オンド・マルトノ~魂の詩~|西村紗知
Just Composed 2022 Spring in Yokohama ―現代作曲家シリーズ―
オンド・マルトノ~魂の詩~
Just Composed 2022 Spring in Yokohama Ondes Martenot ~Poème de l’âme~
2022年2月26日 神奈川県民ホール 小ホール
2022/2/26 Kanagawa Kenmin Hall Small Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by 藤本史昭/写真提供:公益財団法人横浜市芸術文化振興財団
<演奏> →foreign language
大矢素子(オンド・マルトノ)
安達真理(ヴィオラ)
松本 望(ピアノ)
<プログラム>
メシアン:未刊の音楽帖 オンド・マルトノとピアノのための4つの作品
坂本龍一:Rebirth 2(映画『レヴェナント:蘇えりしもの』劇中音楽)
薮田翔一:祈りの情景(Just Composed 2018委嘱作品/2022 Spring編曲委嘱|初演)
池辺晋一郎:瑠璃色の靄――冷たい朝に
山本哲也:目に見えない天使達の囁き―オンド・マルトノ、ヴィオラとピアノのための(Just Composed 2022 Spring委嘱作品|初演)
ミュライユ:ガラスの虎
*アンコール
原田節:遠い星
オンド・マルトノを筆者は初めて聴いた。
オンド・マルトノと聞いて、どういうことを思うだろうか。「トゥーランガリラ交響曲」を筆頭に、1930年代以降のフランス現代音楽において重要な位置を占める楽器、はたまた日本国内となると、大河ドラマの音楽に用いられたことで一気に人々に馴染みのある存在となった楽器。
なんにしても、生でオンド・マルトノを聴く機会はそうそうないため、期待を胸に会場へ向かった。
委嘱作品の新作と再演両方含まれるのが本演奏会シリーズの特徴とのこと。この日は前半と後半とでそれぞれ一回ずつ短いトークコーナーが設けられており、委嘱を受けた作曲家がそれぞれどのようにオンド・マルトノと出会ったかという話題をはじめ、昨今のオンド・マルトノ事情に触れられてもいた。本場フランスではオンド・マルトノの修業環境は縮小傾向にあり、実際に山本の留学先のリヨンにはオンド・マルトノ科がない、という話や、池辺と山本が「トゥーランガリラ交響曲」に感化されたのが同じ高校二年生の時だったという話など、興味深い話題でもちきりであった。人はそのくらいの年頃にメシアンの魅力に目覚めるものなのだろうか。
さて、メシアン「未刊の音楽帖」から。遺稿を夫人が編曲し直したもの、とのことなので作曲年は不詳だが、オンド・マルトノの基本的な用法がこの作品を通じて示されているような感じがあった。
オンド・マルトノはピアノと同じように鍵盤楽器の風体をしているが、その実まったく異なる楽器だ。どちらかと言えば手先と上腕は弦楽器を扱うがごとくであり、音にアタックがなくスピーカーの配置のためか楽器が鳴っているというより楽器付近の空気が鳴っている、といった具合で、もちろんピアノのデジタルな感じとは真逆のシームレスなピッチ感なのだが、ポルタメントは、この作品ではあまり用いられていなかったので、その点意外に思った。
オンド・マルトノの音色は、まったりとピアノにまとわりついて、俊敏な動きを得意としないためその分ピアノがきびきびと動き回る。両者は互いに異質だ。これほど近くで鳴っていても、両者の間には地上と天界ほどの距離があるように感じられる。この作品の、いやこの編成の肝は、音色の妙よりも関係性の妙にあることだろう。
坂本龍一「Rebirth 2」はこの日唯一のソロ。オンド・マルトノは単音楽器だけれども、ハーモニクスの重音、かすみがかった残響が楽器から発せられ、それがこの作品のなかに効果的に組み入れられている。単音の電子楽器であるからこそなのか、音とは一体なんであるかという、音の存在論にまつわる思索へといざなうような力がこの楽器にはあるような気がする。のちのちトータルセリーの思考にまで及ぶこととなる、音を周波数であるとか、より物理学的見地から捉え直す実験のことを想起するようでもあった。
全部で7つの断章からなる、薮田翔一「祈りの情景」。静謐で美しい。もとはバンドネオン、アルト・サクソフォーン、ピアノのために書かれた作品を、この日の再演のためにオンド・マルトノ、ヴィオラ、ピアノという編成に直したもの。
