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アンサンブル・ノマド第69回定期演奏会 ともに生きるVol.1~うたう過去、うたう土~|齋藤俊夫

アンサンブル・ノマド第69回定期演奏会 ともに生きるVol.1~うたう過去、うたう土~
Ensemble NOMAD 69th Subscription Concert

2020年9月15日 東京オペラシティリサイタルホール
2020/9/15 Tokyo Opera City Recital Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

<演奏>        →foreign language
(ゲスト)
メゾ・ソプラノ:波多野睦美
リュート:瀧井レオナルド
ガドゥルカ、ヴォイス:ヨルダン・マルコフ
ヴァイオリン:大鹿由希
チェロ:山澤慧
(アンサンブル・ノマド)
指揮、ギター:佐藤紀雄
フルート:木ノ脇道元
クラリネット:菊地秀夫
ヴァイオリン:花田和加子
ヴィオラ:甲斐史子
コントラバス:佐藤洋嗣
打楽器:宮本典子
ピアノ:稲垣聡

<曲目>
J.ダウランド:『ラクリメ、または7つの涙』(1604)より「昔の涙」
  瀧井、花田、大鹿、甲斐、山澤、佐藤洋嗣

バヴナ・メロディヤ
  マルコフ、菊地、佐藤洋嗣

H.バスケス:『旅の印象~ソプラノと弦楽四重奏のための』(2016)より
 III(黒柳召波)、VIII(松尾芭蕉)(日本初演)
  波多野、花田、大鹿、甲斐、山澤、佐藤紀雄

渡辺裕紀子編曲:『ソングス―7つのうたとアンサンブルのための』(2020)(荒木田隆子基金委嘱作品、世界初演)
 I:鳥の歌(カタルーニャ)
 II:橋を渡って(ベトナム)
 III:太阳出来喜洋洋(中国)
 IV:ミリャンアリラン(韓国)
 V:まてつき唄(日本)
 VI:カリニョーゾ(ブラジル)
 VII:僕の彼女は美しい(フィンランド)
  波多野、木ノ脇、菊地、花田、大鹿、甲斐、山澤、佐藤洋嗣、稲垣、宮本、佐藤紀雄

壺井一歩:『宮本正清の詩による音楽スケッチ「歌え、杜の小鳥」』(2016)より
 II:あるひとに
 IV:歌え、杜の小鳥
  波多野、佐藤紀雄

キュステンディルスカ・ルチェニッツァ
  マルコフ、佐藤紀雄、菊地、佐藤洋嗣、宮本

G.F.ヘンデル:オラトリオ『セメレ』HWV.58(ca.1744)より「ここから、アイリス、立ち去りましょう」
  波多野、瀧井、木ノ脇、菊地、花田、大鹿、甲斐、山澤、佐藤洋嗣、佐藤紀雄

G.カッチーニ:『新しい音楽』(1602)より「アマリッリ」
  波多野、瀧井

デヴォイコ・マリ・フバヴァ
  マルコフ、波多野、木ノ脇、菊地、花田、大鹿、甲斐、山澤、佐藤洋嗣、稲垣、宮本、佐藤紀雄

J.ダウランド:『ラクリメ、または7つの涙』(1604)より「悲しみの涙」
  瀧井、木ノ脇、菊地、甲斐、山澤、佐藤洋嗣

高橋悠治:『冷却の音(藤井貞和の回文詩による)』(2020)(荒木田隆子基金委嘱、世界初演)
  波多野、木ノ脇、菊地、花田、大鹿、甲斐、山澤、佐藤洋嗣、稲垣、宮本、佐藤紀雄

G.G.カプスペルガー:タブラチュアによるリュート曲集第1巻(ca1611?)よりトッカータ第6番
  瀧井

H.パーセル:歌劇『ディドとエネアス』(ca1689?)より「私が地中に横たえられた時」
  波多野、瀧井、木ノ脇、菊地、花田、大鹿、甲斐、山澤、佐藤洋嗣、佐藤紀雄

 

第1曲目のダウランド『ラクリメ、または7つの涙』より「昔の涙」を聴いて、心に湧いたのは〈悲しい〉という感情だった。筆者はこの半年以上、自らの内にこの感情が湧き上がることがなかったことに気づいた。全世界の死亡者数が100万人を越えた現在の新型コロナウイルス禍に対して、恐怖や不安を抱くのは当然ではある。だが、その100万人のそれぞれ1人1人の死が〈悲劇〉であり、〈悲しい〉ことであることを忘れ、ただ数値だけを見ていたのは、人間らしい感情を忘れていたと言っても過言ではなかろう。
悲しみに対して「それは何のためにあるのか」という機能的な問いかけに意味はない。悲しみは人間が人間として生きる以上絶対に必要な、根源的な感情だ。筆者は凝っていたこの感情を演奏会中ずっと、音楽と共に味わっていた。ブルガリアの民族楽器・ガドゥルカによるバヴナ・メロディアの乾いた、それでいて遥か遠くを思わせる音、壺井一歩『歌え、杜の小鳥』の寂しげな朗読とギター、ヘンデル『セメレ』より「ここから、アイリス、立ち去りましょう」、カプスペルガーのリュート独奏曲……悲しみを思い出すことによって、筆者は〈人間〉を取り戻せた。

