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タンペレゆるゆる滞在記6|氷点下の日常をゆるゆる|徳永崇

タンペレゆるゆる滞在記6 / 氷点下の日常をゆるゆる

Text & Photos by 徳永崇(Takashi Tokunaga)

いよいよ冬到来

12月初旬の自宅近景(午前10時ごろ)

11月中旬になると、気温も氷点下を下回り、タンペレ市内でも雪が積もるようになりました。最初はみぞれ混じりの雨であったのが、次第に雪となり、いつの間にかあたり一面真っ白になっていました。12月初旬の気温は、マイナス10度前後ですが、まだまだ序の口とのこと。昼間の時間も短くなり、しかもほとんど毎日が曇りなので、直射日光を浴びる機会が滅多にありません。日の出は9時半ごろ、日没は15時過ぎという感じで、日照時間の長い広島生まれの自分にとってはかなり酷な環境です。気持ちも暗くなり、ちょっとしたことでもネガティブに考えてしまいます。フィンランド滞在も終盤に差し掛かり、様々な報告書の作成などデスクワークも増え、青白くなっている私を尻目に、妻や子供はこちらで作った友人と毎日楽しく過ごしている様子で、それについては良かったと思う次第です。
しかし一歩街へ出かけると、クリスマスへ向けて随分と雰囲気も華やいできました。週末に露店が立ち並ぶ公園や、派手なイルミネーションは、私のような鬱々とした気分で過ごす人間を少しでも減らすための工夫と思えてなりません。実際、キラキラしたものでも見ていないとやってられない、と言うのが正直なところです。

サンタの手下「トントゥ」

そのような中、一風変わった小型のサンタ風人形が、しばしばショーウィンドウに飾られていることに気が付きました。これは「トントゥ(Tonttu)」と呼ばれる北欧の妖精で、プレゼントをもらうに相応しいかどうか子どもたちを観察し、親玉(本来のサンタクロース)に密告するという、愛らしくも恐ろしいサンタの偵察型ユニットなのです。「ドラえもん」の「ミニドラ」、あるいは「電脳コイル」の「キュウちゃん」と言ったところでしょうか(知らない方、すみません)。一説によると、この妖精がサンタクロースのルーツの一つであるらしく、意外と奥が深いことを知りました。そもそもサンタに手下がいたとは驚きです…。
このような下らないことを考えていると、あっという間に日が暮れて、ビールを飲んでご飯を食べて寝る、ということになってしまいます。生活サイクルを乱さないよう気をつけないといけません。

ハーパヴェシとニヴァラのInstitute

脳トレ活動の体験(右がTapio氏)

作曲教育データバンク“Opus1”の調査としては、11月15日から16日の日程で、タンペレの北300kmほどに位置するハーパヴェシとニヴァラのInstituteを訪問しました。ここでは、ハーパヤルヴィのSannaさんの夫で作曲家のTapio Lappalainen氏が作曲の講師を務めています。もちろん彼もOpus1の中核メンバーです。
彼の指導スタイルは通常の作曲指導のスタイルと少し違い、心と体をリラックスさせ、脳を活性化させる活動から始まります。今回は指遊びや、数字を用いた脳トレ系のエクササイズを体験させてもらいました。これは作曲だけではなく、音楽理論のクラスにおいても同様に行われている様子です。彼は電子音楽に精通した優れた作曲家ですが、作曲ということを超えて科学的に「創造性」の育成へとアプローチしようとする姿勢が窺えます。今回体験したエクササイズの導入は、彼のそのような関心と繋がっていると言えます。“Opus1”のエクササイズは、そのような教室の雰囲気づくりを背景に、作曲指導の要所で必要に応じて導入されているとのこと。例えば、コード進行のヒント、音素材の展開の仕方などについてですが、それらはあくまで教師の活動を「サポート」する補助的なツールとして機能している様子です。

音楽理論の授業風景

また、Tapio氏は電子音楽に詳しいこともあり、DTMで作曲する生徒のレッスンも受け持っていました。まだ中学生くらいの男の子が、ノートパソコンを開き、自分の作品の進捗について淡々と話す姿がクールです。私もヘッドホンで作りかけの作品を聴かせてもらいました。アンビエント系のほわーっとした音響に始まり、ミステリアスなリズムが静かに絡んできます。北欧はテクノやエレクトロニカも盛んな地域なので、クラシックに限らずこのような分野で作曲したい子どもたちも少なくないようです。レッスン後、率直にこの曲が好きだと伝えると、彼ははにかみながらお礼を言い、教室を後にしました。

ヘルシンキとエスポーのInstitute

East Helsinki Music Institute

先月同様、ヘルシンキのMarkku Kurami氏が指導するクラスも訪問しました。今回はヘルシンキの東部に位置するEast Helsinki Music Instituteと、前回も訪問したEspoo Music Instituteの2箇所です。
前者は、ヨットハーバーを見下ろす丘に建つ素朴な校舎が印象的です。一歩中に入ると色々な部屋から聞こえてくる楽器の音や、会話を楽しむ休憩中の講師たち、兄弟のレッスンが終わるのを待つ小さな子どもたちの遊ぶ声で賑やかです。そのようなロビーを抜け、2階に上がると音楽理論の教室があり、ここでMarkku氏の教える作曲の個人レッスンを拝見しました。
生徒は15歳くらいの男の子で、「雨」をテーマにしたオーケストラ作品を作曲しているとのこと。自分のパソコンからスクリーンにスコアを投影しながら、先生の指導を受けます。雨の落ちるリズムのバリエーションや、曲の終わり方等について先生からアドバイスをもらっていました。週に1度このようなレッスンを受けつつ、曲を完成させるそうです。作曲の初期段階で“Opus 1”のエクササイズを援用したとのことですが、一度作業が進み始めると、あとは生徒の自主性を重んじつつ、より実際的なアドバイスを与えていくスタイルのようでした。

