特別企画|遠隔授業奮闘記|谷口昭弘
遠隔授業奮闘記
My Struggle to Create a Distance Learning Program
Text & Photos by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
今回のメルキュールの記事は、情報取得や自らの出来事を記録しているSNSの Facebookの投稿を振り返りながら、新型コロナウイルス感染症予防に伴って取り組むことになった、大学における遠隔授業(=オンライン授業?)の取り組みについて、自分なりの体験談をまとめておきたい。とても長くなってしまったが、ご容赦いただきたい。
◆「オンライン」を手探りで
感染予防の観点から全国の多くの大学で教室を使わない授業形態として「遠隔授業」という言葉が浮上してきたのはいつ頃だろう。この「遠隔授業」というのも、考えてみれば耳慣れない言葉だったように思う。詳しくは知らなかったのだが、何となく英語の “distance learning” の延長線上にあるものなのだろうかと考えつつ、仕事上の関係もあって関心を持ち始めた。
そしてこれもどこからともなく、オンライン会議用プラットフォームZoomというのが話題となり、最初は3月29日に所属学会のオンライン会議で体験。翌30 日に学内の会議でZoomを用いた。オンライン会議に必要なパソコンについては、手持ちの MacBook Airの内蔵カメラとマイクで対応可能であり、急いでヘッドセットやウェブカメラを買う必要がないというところは助かった(後で分かるのだが、すでにこの頃から機材購入の争奪戦が始まっていたようだ)。
新年度が始まった4月からは、少なくともしばらくは授業も「遠隔」で行うことになった。新入生オリエンテーションも職員がオンラインで動画配信したり、音楽の知識でクラス分けを行うプレイスメントテストも教員がオンラインで聴音の問題を配信するなど、こちらも「最初から、みんな良くやるなあ」と感心。
授業開始まではしばらく時間があることになり(本来の2回分が休講ということになった)、他大学の状況をチェックしていると、前代未聞の事態とはいえ、対面ライブ授業をデフォルトにしている先生方にとっては大変な苦労をしておられる様子が伝わってきた。Facebookには大学教員による遠隔授業のノウハウを共有するグループができており、あれがうまくいく、これはうまくいかないなど、早くから、遠隔授業の可能性に取り組んでいる方々によるオススメの授業の作り方の紹介、様々な大学で起こったシステム不備の顛末、あるいは授業を受ける学生側の端末の問題と新規パソコン購入に伴う財政負担の問題(そもそも今どきはスマホだけという学生が大半)など、話題は多岐に渡っていた。その中で早くから共有されていた知識は、動画配信によるリアルタイムの授業はシスタムダウンに陥ることが多いという問題だった。また長々とパソコンの画面を見ながらの授業は、通常の対面授業とは違った疲れ方をするということだった。
私の授業については、3月24日くらいから、これまで担当してきた「キリスト教音楽概論」や「専門ゼミ」といった授業をオンラインで行うとなると、どのようなフォーマットでこれらを行うべきか、というのを考え始めていた。この他にも本当は学生が映画を調べて発表するという授業もあったのだが、学生側の準備も大変だし、学生主導で動画を見せ合いながらの授業というのも著作権上の問題だったり、動画配信の不安だったりから、後期に開講を延長することにした。一方Zoomに関しては、少なくとも少人数のディスカッションや対話を基本とするゼミや卒論指導には使えそうだなということを何となく感じ始めた。
実は20年近く前に、新潟のFM放送で月一のアメリカ音楽紹介をやっていたため(しゃべりを録音し、CDをスタジオで書けてもらうというスタイル)、何となく講義系は音声配信かなと思っていた。ツイッター上には音声配信は「DJスタイルでやってみたら?」という意見まで(3月28日)。ただ僕の頭の中では放送大学は違うかな〜というのはあった。車の中で聴く民放やNHK-FM放送のDJは確かに楽しそうだけど、放送大学は眠くなる。車の運転には危険だろうなあなど、先生方には大変失礼ながら、そんなことを夢想していた。ようするに、ゆっくりとした台本読みにはしないようにしなければ、ということを何となく考えていた。
ただ3月30日の時点で私が心配していたことはオンライン授業のテクニカルな問題ではなかった。むしろ心配なのは4年生の卒業論文。専門分野によっては大学図書館の資料とオンラインの資料だけで書ける卒論もあるだろう。私の勤務先フェリス女学院であれば、賛美歌学だとかクラシック音楽関連だろうか。とはいえ、私の所属する音楽芸術学科の扱う音楽ジャンルは、そういった伝統的な音楽ジャンルだけでなく、ポピュラー音楽、ミュージカル、アニメ音楽、アイドルやゲーム音楽までカバーするのを売りにしている。ポピュラー音楽やアニメ系であれば、大学図書館よりも横浜市立図書館に一般雑誌やアニメ雑誌のバックナンバーが揃っており便利だ。もしそれらの図書館がしばらく使えないとなると、当座はオンラインで手に入れる資料か買うしかないということになる。そこが怖かった。事実4月に入ってしばらく予約受取をしていた横浜市立図書館は、その後予約資料受取りさえも止めてしまい、恐れは現実のものになった。
