オペラシアターこんにゃく座 さよなら、ドン・キホーテ!|齋藤俊夫
オペラシアターこんにゃく座 創立50周年記念公演第二弾『さよなら、ドン・キホーテ!』
Opera Theatre Konnyakuza 50th anniversary of foundation “Good-by Don Quijote !”
2021年9月25日 吉祥寺シアター
2021/9/25 Kichijoji Theatre
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 前澤秀登/写真提供:オペラシアターこんにゃく座
<スタッフ> →foreign language
台本・演出:鄭義信(ちょん・うぃしん)
作曲:萩京子
美術:池田ともゆき
衣裳:宮本宣子
照明:増田隆芳
振付:伊藤多恵
擬闘:栗原直樹
音響:藤田赤目
舞台監督:藤本典江
舞台監督助手:松浦孝行
音楽監督:萩京子
宣伝美術:小田善久、伊波二郎
<キャスト(赤組)>
ベル:高岡由季
サラ:小林ゆず子
トーマス:髙野うるお
ルイ:北野雄一郎
オードリー:岡原真弓
ロシナンテ(老馬):武田茂
サンチョ(駄馬):富山直人
サイモン:吉田進也
ピアノ:服部真理子
〈普通〉とは何だろうか。〈普通の人〉とはどんな人間だろうか。どこにも〈異常〉なところのない完全なる〈普通の人〉などいるのだろうか。
第二次大戦下フランスの農場を舞台にした本作『さよなら、ドン・キホーテ!』の登場人物たちと馬2頭は皆〈普通の人〉ではないだろう。主人公たるベルは身体的性は女性だが性自認は男性の少年。その父トーマスは老馬ロシナンテと駄馬サンチョを交えて滑稽な寸劇を披露する。農場の下男ルイは片脚に障害があり、ドイツ軍に抗するレジスタンスのサイモンと秘かに通じている。登校を拒否するベルを学校に来させようとする教師オードリーはかつて他所でレジスタンスだった過去を持つ(このことが暴かれるのは第2幕だが)。どこからともなく農場にやってきた少女サラは絶滅収容所に入れられる寸前に脱走したユダヤ人。
この〈普通〉ではない人々(と馬2頭)が繰り広げる、ドイツ軍の占領前の第1幕の明るさ、楽しさはこんにゃく座ならではのもの、いつものこんにゃく座公演のものと感じた。ドン・キホーテに憧れるベル役の高岡由季の溌剌とした元気さは眩しいほど。髙野うるお(トーマス)、武田茂(ロシナンテ)、富山直人(サンチョ)のベテラン3人は流石の演技力で、「ち○ぽこ」という単語を大声で多用する富山に会場全体が笑わされてしまった。
その中にあって、小林ゆず子演じるユダヤ人少女サラが脱走の様子を語るシーンが、ほぐれた心に冷たいナイフを刺すように迫ってくる。「おかぁさーん!!」と喉を潰しての小林の絶叫に、ホロコーストの闇が眼前に広がるようだった。
第1幕の最後、ベルとサラの二重唱からロシナンテを加えての三重唱、さらに全登場人物による合唱で歌われた皆の愛、勇気、希望、夢は、ドイツ軍に占領された後の第2幕で全て裏切られる。
第2幕冒頭、祭りの日、負傷したサイモンが農場に倒れ込む。彼はオードリーによってドイツ軍に密告されたのだ。それを機にルイは酒浸りとなり、ベルが学校に行くことを決心した日、ルイの密告によってサラの所在を知ったドイツ兵が農場に押しかける。ロシナンテが暴れまわってドイツ兵を追い回している隙にサラは逃げる。ベルに「さよなら、私のドン・キホーテ」と言い残して。ルイも隠していた銃を持っていずこかへ走り去る。
第1幕でベルが歌った、ロシナンテとサンチョを連れたドン・キホーテの旅の目的地は、〈普通〉と〈異常〉の区別・差別のない、自分が自分であることが可能な、真に自由な土地だったのだろう。ドン・キホーテとはまさに〈異常な人〉の謂ではないか。だが、戦争とは少しの〈異常〉も許さない、絶対的な〈普通〉が支配する状況、〈普通の人〉が〈普通のままに〉殺し、殺される状況である。この、何が起きても揺るがない〈絶対的な普通〉、それは今現在の日本において我々が目にし、耳にし、じかに体験している〈戦前的雰囲気〉とひと繋がりのものではないだろうか。
終幕近く、サラも、ルイも、ドイツ兵も、皆が去ってしまった農場に残されたベルがアリアを歌い始める。「愛のために歌え」と。やがて登場人物たちが集まり、全員で「愛のために歌え」と合唱する。高らかに、厳として歌われるその「愛」は戦争が押し付ける〈普通〉に抗し得る〈異常〉な、だが人間に備わった最も大切な心。
しかし、皆の「愛のために歌え」の合唱に1人だけ参加していないサラが、舞台奥で毒ガスのシャワーを浴びながら別れの手を振り、劇は終わる。
我々はこの世界で少しでもドン・キホーテとなり、愛のために歌うことができるだろうか?
こんにゃく座が突きつけたこの問いが、重く心に刺さった。
(2021/10/15)
(関連評)オペラシアターこんにゃく座「さよなら、ドン・キホーテ!」|田中里奈
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<Staff>
Playwright, Stage Director : Wishing CHONG
Composer : Kyoko HAGI
Set : Tomoyuki IKEDA
Costume Design : Nobuko MIYAMOTO
Lighting Design : Takayoshi MASUDA
Choreography : Tae ITO
Battle Design : Naoki KURIHARA
Sound Design : Akame FUJITA
Stage Manager : Fumie FUJIMOTO
Assistant Stage Manager : Takayuki MATSUURA
Music Director : Kyoko HAGI
Advertisement Art : Yoshihisa ODA, Jiro IHA
<Cast(Red group)>
Bell : Yuki TAKAOKA
Sara : Yuzuko KOBAYASHI
Thomas : Uruo TAKANO
Louis: Yuichiro KITANO
Audrey : Mayumi OKAHARA
Rocinante (Old horse) : Shigeru TAKEDA
Sancho (Fool horse) : Naoto TOMIYAMA
Simon : Shinya YOSHIDA
Piano : Mariko HATTORI