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都響スペシャル|西村紗知

都響スペシャル
TMSO Special

2022年3月27日 サントリーホール
2022/3/27 Suntory Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 堀田力丸/写真提供:東京都交響楽団

<演奏>        →foreign language
指揮:アラン・ギルバート
東京都交響楽団

<プログラム>
ソルヴァルドスドッティル:メタコスモス(2017)[日本初演]
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 WAB 107

 

アラン・ギルバートの指揮するこの日の両作品の聴取経験を通じて、筆者はいま少し戸惑いながら、この評を書いている。
勝手ながら、筆者なりにいろいろとどんな具合か想像しながら会場に向かったものだ。筆者はソルヴァルドスドッティル作品を去年のアンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏会で初めて聴き、他にも聴いてみたいと思ってこの日の演奏会を選んだ。それに、ブルックナーの第7番も、個人的には好きな作品の一つだ。明澄な空気感、澄み切った崇高さ、などといった言葉を思い浮かべつつ。
だが、想像していたのとは少し違っていた。
どこにも暗さがない。靄がかったアウラがない。作品の構造が、全体を通じた組み立てが、それらをどう聞かせたいのかその意図が、はっきりとしていたとは言えるだろう。加えて、飽くまでも、全体の印象としては朴訥としていて神経質なところがない。明晰ではあっても理知的に過ぎるということもなく……。
何かが軽い。これは表現としての軽やかさではない。もっと、音楽に対するスタンスの軽やかさであろうか。しかも、ごく自然体の軽やかさであって、何かに対する当てつけのように、カウンターとして軽やかなスタンスをとる、というのでもない。
この二つの作品の演奏を通じて、没歴史的な世界像が立ち現れていた、ような気もする。しかし、それにしたってなぜか嫌な感じがしないのである。

ソルヴァルドスドッティルの「メタコスモス」。タイトルからして、宇宙のイメージや、なにか深遠で壮大な曲想をもっている作品なのであろうが、聞いたところどちらかと言えば崇高というよりポップで、彼女の郷里がアイスランドであることを鑑みれば、ビョーク以降の達成として聴いた方がよいのだろうと思った。
冒頭は、静かに、ゴングや大太鼓の蠢く響きを纏って、コントラバスのEの音が轟く音響に始まる。しばらくはEの音を中心に、これに付近の他の音が加わることで揺れ動き歪む音響が続く。ふと、チェロのバルトークピチカートをきっかけに、ヴァイオリンやフルートも加わっていく。しばらくすると、今度はコントラバスがCisの音で拍を刻み始める。ヴァイオリンはコマ寄りを弾く奏法でしわがれたニュアンスをのせていく。
また場面が変わる。今度はうってかわってポリフォニックなつくりで、ヴァイオリン、ヴィオラ、フルートの掛け合いが展開される。ここにはオーボエもかかわっていく。
そして次の場面転換がこの作品全体にとって決定的に思える。というのも、大太鼓、タムタムなどのパーカッションがドラムセットのようにビートを刻み始めるため、急に曲全体がプログレッシブロックの形式をもつ作品として立ち現れてくるのだ。このリズミカルなフェーズはBの三和音(現代音楽作品では滅多に聞こえてこないシンプルな和音!)で解決され、また和声的な部分に移行する。ここで登場するメロディーはDes-C-B-F-Asから成るもので、ゲーム音楽かと思えるくらいに簡素だ。最後はヴァイオリンの単音が消え入るようにして締めくくられる。

ブルックナーの交響曲第7番もまた、ギルバートが指揮するところによると、その表現は叙情美や空気感や精神性といった靄がかった何かに寄るところはとても少なかった。
あまりに素朴で率直なので、あれ、こんな感じだったっけ、という感想が出てくるのを禁じ得ない。こんな気軽に聴けるブルックナーがあるのか、と。
かといって、インスタントな、軽薄な印象は感じられない。第一楽章の弦楽器群のつくる対位法的な構造体は屈強なもので、第二楽章のワーグナーチューバを含む金管楽器群の鳴りも輝かしい。なんといってよいか、非常に現在的な音楽なのかもしれない。暗い歴史などはじめから無かったかのような世界像が現れている、ような気がする。
だが、ごく自然に、重厚感や精神性といった、何か重たい存在に対するカウンターとしてでもなく音楽が成立しているのである。ひょっとすれば、ソルヴァルドスドッティルの作曲家としての姿勢も同様かもしれない。軽やかではあっても、迫力に欠けるというのでも、子供っぽいというのでもなく……。
正直なところ、その好ましい軽さの正体をここで言い当てることはできない。けれども、筆者は爽快な気持ちで、この日の音楽を受け入れることができた。

筆者の感覚が狂っているだけかもしれないが、なんてとっつきやすい演奏会だったのだろう、と思う。ひょっとすれば、プログラミングの工夫でもって初心者向けにつくられた演奏会よりも、初心者向けにふさわしいものだった、とも言えるのかもしれない。期せずして、そんな明るい気分を胸に抱くに至った。

(2022/4/15)

 

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<Artists>
Conductor: Alan Gilbert
Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra

<Program>
A. Thorvaldsdóttir: Metacosmos (2017) [Japan Premiere]
Bruckner: Symphony No. 7 in E major, WAB 107