何年続くかも不明なコロナ禍後にどのような世界が待っているのかはわからない。あくまで筆者個人の一抹の希望としてだが、「石油と核と取引市場の時代が終わるのではないか」というものがある。ナイーヴすぎることは承知している。その前に飢餓と火薬と核の時代――戦争――が来るかもしれない。それでもこれを機会に「土の香りがする時代」が来てほしいと願っている。
今回、〈悲しみ〉と共に匂ってきたのは〈土の香り〉であった。それは懐かしくも、寂しく、また帰るべき音楽と世界の像と感じられた。枯れてはいるが命の力を感じさせるバスケス『旅の印象』、生活=生きることと共にある渡辺裕紀子編曲の『ソングズ』7曲、雲間から太陽の強い光が射し込んできたかのような『キュステンディルスカ・ルチェニッツァ』、マルコフの『デヴォイコ・マリ・フバヴァ』に込められた大地のエネルギー、波多野の歌に込められた愛のメッセージを静かなリュートが逆光で映し出す『アマリッリ』。
〈土の香り〉とは、この世界の匂いに他ならず、これらの音楽は土と世界への賛歌であった。

そのような音楽の中にあって異色だったのは高橋悠治『冷却の音』であった。レチタティーヴォ風に藤井貞和の詩――感情を抑制し、言葉の重みが「事実の重み」へと転ずる不思議な詩――を波多野が歌い、アンサンブル・ノマドがやはり抑制され、歌と付かず離れずの伴奏(?)を奏でる。既に数万人の原発作業員=被爆者を、犠牲者と認めないまま使役しつつ、あと何十年かかってもどうなるのか先が見えない原発事故が、コロナ禍の前から、コロナ禍の中でも、またコロナ禍の後でも続くという、「見たくない現実」を音楽によって見せられ、心凍る思いであった。我々が帰る〈土〉とは汚染土しかないのかもしれない、などと考えつつ……。

最後のパーセル『ディドとエネアス』より「私が地中に横たえられた時」の“remember me but forget my fate”という悲しい言葉が、今、世界中でつぶやかれている。それは言い表せないほど悲しい事実だ。この音楽体験によって悲劇的浄化を感じてはならない。悲劇は今、世界中に遍在している。だが、美しいものなしには生きていくことはできない。我々は悲しみを忘れ捨てることなく、それでも美しい何かを探し求めていかねばならないのだ。

(2020/10/15)

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<players>
(guests)
Mutsumi HATANO:mezzo-soprano
Leonardo TAKIY:lute
Yordan MARKOV:gadulka/voice
Yuki OSHIKA:violin
Kei YAMAZAWA:cello

(Ensemble NOMAD)
Norio SATO:conductor/guitar
Dogen KINOWAKI:flute
Hideo KIKUCHI:clarinet
Wakako HANADA:violin
Fumiko KAI:vola
Yoji SATO:double bass
Noriko MIYAMOTO:percussion
Satoshi INAGAKI:piano

<pieces>
John Dowland: “Lachrimae Antiquae” from Lachrimae or Seaven Teares
  TAKIY, HANADA, OSHIKA, KAI, YAMAZAWA, Yoji SATO

Bavna Melodia
  MARKOV, KIKUCHI, Yoji SATO

Herbert Vásquez: “Impresiones de viaje” No.3(SHÔHA) and No.8(BASHÔ) – Japanese Premiere
  HATANO, HANADA, OSHIKA, KAI, YAMAZAWA, Norio SATO

Yukiko Watanabe(arrangement):Songs – World Premiere
 I:El Cant dels Ocells
 II:Qua Câu Gió Bay (the wind on the bridge)
 III:Tai Yang Chu Lai Xi Yang Yang (Joy at the Sunrise)
 IV:Miryang Ariran
 V:Matetsuki Uta
 VI:Carinhoso
 VII:My darling is beautiful
  HATANO, KINOWAKI, KIKUCHI, HANADA, OSHIKA, KAI,
  YAMAZAWA, Yoji SATO, INAGAKI, MIYAMOTO, Norio SATO

Ippo Tsuboi: Music Sketch on poem by Masakiyo Miyamoto “Utae Mori no Kotori”
 II:Aru Hito ni
 IV:Utae Mori no Kotori
  HATANO, Norio SATO

Kyustendilska Rachenitsa
  MARKOV, Norio SATO, KIKUCHI, Yoji SATO, MIYAMOTO

George Frideric Handel: “Hence! Iris hence away” from Oratorio Semele
  HATANO, TAKIY, KINOWAKI, KIKUCHI, HANADA, OSHIKA, KAI,
  YAMAZAWA, Yoji SATO, Norio SATO

Giulio Caccini: “Amarilli” from Le Nuove Musiche
  HATANO, TAKIY

Devoiko Mari Hubava
  MARKOV, HATANO, KINOWAKI, KIKUCHI, HANADA, OSHIKA, KAI,
  YAMAZAWA, Yoji SATO, INAGAKI, MIYAMOTO, Norio SATO

John Dowland: “Lachrimae Tristes” from Lachrimae or Seaven Teares
  TAKIY, KINOWAKI, KIKUCHI, KAI, YAMAZAWA, Yoji SATO

Yuji Takahashi: “Reikyaku no Oto” [Cooling Sound] (on Palindromic Poems be Sadakazu Fujii) – World Premiere
  HATANO, KINOWAKI, KIKUCHI, HANADA, OSHIKA, KAI,
  YAMAZAWA, Yoji SATO, INAGAKI, MIYAMOTO, Norio SATO

Giovannni Girolamo Kapsperger:Toccata 6ta from Libro d’intavolature di lauto
  TAKIY

Henry Purcell: “When I am laid in earth” from Opera Dido and Aeneas
  HATANO, TAKIY, KINOWAKI, KIKUCHI, HANADA,
  OSHIKA, KAI, YAMAZAWA, Yoji SATO, Norio SATO