ヴィジョン弦楽四重奏団|丘山万里子
2022年10月21日 王子ホール
2/22/10/21 Oji Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 横田敦史/写真提供:王子ホール
<演奏> →foreign language
ヴィジョン弦楽四重奏団:
フロリアン・ヴィライトナー(ヴァイオリン)
ダニエル・シュトル(ヴァイオリン)
ザンダー・シュトゥアート(ヴィオラ)
レオナルド・ディッセルホルスト(チェロ)
<曲目>
バーバー:弦楽のためのアダージョ
ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
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ヴィジョン弦楽四重奏団:最新アルバム『Spectrum』より
エンケ:Liquorice
エンケ:Sailor
エンケ:Willi’s Farewell
エンケ:The Shoemaker
ディッセルホルスト:Travellers
ディッセルホルスト:Plunk Ballad
エンケ:Copenhagen
(アンコール)
エンケ:Samba
エンケ:Hailstones
2019年王子ホールでの初舞台、「音楽は自由だ!演奏は自由だ!」の高らかな宣言に激しく同意した筆者、パンデミックをへてようやくの再来日を首を長くして待ったわけだが、さらなる「音楽は自由だ!」パワーアップに、さらにぞっこん。後半オリジナルセットのラスト『Copenhagen』の青、黄色、赤、白などなど点滅ライトも眩しく、「いやあ、王子ホール、やるなあ」の声を客席に聞き、うんうん、と再び激しく同意したのであった。
が、何より前半も含め、考え抜かれた構成だったことは明記しておきたい。
バーバー『弦楽のためのアダージョ』を冒頭に置く。
胸のひだにまで寄せてくる静かな響きの波。傷ついた世界を、今もどこかで血の流れる世界を想いつつ、そこに「祈り」を聴く。この1ヶ月、筆者が触れた来日演奏家(各地戦火に地続きの欧州であればなおのこと)の公演全てに満ちていたのはそれだし、久しぶり、日本のステージに立った彼らもまた真っ先に、何よりそれを私たちに伝えたかったのではないか。筆者には神も仏もいないが、人間というものが抱く根源的な「祈り」の姿は、こういう場でこういう時にこういう人々によって常に、必ず、示されてゆくのであり、それこそが音楽家の本然であることを、場の喪失と互いの不在の間に、遠い分だけの重さ強さをもって、ひしと噛み締められていたに違いないと思う。
ひさびさ迎えた生きのいい若者たちの第一声に、客席もまたしみじみと目を閉じ波間に漂う、自分もまたその祈りの波の一つとなって溶けていったのだ。
拍手も待たず、その余韻のまま続けたラヴェル、第1楽章Allegro moderato での第1主題、第2主題は、水底から浮かび上がった小さな歌で、それぞれ滑らかに水面をすべってゆく。のだが、ガシガシ刻みや上行下行楽句、総奏では容赦なく攻める。その落差の分、再びの歌声が際立つわけだが、好みは分かれよう。これはラヴェルじゃない、といえばそうとも言える。が、これがヴィジョンのラヴェルだ、と筆者は言いたい。前回の『死と乙女』で示した細密と大胆、とりわけアゴーギグの独特をふんだんに盛り込み、目まぐるしい展開をこれでもか、くらいに強調。ラヴェルが見た世界はこんなだったんじゃないか?「ドビュッシーでもフランクでもなく、僕はラヴェル!」ときっと言いたかったのだろう作曲家27歳の作、それはビザンチンのモザイクみたいじゃなかったか?と。
第2楽章スケルツォは文字通り、リズム命。ピチカートの表情の多彩に、野に放たれた小動物の敏捷を思う。こういうシーンでの彼らの生き生き度は類がない。中間部の弱奏は一転穏やかに。そう、ラヴェルには時に野の、風の香りがするのだ。
第3楽章でのほぼノンビブラートでの和声の響きの美しさは遠いふるさとを想う郷愁のごとく第1楽章の回想へといざなう。瞑想と陶酔の間に時折挟まれるちょっとした鋭句やトレモロを彼らはまたなんと細心に投入したことか。
終楽章、冒頭の一撃はすでに予測されたがそれでも思わず仰け反りそうになる。Vif et agitéって僕らにはこういうものさ! その後の展開はおしてしるべし。バイクに後ろ乗りしてブンブン飛ばされる感じ。急カーブに急傾斜、縦ぶれ横ぶれ振り回され、ほぼモトクロス同乗に近い(乗ったことないが)。ここ、というところで思いっきりアクセルを踏み、盛大にエンジンをふかす、ハマれば快感、だがこちらも向き不向きがあろう。筆者は楽しんだ。
とまあ、ラヴェルをもってロマン〜近代〜現代〜今日へのワインディングロードを、彼らは一気に駆け抜けたのであった。しかもこれ以上なく精密にカラフルに克明に、流れるロードの景色を視覚に刻んでくれるのであって、「時」は一方向に流れるのでなく、細胞のように分裂増殖しながら全方向に動く生命体であることを実感する。循環形式を底辺に、全ての音符に瞬時に神経とエネルギーを注ぎ込む瞬発力、一音生成における最大の即興性から成り立つ響きの鮮烈なピラミッド。その内部装飾の豊かさ。互いに見交わす眼差しに、表情に、踏み込む足に、揺らす心身、傾きに、4者の即応が音楽となって噴出するわけだ。
後半のセットリストの全てにあったものを、筆者は「郷愁」のように聴いた。作曲者の家族、故郷、ルーツを浮かび上がらせるようなケルティックな旋律(こういう言い方は粗雑で、ユーラシア全土の民俗音楽の血脈を汲むものなのだが)と響きは、前半のラヴェルにあったそれ(終楽章バスク地方の歌に限らず)とつながり、懐かしき歌であり踊りであり、けれどもそれらが思いっきり弾けるノリに、ついぎこちなくスウィングする客席がなんとも微笑ましい。指笛が鳴るなんて(一度だけだったが)、ここはあの銀座のホールか?とキョロキョロ嬉しがったのは筆者だけだろうか。
ジャンルなんて関係ない。
音楽の愉悦は、自在に行き交う時空と人とが生み出すものさ。
音楽は自由だ!
彼らはやっぱり、今度もそう叫んだのだ。
客席には若い子らがたくさんいた。楽器を背負う子も。
我が日本の威勢よき若手たち、君たちもどんどん自由に叫べ、とまたもや激しく思った次第。
(2022/11/15)
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<Performers>
Vision String Quartet:
Florian Willeitner, violin
Daniel Stoll, violin
Sander Stuart, viola
Leonard Disselhorst, cello
<Program>
Barber: Adagio for Strings
Ravel: String Quartet in F major
Vision String Quartet: Amplified compositions featured on their album “Spectrum”
1.Enke: Liquorice
2.Enke: Sailor
3.Enke: Willi’s Farewell
4.Enke: The Shoemaker
5.Disselhorst: Travelers
6.Disselhorst: Plunk Ballad
7.Enke: Copenhagen
(Encore)
Enke: Samba
Enke: Hailstones