タンペレゆるゆる滞在記|8 やり残したことだらけ|徳永崇
タンペレゆるゆる滞在記8 / やり残したことだらけ
Text & Photos by 徳永崇(Takashi Tokunaga)
帰国までのカウントダウン
早いもので、帰国まで2ヶ月を切りました。この記事を書いているのが2月初旬であり、サイトにアップされる頃は、帰国1ヶ月前ということになります。フィンランドへの出国2ヶ月前は、トラウマになるくらい壮絶でした。特にコロナ禍による渡航制限への対応に苦慮した記憶があります。そして今、オミクロン株の猛威による隔離期間への対応など、再び似たような状況になってきました。
オミクロン株による感染者数の爆発的な増加は、フィンランドも例外ではなく、1月に入って飲食店の開店時間短縮やコンサートの中止、大学の授業のオンラインへの切り替えといった動きが見られました。しかし、大学以外の学校は通常通りですし、博物館や美術館も概ね営業を続けるなど、社会的な影響の度合いはあまり大きくないというのが暮らしている者としての実感です。我が家への影響としては、私が職場へ行かなくなったことと、購入済みのオーケストラのチケット代を返金してもらったくらいでしょうか。とはいえ、本当ならば実施できたはずの音楽院の視察や、聴きたかったコンサート、会えるはずだった友人との会合などが中止になってしまったことはとても悔やまれます。やり残したことが少なくないというのが本音です。
元々、1〜2月は報告書等の様々な書類作成やオンラインゼミなど、デスクワークがメインになることを、ある程度は覚悟していました。しかし、さすがに2ヶ月も引きこもりに近い状態が続くと滅入ってきます。外出するのは犬の散歩とスーパーへの買い物くらいですし、日光を浴びる時間も取れていません。妻や子供は各自の学校や、様々な行事で日中はほとんど家におらず、人間との接触も減ってきました。そのような中、少し違和感というか、自分がこれまで感じたことのないような妙な感覚に気づいたのです。それは、とにかく色々なことが「心配」でしょうがなくなるということでした。これが、ビタミンDやセロトニン不足からくる症状なのかは分かりませんが、これはやばいと思って、晴れた日には意図的に外出し、少しでも日光を浴び、サーモンを食べ、牛乳を飲むように心がけています。私は潜水艦の乗組員になど絶対になれないでしょう…。
犬のこと
上記のような生活ですので、日中は2匹の犬(トイプードル)と膨大な時間を共にすることになります。ここでふと、フィンランドにおける犬との暮らしぶりについて、書くのを忘れていることに気がつきました。私自身、犬マニアなどではなく、家族の熱意や可愛さのあまり、若干勢いに任せて飼い始めてしまった経緯があるため、そこから犬について勉強を始めた感じなのですが、仕事に行き詰まった時など、毛むくじゃらでモフモフの生物を目の前にすると、思わず抱きしめずにはいられません。手間と予算はかかりましたが、やはりフィンランドに連れてきて良かったと思っています。検疫の手続きは全て妻がしてくれたので、本当に感謝です。
さて、フィンランドでは、犬と人間の距離感がとても近く、単なるペットという存在を越えて、生活の中に溶け込んでいるとさえ感じます。まず犬を含めペットが同居可能なアパートが多く、しかも家賃がそこまで高くないことに驚きました。しかも入居する際、日本での暮らしを想定して、ペット用のトイレの準備やしつけをどうしようかと心配しましたが、こちらでは基本的にトイレは全て屋外なので、その必要は全くありませんでした。この屋外でトイレ、という昭和的な文化に最初は馴染めず、街中の至る所で用を足す犬に衝撃を受けましたが、トイレ禁止の表示区域に気をつけつつ、うちの犬たちも公園の木々の下で慎ましやかにことを済ませております。入居から3日ほどは、うっかり室内でお漏らしすることもありましたが、現在は失敗もなく、1日3回ほどの散歩でこと足りているようです。
私が興味深いと思ったのは、大きい方のトイレの後始末用として、公園内にビニール袋が無料で設置されていることです。もちろん、ペットショップなどで同様の袋が販売されているのですが、万が一それを準備し忘れても、これがあればきちんとブツを持ち帰ることができます。しかも、公園や街中の至る所に公共のゴミ箱が設置されており、拾ったブツは袋に入れて口を縛ってすぐにポイッと捨てられるようになっています。この袋はタダなので、マナーの悪い飼い主がめちゃくちゃに奪い取ってしまう懸念もありますが、設置され続けているということは、そのような事件もあまり起きていないということなのでしょう。日本でもこの方式が通用するのか、ちょっと興味あります。
電車やバスにも犬と同伴で乗車できますし、さらにはショッピングモールでも犬を連れて入ることができる場所があります。そして、どの犬も大変よく躾けられていて、人に跳びかかったり、むやみに吠えたりするようなこともほとんどありません。それに比べてうちの犬は落ち着きがないので、どうしたものかとフィンランド人の知人に相談したところ、こちらの犬は産まれて間も無くトレーナーに預けられ訓練が施されるとのこと。道理でお行儀が良いはずです。しかも、フィンランドでは飼い犬の「歯」を定期的にクリーニングすることが多く、どの犬の歯も白く輝いています。北欧は歯を大事にするイメージがありますが、それは犬も同じでした。人間と暮らすことを想定して、生まれた時から様々なケアを施しているのです。
