池辺晋一郎大全集プロジェクト Vol.5 教育楽器による現代作品|齋藤俊夫
池辺晋一郎大全集プロジェクト Vol.5 教育楽器による現代作品
2020年9月25日 トーキョーコンサーツ・ラボ
2020/9/25 Tokyo Concerts Lab.
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by H.Kuboki/写真提供:東京コンサーツ
<曲目・演奏>
(全て池辺晋一郎作曲)
『スフィンクスの誘惑 タンブリンとピアノのための3つの小品』(1988)
タンブリン:安江佐和子、ピアノ:大須賀かおり
『バイヴァランスXV 2本のリコーダーのために』(2019)
リコーダー:細岡ゆき、高橋明日香
『ハーモニカは笑い、そして沸騰する』(2019)
ハーモニカ:和谷泰扶
『バイヴァランスX 2つのマンドリンのために』(2013)
マンドリン:堀雅貴、柴田高明
『スネアは唸り、そして飛翔する』(2005)
スネアドラム:新野将之
『うぇーべるん 女声合唱のために』(1997)
東京混声合唱団、リコーダー:細岡ゆき、高橋明日香
始めの『スフィンクスの誘惑』での安江佐和子のタンブリンの軽妙洒脱っぷり。激しく踊り叩きまくって、一旦力尽きたか?と思えば復活してピアノと合奏し、星々の瞬きを思わせるような静かな場面もあり、最後はタンブリンを身体のあちこちに当てて乱れ踊る。この時点で「これは理屈抜きに楽しい演奏会になるぞ」と期待できた。
『バイヴァランスXV』2音を往復する反復音型に始まり、これを原型として曲が紡ぎ出されるのだが、しばしばリコーダーならではの裏返りつんざくような音が突如挿入され、2人の音程もずれているような合っているような曖昧な(もしかして微分音?)音程関係にあり、かと思えば2人がリコーダーを使って宇宙人めいた会話をしているような部分もある。一筋縄ではいかないが、しかし2人の演奏は実に楽しげかつ真剣で、引き込まれざるを得ない。
『ハーモニカは笑い、そして沸騰する』ハーモニカソロを生演奏で聴くのは初めてだったが、いや、こんなに凄い楽器だとは知らなかった。音量こそ小さいものの、複雑な和声とこの楽器特有のビブラートなどの精妙な音色操作、快速のフレーズからゆったりとしたアダージョまでで作られる精緻な宇宙は、〈小さなオルガンの音楽〉とでも言うべきもの。筆者はあっけにとられて和谷泰扶をじっと見つめ、演奏後は客席からまさに「沸騰」と言うべき拍手がおきた。
『バイヴァランスX』マンドリンのトレモロ奏法による高速のイントロに始まり、そこからいささか不気味な旋法による二重奏が続く。この旋法がマンドリンのスピード感と音色と合わさって効果倍増。マンドリンってソロやデュオでもこんなに音量・音高の幅があったのか!?と驚かされたのは筆者がマンドリン・オーケストラに慣れてしまっているからか。終盤、ダイナミックに、かついささか強迫的にトレモロでのロングトーンが続き、最後は揃っての「キャーン!」と弦をはじく一撃で終わる。
『スネアは唸り、そして飛翔する』スネア(響き線)を付けた小太鼓にバチ数種だけで挑むこの作品、ロールをずっとずっと打ち続ける膜面の場所の違いと、叩く力やスティックの角度など「叩き方」でスネアロールで緩急強弱高低のある「音楽作品」を演奏してしまう。終盤、マレットや素手で膜面を叩いたり、スティックで床やスタンドや枠など叩く部分もあるが、最後はやはり小太鼓をスティックで叩き、ロールではなく単発で思い切り叩いた後、「ケアァッ!」と叫んで、了。凄絶なり。
最後を飾ったのはリコーダー2本を伴った女声合唱団のための『うえーべるん』。谷川俊太郎の詩「うえーべるん」は作曲家ウェーベルンと関係があるようなないような、「ウエーベルン」が詩の世界内に実在するのかしないのか、何人もいるのか1人もいないのかわからない不思議な存在。日常がズレ、調性もズレ、音楽は徐々にズレて狂っていくが、歌われる歌詞の中の〈日常〉は全くびくともせず、ただ「うえーべるん」をめぐる部分だけが狂っていく。そんな不思議、いや不気味な詩にはリコーダーの飾りや箔のない音がよく似合う。途中ウェーベルン作品の引用が合ったかもしれないが、そこは不確かである。「うえーべるん、って、知ってる?」で曲が終わった時、笑顔を浮かべながら背中に薄ら寒い怖さを感じたのは筆者だけであろうか。
冒頭の安江佐和子のタンブリンから、「楽器を鳴らしている」という感覚はほとんどなく、「身体の一部を動かして音を出している」ように感じられた。これぞ音楽の真骨頂と、とにかく楽しく聴き、演奏者たちの生き生きとした姿を鑑賞した。音楽するとは、生きて身体を動かせるとは、なんたる喜びであることか。
(2020/10/15)