前半はオンド・マルトノとピアノの二重奏で、2つ目の断章のみピアノソロとなっている。オンド・マルトノとピアノは相補的にアンサンブルを展開させる。例えば、ピアノの点描的な跳躍するパッセージの間を埋めるように、オンド・マルトノが持続音を鳴らしていくといったように。おおよそ折り返し地点になり、A♭の音を弾きながらヴィオラが登場する。後半からは、まずヴィオラとピアノの二重奏ののち、オンド・マルトノも加わって三重奏となるが、オンド・マルトノは効果音を鳴らすような役割を担っていく。高音のハーモニクスはどこか危うげで、低音ではハーシュなノイズが鳴らされる。最後の断章は、オンド・マルトノの急激に上昇するようなポルタメントで締めくくられる。
池辺晋一郎「瑠璃色の靄――冷たい朝に」。もともと実相寺昭雄監督の映画『D坂の殺人事件』の劇中曲としてつくられたものが、コンサート用の組曲となったもの。5楽章編成で、それぞれ〈耽美〉〈遁走〉〈孤独〉〈幻惑〉〈官能〉と標題が付されていて、湿っぽく陰のあるムードが音楽全体に満ち満ちていた。オンド・マルトノとヴィオラとは、音型を同じくしてみたり、伴奏の役割を交替してみたりして、アンサンブルのかたちとしては弦楽器デュオのようである。ところどころ、スピーカーから発せられるオンド・マルトノのノイズが効果的に用いられていた。
山本哲也「目に見えない天使達の囁き」。すわ50年代かと思うほど、この日のうちで最もハードコアな現代音楽だった。山本はこの日の作曲家のうちで最も若いが、作品だけ聞いたらとてもそうは思えない。トークコーナーで、「影響を受けた作曲家は」と池辺に聞かれ、「メシアンとライヒだ」と山本が答えており、「それでは同時代人では誰か」と尋ねられても少し歯切れの悪い回答をしていたので、合点がいった。
編成はピアノ、ヴィオラ、オンド・マルトノ。ヴィオラは駒寄り、ピアノは弦を手で押さえるなど、適宜特殊奏法を入れることでなるべく三つの楽器の関係性が対等になるよう、工夫が施されていたようであった。時折停止し、突如として緊張感ある速いアンサンブルが始まるといった具合に展開は予測が難しい。音の断片のスタティックな集積が出来上がっていくのだったが、ヴィオラが間を取り持ってタイミングを合わせる役割を担い、アンサンブルをしっかり成立させていたのが印象に残る。
ミュライユ「ガラスの虎」。オンド・マルトノとピアノの二重奏曲だが、本プログラム冒頭のメシアン作品よりもずっと語法が発達している。塊状のモティーフが縷々配置されているためピッチ感はもうあまり感じられず、響きや運動が作品をかたちづくっている。ピアノとオンド・マルトノは共に強いAの音から始める。途中、穏やかな部分に入っていくと少し調性感が戻るが、不思議なことに調性感がある方が不自然に思える。残響のあしらいといい、音楽に新しいカテゴリーがもたらされているからだろう。オンド・マルトノとピアノとでしか成しえない音楽だという確かな確信が得られる作品だ。この編成でこれ以上の傑作を今後つくるのは、なかなか難しいのではないか、とも。
終演後には、聴衆のうちの多くが楽器の側に行って写真を撮っていて、見たところ老若男女さまざまであった。幅広い年代層に対し、オンド・マルトノの多面的な魅力が伝わったに違いない。
(2022/3/15)
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<Artists>
Motoko Oya, Ondes Martenot
Mari Adachi, Viola
Nozomi Matsumoto, Piano
<Program>
Olivier Messiaen: Feuillets inedits
Ryuichi Sakamoto: Rebirth 2
Shoichi Yabuta: Inori no Jokei (Commissioned for Just Composed 2018. Arranged for 2022 Spring: Premiere)
Shinichiro Ikebe: Emerald Colored Haze – In the Cold Morning
Tetsuya Yamamoto: Murmure des anges invisibles pour ondes martenot, alto et piano (Commissioned for Just Composed 2022 Spring: Premiere)
Tristan Murail: Tigres de verre
*Encore
Takashi Harada: Tooi Hoshi