このように、フィンランドで犬と生活することはとても自然で快適なのですが、一つ苦言を申しますと、大きい方のトイレの後始末をしないケースがしばしば見られるということです。せっかく無料の袋も設置されているにも拘らず、です。特に冬になり、あたり一面が雪に覆われてからその傾向が顕著になりました。手袋を外してビニール袋を取り出すのが面倒なのでしょうか。それとも、雪が積もるので思わず放置してしまうのでしょうか。至る所に、しかもかなり大型のブツが、白い雪とコントラストを成して横たわっているのです。気温は氷点下なので、それらはカチコチに凍っています。しかし春になり、雪が溶け出す頃、一緒に解凍されて新鮮な姿を現すのです。これには現地の人たちも怒っていました。そういえば夏を思い起こすと、きれいな公園であっても、木の幹の近くなど犬のトイレになっていそうな場所に座る人はいなかったような気がします。みんなちゃんと分かっているのでしょう。
突然ムーミン・ママを思う
引きこもり生活の合間、散歩がてらムーミン博物館へよく行きます。自宅から博物館までは徒歩で20分ほどの距離です。展示物をのんびり眺めるのも良いのですが、各国の言葉で記されたムーミン・シリーズの冊子が置いてある休憩コーナーで、日本語の冊子を読むのが好きです。小学生の時に全シリーズを読んではいたのですが、何十年も経ってみると、かなりの部分を忘れてしまっています。それをもう一度読み返してみる訳ですから、色々なことが思い出されたり、子供の頃は気づかなかったことを発見したり、なかなか面白いのです。それで先日、本当に突然、シリーズ8番目の『ムーミンパパ海へいく』の中で、ムーミンママが自分の描いた壁画の中に「引きこもる」話を思い出しました。引きこもったことは覚えていたのですが、なぜそうなったのか、そしてその後どうなったのかどうしても思い出せなくて、気になって仕方がなくなり、ムーミン博物館へ駆け込みました。
ムーミンママの状況について詳しく書くとネタバレになるので控えめにしか書きませんが、要は慣れない環境における一種のノイローゼであると感じました。もちろん発端は、島の灯台に家族全員で移住することを決めたムーミンパパです。それでいて、彼はママにいつも家にいるべき、などと言ったりします。ママが絵の中に引きこもるのは、ある種の逃避行動のようにも見えました。小学生の頃は単なるファンタジーとしてしか理解していませんでしたが、現在の大人の感覚で読むとかなり心に刺さります。見方によっては、この状況はパパによるモラハラであると言えなくもありません…。さて、その後ママがどうなったのかは、是非本書を手にとってご覧くださいませ。
ムーミンの本を1冊読むにはある程度の時間がかかります。休憩コーナーのベンチに腰掛け、地蔵のように固まって数時間を過ごしていると、様々な国の来場者が通り過ぎていきました。日本人の観光客、あるいは学生らしき人たちも多い印象です。ベンチは恥ずかしいことに本棚の隙間に設置されているので、通りすがりの人は本を目で追った先に私を見つけ、一瞬ギョッとします。ムーミンを熟読するおっさんが突然視界に入ってくるわけですから、驚くのも無理ありません。これもコロナの感染拡大のせいで、広いベンチが使用できなくなっているためです。みなさん、どうもお騒がせしました。
残り僅かなタンペレ生活
やり残したことも多く、名残惜しいタンペレでの生活ですが、残り僅かとなってしまいました。そうこうしているうちに、1月下旬には、統計上はコロナ感染者のピークアウトを迎えた様子です。大学の授業の方は、オンライン化を2月いっぱいまで続ける方針のようです。3月の第1週目はホリデー期間なので、それを目処に余裕を持って活動制限期間を設けたのでしょう。そこから様々な活動が再開したとしても、私たちは3月中旬にはフィンランドを出国する予定であるため、ほとんど恩恵を受けません。それでも、慎ましやかな日常をこの地で過ごしていることに感謝しつつ、天候の良し悪しに一喜一憂しつつ、残りのタンペレ生活をゆるゆると楽しみたいです。
(2022/2/15)
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徳永崇(Takashi Tokunaga)
作曲家。広島大学大学院教育学研究科修了後、東京藝術大学音楽学部別科作曲専修および愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。ISCM入選(2002、2014)、武生作曲賞受賞(2005)、作曲家グループ「クロノイ・プロトイ」メンバーとしてサントリー芸術財団「佐治敬三賞」受賞(2010)。近年は、生命システムを応用した創作活動を行なっている。現在、広島大学大学院人間社会科学研究科准教授。2021年4月から交換研究員としてタンペレ応用科学大学に在籍。