Menu

三浦謙司ピアノ・リサイタル|大河内文恵

三浦謙司ピアノ・リサイタル
Kenji MIURA piano recital
2021年5月19日 Hakuju Hall
2021/5/19 Hakuju Hall

Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
写真提供: Hakuju Hall

<曲目>        →foreign language
シューベルト : 「4つの即興曲集」 D.899より 第3番 変ト長調
プーランク : 「15の即興曲」より
     第7番 ハ長調
     第12番 変ホ長調 “シューベルトを讃えて”
     第15番 ハ短調 “エディット・ピアフを讃えて”
ショパン : 即興曲 第1番 変イ長調 op.29
     即興曲 第2番 嬰ヘ長調 op.36
     即興曲 第3番 変ト長調 op.51
     幻想即興曲(遺作) 嬰ハ短調 op.66

~休憩~

シューマン : アラベスク ハ長調 op.18
ドビュッシー : 2つのアラベスク
リスト : ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178/R.21

[ アンコール曲 ]
モンポウ:「風景」より 泉と鐘
ドビュッシー:「忘れられた映像」より 第1曲 レント

 

何とも空恐ろしいピアニストの登場である。2019年ロン・ティボーの覇者の凱旋公演、しかもつい先日エリザベート妃国際音楽コンクールで第3位入賞した務川をおさえての優勝者、という肩書のみに惑わされてはいけない。

言うまでもなく、コンクールの栄誉はゴールではなくスタートである。大きなコンクールの結果を引っ提げてということであれば、そこで実績のあった曲、あるいは自信のある曲、そこにさらに今後拡大させていきたいレパートリーを組み込んでいるのかと思いきや、前半のプーランクと最後のリスト以外は少し軽めの内容。

その認識が大きく覆ったのが、ドビュッシーのアラベスク2番の終わり、オクターヴ離れたGの音3つが2回鳴り、終わったかな?と思った次の瞬間、再び同じGのオクターヴの音から、そのままリストのソナタが始まったときだった。

明朗で軽やかなアラベスクから、異様なグロテスクさをもつソナタにさらりと移行したその瞬間、平穏な日常が続いていたはずなのに、いつの間にか地獄の門をくぐってしまっていることに気づいたような感覚をおぼえ、背筋がゾーーーッとした。わたしたちはどこで道を誤ったのだろう?

やがて音楽は地獄を抜け出し、華やかな場面になると、ピアニストとして栄華を極めていたリストの「人たらし」な部分があらわれ、こうやって人々を魅了していたのだなと納得してしまう。cantando espressivoの部分では一転、甘くせつない、あるいは安らぎのシーンのはずなのだが、三浦の奏でる音は甘さではなく、孤独を感じさせた。超人気ピアニストが心の奥深くに押し込め誰にも見せないよう隠し持っていた孤独がほろりと溢れ出てしまったかのように。

それには、ここまでも幾度も耳にしてきた三浦の弱音のもつ音色の多彩さがおおきく関与している。とかくテクニックのひけらかしに陥りがちなリストのソナタにこのように豊かな表現をもたらすのは、速いパッセージの動きや大きな音量だけではなく、深い音楽理解とそれを表現する音楽的技量なのだ。

地獄と孤独の間を彷徨った末、最後の最後に辿り着いたのは、天から射す光だった。単一楽章で書かれ30分ほどかかるこの曲は、リストの人生をすべて詰め込んだようにも、芸術家の人生を描いたようにも、あるいは世界そのものを音にしたようにも聞こえてくる。最後の光は、いまこの困難な時代を過ごしている私たちに降り注いでいるのかもしれないと、救われたような気持ちになった。

プログラム前半はプーランクの12番の弾むようなリズムが印象的だったことと、ソフト・ペダルの使いかたの巧みさ、ところどころに垣間見える上手さの欠片のようなもの以外は、8割くらいの力で弾いているように聞こえた一方、後半になると最初のシューマンで、昨年の7月に聴いた川口成彦の同曲の演奏を思い起こさせる、モダン・ピアノなのにフォルテピアノで弾いているかのような繊細な音選びに心惹かれ、そこから終わりまでは一瞬のように感じた。

軽めの内容になっていたのは、ドビュッシー~リストのメイン・メニューを、ただしくメインとして聴くために、他のところにメインが来ないように仕組まれていたのではないかと、後になって気づいた。もしこの想像が当たっているのだとしたら、空恐ろしいピアニストである。前半だけを聴いて帰ってしまう人がいるかもしれない危険をおかしてでも、リストへの長い長い伏線を張ることを厭わなかった勇気に賛辞をおくりたい。

この日のアンコールはモンポウとドビュッシーのレント。こちらも出色の出来で、おそらくこういったメジャーでない曲に三浦の本領があるように感じた。次はどんなやりかたで来るのか、今から楽しみで仕方がない。

 (2021/6/15)

 

—————————————
Program:
Schubert: No.3 in G♭ major from ‘4 Impromptus’ D.899
Poulenc: from ‘15 Improvisations’
No.7 in C major
No.12 in E♭ major “Hommage à Schubert”
No.15 in c minor “Hommage à Edith Piaf”
Chopin: Impromptu No.1 in A♭ major op.29
Impromptu No.2 in F♯ major op.36
Impromptu No.3 in G♭ major op.51
Fantasie-Impromptu in c♯ minor op.66

–intermission–

Schumann : Arabeske in C major op.18
Debussy : 2 Arabesques
Liszt : Sonata for Piano in b minor S.178/R.21

[ Encore ]
Federico Mompou: Paisajes La fuente y la campana
Debussy: Images oubliées I. Lent