スクリーンにスコアを投影しつつレッスン

エスポーの方では、前回とは違うクラスを覗かせてもらいました。今回は、子どものための作曲コンクールに向けて、オーケストラ作品を作曲する男の子のレッスンでした。締切は2月とのことですが、概ね全体像が出来上がっており、管楽器を中心とした楽器法についてアドバイスをもらっていました。ここでも作業の初期段階で”Opus1”を活用したとのことです。それにしても、なかなか本格的な仕上がりなので年齢を訊ねたら、なんと13歳とのこと。併せてクリスマス・パーティーに向けた「ラスト・クリスマス」のバンド編曲も聴かせてもらったのですが、これも秀逸で驚きました。これからの成長が楽しみです。

日本の20世紀以降の音楽を紹介

タンペレ応用化学大学(TAMK)

研究員として籍を置いているタンペレ応用科学大学の仕事も増えてきました。10月は、作曲の学生を対象に自作品のレクチャーを行ったのですが、いよいよ11月は日本の現代音楽の歴史についての解説です。自作品についてであれば、全て自分の問題なのであまり気を使いませんが、歴史的な内容となると責任重大です。1ヶ月ほどかけて音源や映像資料、そしてスライドを準備して講義に臨みました。
とはいえ、質疑応答も含め90分しかないため超特急です。音楽取調掛から始め、戦前の民族主義的な傾向や戦中の戦時動員、西洋の動向に追いつこうと模索した戦後、ケージ・ショック後に日本伝統音楽を再発見した1960年代、1970〜80年代の閉塞、90年代における西洋の学び直しと個人様式化、そして有能な若手が生まれつつも衰退に向かう現在の有様について、駆け足で解説しました。現状の「衰退」については、作曲セミナーや音楽祭の縮小、音楽で進学する学生の減少、コンクールにおける作曲部門の地位低下、助成金の縮小、コマーシャリズムの蔓延、若手作曲家の作品発表の機会減少などを挙げました。これを聞いてTAMKの学生たちが「日本は気の毒だ」と感じるのかと思っていたところ、フィンランドの状況も非常によく似ていると言うのです。しかもそれは音楽分野だけではなく、人文学系一般に該当するようです。教員の減少とそれに伴うコースの閉鎖など、フィンランドの様々な大学において少しずつ状況が悪化しているらしいのです。
フィンランドでは教育や芸術に配分する予算は高い水準を維持しているのですが、それにも関わらず、芸術や文化に関わる分野があまり潤っていないというのはどういうことなのでしょうか。これについては後日、もう少し情報を集めて分析してみたいと思います。

芸術の秋
フィンランドに芸術の秋という感覚があるのか分かりませんが、11月はオーケストラやミュージカルの公演も多く、私たち家族も何度かホールや劇場に足を運びました。タンペレにはタンペレ交響楽団があるので、オーケストラへの関心も高いように感じます。また、この街はフィンランドの中でも特に演劇の盛んな地域らしく、大小様々な劇場が点在しています。しかも、市内の子どもたちをオーディションで選抜して育成する取り組みも盛んな様子で、私たちが鑑賞した「マチルダ」公演では、カンテレを習っているEva先生の娘さんが出演していたのですが、なんと数百人の応募者の中から選抜されたとのこと。実際にこの道で生きている若者も少なくないようですし、この娘さんも将来は女優になっているかもしれません。日本で演劇に関わっている友人たちは、音楽分野以上に食べていくのが大変な状況なので、このようにアートが職業の選択肢となる社会というのは、夢があって良いなと思いました。

露店街のイルミネーション

12月以降もいくつかコンサートへ行く予定がありますが、この暗くて寒い冬の中、音楽でも聴いていないと本当にどうにかなってしまいそうな感覚に、自分自身驚いています。フィンランド人も慣れているとはいえ、この時期は辛いようで、スーパーにはクリスマスに向けたカウントダウン・カレンダーが陳列されるなど、現実逃避の工夫が至る所に見られます。それはそれでワクワクして良いのですが、ふと日本に思いを馳せると、それなりに楽しいことがあったりして実は意外に住み良い場所なのかも、ということに気がつく訳です。良い国だからこそ、さらに良くするための手伝いができたらと思うのですが、毎日氷点下10度にさらされて、少し弱気になっているのでしょうか。高邁な理想などさておき、今は尾道ラーメンが食べたくて仕方ありません。その次は、お好み焼き、おでん、日本酒を熱燗で…。私のような俗物にはアートな生き方が向いていないようです。

(2021/12/15)

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徳永崇(Takashi Tokunaga)
作曲家。広島大学大学院教育学研究科修了後、東京藝術大学音楽学部別科作曲専修および愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士後期課程修了。ISCM入選(2002、2014)、武生作曲賞受賞(2005)、作曲家グループ「クロノイ・プロトイ」メンバーとしてサントリー芸術財団「佐治敬三賞」受賞(2010)。近年は、生命システムを応用した創作活動を行なっている。現在、広島大学大学院人間社会科学研究科准教授。2021年4月から交換研究員としてタンペレ応用科学大学に在籍。