◆新年度・新学期
新年度に入った4月2日、音声配信のみの授業では説明が難しい箇所もあるかと思い、もともとはインターネット中継用に作られたと考えられるOBSというソフトを使って動画作成の可能性を探った。この無料ソフトはゲーム中継などに使っている人が多く、僕は授業用映像資料を作るために持っていたのだが、詳しい使い方について改めてYouTuberの方々に教わった(いや、YouTuberさんの動画を拝見したというべきか)。「あ〜なるほどね〜」という感じだった。最低限のやり方であれば、手持ちのパソコンの機能でも、一応なんとかなるレベルだ。さすがに生配信は怖すぎるけど、単純な3シーンくらいで回すくらいのオンデマンド動画なら何とかなりそうだった。クオリティー的にはYouTuberの足元にも及ばないトーシロー色満載の動画だし、そもそもクロマキー合成もできるなんて知らなかった(家に緑のバックがあるわけじゃないから、それは諦めた)。やってみると映像の質としてFaceTimeのマイクは(実用的に)ダメじゃないけど、画像はイマイチかもと思い始める。そうはいっても本格的な動画カメラは高いし、そんなカメラを買っちゃうと、照明器具も買うことになるかもしれないとなると、躊躇してしまうことに。最後は「醜態をさらけ出す動画ということで、学生たちには我慢してもらおう」と開き直ることにした。
4月5日には、学部の先生方4人とでZoomを体験した。学外の先生方と、あるいは学内でも全学的な会議だと緊張するのに、心打ち解ける相手だと時間の流れが圧倒的に早い。なるほど「Zoom飲み会」なるものが流行るというのも分かるな。実は3日後の4月8日には一日中全学的な会議を体験しウンザリ。他の先生方も同様に感じていたらしく、「会議の時間は短くしましょう」「休憩を途中に入れましょう」という意見が、その後の会議で出るようになった。そして、自分の授業はZoomのリアルタイムではなくオンデマンドでやろうという気持ちを、ますます強くした。
4月9日には、学内で行われたZoom説明会がオンデマンド動画で観られるようになっていたので、これを眺めた。「なるほどねー、そうやるのね〜」という感じなのだけど、1時間の説明動画を通して観るのは、やっぱりキツイというのがその時の感想。ただこのキツイという感覚を知っておくことも大切。だからもしオンデマンドで音声や動画を作るとしても、短いファイルを順々に聴いてもらう・観てもらうタイプにしようと構想を思い浮かべた。最初は音声だけで、とも思っていたのだが、「キリスト教音楽概論」の場合はミサの様子など映像で見てもらいたいものもあるので、最終的には映像も使うことになった。
◆授業準備の本格化・学生とのZoom面談
動画作成の試行錯誤をし、4月12日に「顔出し、スライド、スライド+顔出し」の3つのパターンで構成した非公開動画をYouTubeにアップロードした。しかし、やっぱり本格的に映像編集が施されたコンテンツじゃないと、とてもじゃないけど観てもらえるような代物にはならないと思い始める。ただそうなってくると、ノートパソコンでは非力だ。そもそも静止スライドなんて、すぐに飛ばして観たくなるし(スライドに文字がたくさん並んでいればじっくり読むだろうけど、YouTubeの動画サイズでは小さくて読めない)、顔がちょくちょく出てきても、あまり意味がないような気もした。何かをするプロセスを見せる(例えば数式を解く)みたいなものだと、固定位置で撮影しても意味はある。そういったいわゆる板書スタイルならまだ救いがあるけど、家にはホワイトボードも何もないし。どんな人に何を訴えるかということだろうなあ。などなど、動画に関しては、この頃いろいろと模索していた。
4月15日、いよいよ実際にパソコンのマイクで吹き込み (懐かしい言葉・笑) をやってみた。ただパソコンの内蔵マイクロフォンで実際に録音作業をしてみると、例えば「次にこれを聴いてみましょう」と言いながら音源を出す操作すると、その操作音が派手に入ることが分かった。そこで急遽コンデンサー・マイクロフォンをアマゾンで注文してみたのだが、マランツのMPM2000Uという、それなりにちゃんとしたもの買おうとすると、みんなプレミア価格になっていた。どこも配信ファイル作成のための「特需」ということか…。さらに鳴らす音楽とマイクの声と、良いバランスで撮りたくなってしまったため、ついでにサウンドミキサー(オーディオインターフェイス)も追加で注文をすることに。こちらも価格が手頃なもの (YAMAHAのAG03) はすでに売り切れており、一つ上の機種(AG06) の在庫が楽器屋さんで何とか定価で注文できた。価格的には3,000円の違いだから、妥協することにした。これで、音楽だけでなく、キーボードで弾いた音も説明とミックスできるから面白いかも。ちなみにこのYAMAHAのミキサーはUSBでパソコンに音声を入れることができる。最初はUSB対応のマイクを単独で注文したのだが、まだそれはアマゾンから発送されていなかったので急いでキャンセルをし、XLRケーブル付きの通常のコンデンサーマイクに急遽変更。無事注文できた。しかしバスパワーで動くミキサーは便利だ。
