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五線紙のパンセ|いかにして現代の音楽に興味を持ったのか?|渡辺俊哉

「いかにして現代の音楽に興味を持ったのか?」

Text by 渡辺俊哉(Toshiya Watanabe)

小諸駅にて。懐かしの国鉄色時代の「あさま」と一緒に。

今回、「五線紙のパンセ」に文章を書くことになったのだが、書くにあたって、何から書くべきか考えてみた。この「五線紙のパンセ」はネットで公開されているので、ネットにアクセスすれば誰でも読むことができる。しかしこれが専門誌などであれば、興味がある人がお金を払って読むので、基本的には関心を持っている人しか読まないだろう。メルキュール・デザールのサイトが取り上げる内容自体、必ずしも現代の音楽のみではないし、記事もネットで公開されているということは、そこまでコアな現代音楽ファンでない方々も読む機会はあり、私の名前を初めて知る方もとうぜんいらっしゃるに違いない。そうであるならば、最初はまず私の紹介とともに、おそらく多くの方々にとって謎の存在であると思われる、(現代の)作曲家に、どのようにして興味を持ったのかを書いていこうと思う。
私は母の家系が音楽家で、母もピアノの先生をしていたが、父は音楽には興味がないサラリーマンだった。父は母と結婚するまでは、全く音楽に関心を示したことがなく、母がピアノを演奏している姿を見て、「なんで足をバタバタしているの?」と真顔で訊いたようだ。もちろん足のバタバタはペダルの操作なのだが。
小さい頃は、何か特別な音楽教育を受けた訳ではなく、一時期近所にあったヤマハ音楽教室に通ってみたものの、集団で何かするのが嫌だったことと、何より親が音楽家だと子供に対する期待が過剰で、教え方がとても厳しく、それに耐えきれず辞めてしまった。したがって、音楽家の親はいたものの、子供を音楽家にするべく専門的な早期教育をみっちり受けたという訳ではなかった。自ら音楽に目覚めるまでは、当時住んでいたマンションの同世代の友達と夕べの鐘が鳴るまで遊び、ドリフターズの番組を見ることを楽しみにしている、いかにも昭和の世界観丸出しの幼少期を過ごした。そして小学生のとき好きだったことは、電車と相撲で、特に相撲は相撲雑誌を買うほど好きだった。その当時でも、相撲好きな小学生は珍しかったように思う。このかつて相撲好きだったことが、だいぶ後になって新曲を生み出すきっかけとなる。何かのきっかけで、私が相撲好きだったことを今でも熱狂的な相撲好きである作曲家、鶴見幸代さんが知ることとなった。そして彼女が、2016年の「両国アート・フェスティバル」の音楽監督であった際、相撲に因んだ曲を書くように頼まれ《朝稽古》という曲を書いたのだ。まさか相撲と音楽を結びつけた曲を書くことになるとは思わなかったし、今でも不思議な気持ちだ。人生何があるか分からない。
さて話を元に戻そう。ヤマハ音楽教室を辞めてからは、音楽に関わっていなかったのだが、歌は好きでよく歌っていた記憶は今でもある。そしてどういうきっかけかは忘れたが、音楽に目覚め作曲をしたい、と言い出したのは小学校5年生くらいだった。それからは、家にあったLPや自分でカセットテープも購入して、いろいろな曲を聴いた。また、母の家系は音楽家が多いことは先述したが、母方の祖父も音楽家でLPがたくさんあったので、祖父の家に遊びに行った際は、片端からLP(!)を聴いていた。もっとも祖父や母の世代はどうしてもドイツ音楽が中心だったので、聴いた音楽も、J.S.バッハやL.v.ベートーヴェンが多かった(例えば、K.ベーム指揮のベートーヴェンの交響曲など)。また、楽譜の解説も読んだ。書いてある内容は正直言ってどこまで理解していたのか怪しいが、例えば、後期のベートーヴェンは、「内省的で深い音楽」という文を読んだ際は、深い音楽って一体どういう音楽なのだろう?ということをずっと考えていたのを覚えている。
その頃から始めた作曲は、年1回の発表会のために作曲して発表するというものだった。作曲を始めたらとうぜん勉強しなければならない、和声や対位法など専門的なことは触れずに、自由に曲を書いていた。そして自分が作曲に関わると自然に、現代の作曲家についても興味を持った。祖父にもらった作曲家の年表を見ると、J.ケージ(1912 – )P.ブーレーズ(1925 – )、K.シュトックハウゼン(1928 – )など、まだ生きている作曲家の名前があり、この人たちは、もしかしたらJ.S.バッハなどのような歴史的な作曲家かもしれず、そういった人たちが今生きていて自分も同じ時代にいるのだ、という事実に興奮し、どのような曲を書いているのか非常に興味が湧いたのだった。もっとも、その当時は今のようにすぐYouTubeで聴くことはできなかったから、ずっと妄想の中の世界に留まったままだったのだが。だから私の場合は、勉強しているうちに現代の作曲家に関心が向かったというよりは、同じ時代を生きている作曲家を知りたいという好奇心から関心が向かった訳だ。またちょうど、林光の「ピアノの本」を弾いていて、その独特な響きに魅了されていた上に、当時、NHKで放映していた「真田太平記」のオープニングテーマが気に入り、クレジットを見たら林光だったということも、今生きている作曲家への関心を持った大きな要因になったと思う。そしてその曲とともに流れる映像も大変美しく、今でも記憶に残っている。

ケルンの大聖堂前にて。初めてのダルムシュタット後、一人旅中。20年くらい前!

