてはやや特殊である。自在な緩急をつけた第1楽章で聴き手の心を鷲掴みにする。よく聞くと装飾音の入れ方がピリオド奏法的で、モダンのピアノで弾いているのにフォルテピアノを聴いているような錯覚に陥る。そういえば、数日前に聞いた彼の師匠ピリスの演奏もやはりフォルテピアノを思わせる繊細さをもっていたことを思い出す。

フォルテピアノは音量こそ小さいものの多種多様な音色を持っており、モダンピアノはその多様性と引き換えに強靭さと音量を手に入れたが、モダンピアノが手放したはずの多様性をもう一度取り戻したように聞こえた。

3楽章の冒頭、一瞬J.ハイドンを思わせる感じを受けた。このロンドの中間部分の短いゼクエンツの部分、後半の短いフーガの部分では、いずれも様式を着実に捉えており、センスとか感性とかではなくきちんと古い音楽を学んだ上での演奏であることがよく伝わってくる。今回のプログラムにはなかったが、バッハやハイドンの演奏も聞いてみたいと思った。

シューベルトの作品というのは、一見簡単そうに見えて実は弾き手の人柄まで透けて見えてしまう怖い作品でもある。第1曲のガラス細工のような繊細さは小林の得意とするところで会場の熱が一気に上がるのが感じられた。続く第2曲では挿入句の部分にフォルテの箇所があるのだが、その部分ではただ単に「強く」弾くのではない奥深さが感じられた。驚いたのは第4曲。三部形式で中間部と前後とで若干異なるものの、全体として同じリズムが繰り返される比較的単調な曲のはずが、小林は旋律や和声の動きを的確にとらえて緩急をつけていく。万華鏡を覗いているような愉しさに震える。

後半は一転、クルターグで始まる。クルターグは1926年生まれのハンガリーの作曲家で、小林はリーズ国際コンクールのセミファイナルで別の作品ながらクルターグを弾いている。30秒~1分未満の短い曲が8つ連なっているうちの、第2曲が抜群に良かった。霧の中を手探りで歩いているような、それでいて一歩ずつ景色がどんどん変わっていき、短い曲の中に壮大な世界が封じ込められている。それと対照的に、第8曲ではグリッサンドとクラスターが炸裂し、呆気に取られている間に終わってしまった。古典的な作品のイメージが強い小林だが、現代曲にも強い。もっと他の作曲家も取り上げて欲しい。

最後はラヴェルのクープランの墓。特別なことはしていないのだが、印象に残る演奏だった。ルネサンス・ポリフォニーを聞いているような感じがした第2曲フーガ。第4曲リゴードンでは快活な前後の部分に埋もれがちな中間部が絶品だった。第5曲メヌエットはフレーズの終わりの処理が絶妙。小林が弾くラヴェルは初めて聞いたが、古典の素養が活きるという意味でクープランの墓という選曲は正解だったと思う。

弱音の音色が美しいだけでなく、そのニュアンスが豊富であるところが小林の強みの一つであるが、弱音ペダルに頼らず手指のコントロールだけでそれを弾き分けていることに彼のすごさがある。それは右手はある程度のヴォリュームで弾いて左だけピアニシモにするといった弱音ペダルが使えない場面で効力を発揮する。また、フォルテの場合にも決して音が濁ることがないのが聴き手を惹き込む力になる。欲を言えば、強音にもバラエティが増えてくるとさらに表現の幅が広がるだろう。

アンコールは、NHK交響楽団との共演の際のソリストアンコールで1日目と2日目に演奏された2曲が演奏された。いずれも曲のもつ世界観を活かしきった演奏で、幸せな気持ちで帰途につくことができた。まだ20代の彼が今後どのようなピアニストに成長していくのか、さらに楽しみである。

(2023/1/15)

 

—————————————

Wolfgang Amadeus Mozart: Piano Sonata No. 15 in F Major, K.533/K.494
Franz Schubert: 6 Moments musicaux, Op. 94, D.780

György Kurtág: 8 Piano Pieces, Op. 3
Maurice Ravel: Le tombeau de Couperin

encore
Schubert: Allegretto c-moll D.915
Leoš Janáček / Po zarostlém chodníčku, Book 1, VII. Good Night!