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日本テレマン協会第270回定期演奏会|能登原由美

日本テレマン協会第270回定期演奏会
Telemann Chamber Orchestra The 270th Subscription Concert

2020年7月16日 大阪市中央公会堂 中集会室
2020/7/16 Osaka City Central Public Hall
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by 今井良/写真提供:日本テレマン協会

<演奏>        →foreign language
指揮:延原武春
管弦楽:テレマン室内オーケストラ

〈曲目〉
A. サリエリ:歌劇「オラース兄弟」より序曲
L. v. ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調op. 21
〜〜休憩〜〜
L. v. ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調op. 36

 

ウィルスは人間社会から様々な音楽活動を奪った。とりわけ、生で演奏する機会、鑑賞の機会が失われたことは大きい。ようやく活動が再開できたとしても、「3密」の回避が求められ、密集、密接といった音楽を成立させる上では避けられない要素に制限を与え続けている。けれども、その逆風を生かした創意工夫に富んだ試みも各所で見られ、その心の強さ、音楽愛をつくづく実感する。

日本テレマン協会が半年ぶりに開催したこの演奏会もその一つ。御多分に洩れず、同楽団の場合もベートーヴェン生誕250年を記念した数多くの演奏会を予定していたが、今年1月の公演以降、半年にわたって自粛を余儀無くされた。本公演はようやく再開にこぎつけた最初のもの。とはいえ、単なる「再開」ではなく、「コロナ禍にあるベートーヴェン・イヤー」とでも言えるような、まさに制約の多い今の音楽環境を逆手に取った企画を打ち出してきた。

現在、演奏にあたってネックとなっているのが舞台上での密接、密集の回避。それには小編成が可能な演目を採用するのが常套となっている。実際、今回も予定されていたヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲第5番を、第1、第2交響曲へと変更した。だがそればかりではなく、この状況を「当時の貴族がもつ私設楽団の編成が再現できるチャンス」(指揮者の延原武春が曲間に行ったトークによる)と捉え、弦楽パートは、2・2・2・1・1の計8名の奏者からなる最小編成としたのである。確かに、ベートーヴェンの9つの交響曲のうち8つまでが貴族に献呈されている。もちろん上演ごとに状況は異なるであろうが、これらの交響曲が当時、この規模で演奏される機会は実際にあったはずだ。なお、当時の私設楽団の規模やこれらの交響曲の上演時の様子については、プログラム・ノート(澤谷夏樹氏による)に詳しく書かれてあったが、それも今回の上演の意義を明確に伝えることになっただろう。

さらに、昨年から取り組み始めた「サリエリ復権」シリーズ。ベートーヴェンの師でもあったサリエリの、知られざる作品を定期演奏会の演目に取り入れていくものだ。サリエリが残した数多くのオペラの序曲が中心となるが、本公演でもその一つ、歌劇「オラース兄弟」の序曲が取り上げられた。その雄弁な語り口など、向かった先は異なるといえども両者の間には確かに重なる部分がある。

いずれにしても、1963年に創設されて以降、欧米で盛んになっていた古楽復興運動とともに歩んできたこの楽団を特徴づけるのは、作曲当時の楽器や奏法、テンポなどを追求した演奏である。今回は、ティンパニとトランペットを除いてモダン楽器を採用する一方で、編成に関して「作曲当時のスタイル」を踏襲したことになる。

会場は大阪市中央公会堂。延原もアピールしたように、大正7年に完成したネオルネサンス様式の建物は、内部にもヨーロッパの宮殿を思わせるような意匠を凝らす。同楽団が定期演奏会で使用する場所ではあるが、とりわけ今回は貴族の私設楽団による演奏を意識したものであることから、まさにうってつけの場所となった。大広間のようなスペースのため奏者が聴者と同じ高さに位置し、舞台と客席がより近く感じられるあたりも、近代的なホールでは味わえない利点だ。

そうした場所が醸し出す親密性も、今回の小編成の良さを引き出したかもしれない。つまり、「オーケストラ」という「集団」でありながらも、奏者「個人」が聴き手と直接繋がる感覚だ。

というのも、弦楽パートがわずか8名となると、弦楽器も管打楽器同様、一人一人の音やその動きが露わになってくる。誰もが「オーケストラの一員」であると同時に「独奏者」でもあるわけだ。立奏であったことも影響しているかもしれない。延原の躍動する棒にコンサートミストレスの浅井咲乃が全身を使って応え、生彩な音楽を奏でる。その動きに呼応するかのように、高弦奏者がキレのある伸びやかなフレーズを作り上げていく。懸念された管楽パートとの音量バランスも、テクスチュアの違いからむしろ、それぞれの楽器群のコントラストを鮮明にし、素材の肌触りの感じられる味わい深さを生み出した。

なお、当初は4月に予定し、8月末に延期となっていた注目の「第9」公演は、結局、曲目変更となったらしい(第3、第4交響曲に変更)。「第9」の演奏が出来ないというこの現在の状況は奏者、聴者共に精神的にも辛いものだ。そうしたなかで、まさに負の要素を正に変えるようなベートーヴェンの演奏に遭遇し、久々に帰路の足取りも軽くなった。次にどのような夢を見させてくれるのか、大いに期待したい。

(2020/8/15)

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<players>
Takeharu Nobuhara(Conductor)
Telemann Chamber Orchestra (Orchestra)

〈program〉
A. Salieri : Overture from « Les Horas »
L. v. Beethoven : Symphony No. 1 in C major op. 21
L. v. Beethoven : Symphony No. 2 in D major op. 36