ここまで書いてみると作曲するということのみに関しては、比較的早くから関わっていたように思う。しかしそのまますぐ音楽の道へ進むということにはならなかった。中学高校は一般の学校へ進み、高校は受験があったのでその時期は音楽を辞めていた。その頃から大学受験の頃のことまで話すと、話が長くなるのでこの時期のことは割愛して、大学生になって作曲を学んでいた頃の話を少ししてみたいと思う。
大学に入った当時の作風は、今の作風とは全く違うものだった。当時は武満徹に心酔していて、武満もまだ生きていたこともあって、彼の音楽だけではなく、数多い著作とともに彼が発する言葉にも影響を受けていた。彼の特に80年代前半の作品は、J.ジョイスと自作との関連、また夢に象徴される潜在意識への言及、そしてそれらをどのように作品へ反映させるかなど、やや表現主義的な傾向があるように思う。好きな作曲家のそうした姿勢の影響力は絶大だ。したがって私の作品も、表現主義的な傾向を持ったものだった。今の私の作風を知る人は信じられないかもしれない。しかしながらあるとき、ふと疑問が湧いてきた。いくら作曲者が潜在意識だの夢だの言っても、聴いている人はそうした説明がなければ分からないし、それは単なる印象操作に過ぎないのではないか? また作曲者が聴く人に、ある意味、聴き方を誘導する(たとえそうした意識が作曲者になかったとしても、結果としてそうなっている)のは、あまりにも傲慢なのではないか?と。ここから模索の時期が始まるのだが、ああでもないこうでもないと、容易に答えなど出るはずもないことを考え、悶々としていた。そうこうしているうちに、この悩める時期に、ある曲をきっかけにして僅かな光明を見出した。そのある曲とは、A.ウェーベルンの《交響曲Op.21》であった。この曲を聴いたときに、精緻な構造はもちろんだがそれよりは、同じピッチで違う楽器が重なったときの音色に耳が奪われていることに気が付いた。つまり音楽を聴くとき、何に関心を持って聴いているのか、ということを改めて認識したのだ。言葉によって聴き方が左右されるのではなく、音そのものの在り方を聴いていくこと。私には、それだけで十分なのではないかと思えた。
さて次回はこの続きを書くか、または別のことを書くか今の段階では決めていないのだが、そのときの気分に任せて書いていこうと思う。

                            (2022/8/15)

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渡辺俊哉
東京藝術大学音楽学部作曲科卒業。同大学大学院修士課程作曲専攻修了。1999年度武満徹作曲賞第3位入賞、武生作曲賞2003入選、第24回入野賞佳作、第9回佐治敬三賞受賞など。2012年Music from Japan(NewYork)、2013年HIROSHIMA HAPPY NEW EAR 、その他、様々なアンサンブルや個人の演奏家から委嘱を受けている。武生作曲ワークショップ、ロワイヨモン音楽セミナー(フランス)などに招聘され、2013年にはタンブッコ・パーカッション・アンサンブルより、レジデンス・コンポーザーとしてメキシコへ招かれた。2020年3月に、作品集「あわいの色彩」(ALCD-122)のCDがコジマ録音より発売され、各誌で高い評価を得た。現在、国立音楽大学准教授、東京藝術大学、明治学院大学各講師、日本現代音楽協会事務局長。作曲家、演奏家、音楽学者とともに、研究と実践を通して音楽を多角的な視点から考えるグループ「庭園想楽」代表。
https://www.teiensogaku.com
http://composerworklist.wixsite.com/composerworklist/toshiya-watanabe
【公演情報】
・コンサート!コンサート!!コンサート!!!- サックス&ホルン デュオ
 10月8日(土)
 開演:18:00 会場:日本福音ルーテル広島教会(広島県広島市鶴見区2-12)
 10月9日(日)
 開演:18:00 会場:Le Reve八丁掘(広島県広島市中央八丁堀1-8)
 10月10日
 開演:14:00 東区民文化センター(広島県広島市東蟹屋町10-31)
 《あわいの模様》(2022改訂初演)  加藤和也(A.Sax.)

・「静寂の中の静寂」土橋庸人ギター・リサイタル
 11月7日(月)
 開演 19:00  会場:マリーコンツェルト(東京都板橋区中板橋18-11)
 《複数の声》(2021) 再演  土橋庸人(guit.)

【CD情報】
・渡辺俊哉 作品集「あわいの色彩」(コジマ録音/ALCD-122)
http://www.kojimarokuon.com/disc/ALCD122.html

・《Music for Vibraphone》
「ヴィブラフォンのあるところ」/ 會田瑞樹(コジマ録音/ALCD-113)に収録
http://www.kojimarokuon.com/disc/ALCD113.html

・《葉脈》
24 Preludes from Japan / 内本久美(piano) (stradivarius/STR37089)に収録
https://www.stradivarius.it/scheda.php?ID=801157037089100