散らかっている部屋にマイクやミキサーが揃った4月18日。第1回のオンライン講義は、事前配布資料と音声ファイルで行うことを正式に決意する。20日の収録では音声ファイルを3つに分けて収録した。13分+13分半+10分。あとは追加課題として各自でYouTube動画を観て取り組む課題をしてもらい、さらに授業のレスポンスを書いてもらう、という形式にした。
講義2回目は動画による説明もしようと決意。ただウェブカメラは何がよいのか分からないので、とりあえずは手持ちのMacBook Proのカメラを使ってみようと当初は考えた。ところが、YouTuberの動画を観てみると、とりあえずの動画を撮るのにオススメのカメラは何とiPhoneだということを知った。実際に必要なソフトをiPhoneとMacに入れれば、ウェブカメラとして活用できた。4月25日に動画教材を作る試行錯誤をしたが、iPhoneのカメラは実にきれい。比較するとMacBook内蔵カメラは画質が貧弱だ…。
2日後の27日には実際の動画作りにてんてこ舞い。もともと持っていたOBSというソフトで一時停止をしながら録画を進める。パソコンでビデオを撮っている感覚だ。一応動画編集ソフトの iMovieはパソコンにデフォルトで入っているのだが、これまで動画編集をやったことがないので、全くお手上げ。ツイッターで話題になっているヲノサトルさんの動画を観て大いに凹む。ノートパソコンだからか、カラーの渦巻きがグルグル回るだけで終わってしまった。疲れた…へとへとになった。
◆授業配信後、学生からのレスポンス
結局「キリスト教音楽概論」の授業の音声解説による第1回のオンデマンド講義は4月23日の木曜日(授業実施日)に無事アップし、受講した学生から送られてきた課題や授業に対するレスポンスを読んだ。「不安定なzoomの授業よりも安定した環境で、理解できなかった箇所をすぐ聞き返せるなど今回のオンデマンド配信の形態が凄く良かったです」「OPとEDがついていて(先生凝ったな~~)と思いました(笑)面白かったです!」「先生がラジオのように話を進めてくださるので、とても個人的に聞きやすく、授業としても他の先生もこのようにして欲しいと思うほど自分には合っていました」などと、望外なほどに好評で、とりあえずほっとした。
4月30日配信のオンデマンド授業第2回ではミサの動画やグレゴリオ聖歌の楽譜の読み方をiPad上で行った。学生の反応から音声・動画(インターフェイスの優れたDropboxを使用)も無事再生されたようだ。第2回の講義に関しては、学生から、こんなレスポンスが来た。
先生の授業はラジオ番組のようでとても聞きやすくて、(学生からの質問に対する)回答まで動画というのが新鮮でうれしいです。
授業の準備に時間がかかったとおっしゃっていましたが、それが伝わってきます。木曜日のラジオ番組を楽しみにしている状況です。
ZOOMの対面式もいいですが、あのような形で回答をしていただくと、こちらも一方通行でなく感じるので、あえてZOOM形式にしなくてもよいと思います。
正確には、質問に対する回答は、動画ではなく音声で行った。当初から意識していたので、そのやり方も、ちょっとラジオDJ風。「次は◯◯についてご質問いただきました。『授業で先生は…とおっしゃってましたが…なのでしょうか?』『ありがとうございます〜。それはですね〜』」などなど。しかし「木曜日のラジオ番組」って…。
他にも社会人を経て学生になった履修生は、事前配布資料や配信音声、参考動画などをすべて観て4時間も勉強したという(時間も忘れてやったそうだ)。彼女からは長大な力作コメントが返ってきて恐縮…。私の話し方は、まるで伝道(布教)のようだと書かれていた。ああ、それはあるかもしれない。それにしても、この学生の熱心さはすごい。こちらも頑張らねばと思った。ただ、明らかに手抜きで課題を出す学生も発見され、これは遠隔授業の限界かもしれないと思った(もしかしたら対面授業でも同じなのかもしれないけれど)。
◆これからのこと
5月15日からは、非常勤をしている国立音楽大学でも遠隔授業が開始される。ここは遠隔授業のやり方に割と明確な方針があり、講義系はリアルタイムのストリーミング授業は原則禁止、ゼミ系の授業も参加者全員の合意があればストリーミングも可というもの。そして基本は「課題を与える→学生が解答をする(文書かコメントの形)→教員のフィードバック」という流れだそうだ。僕の授業は日本語文献の講読なのだけれど、読書課題を与えてリアクションを書いてもらい、それに対するフィードバックとするという形を基本としようと考えている。いわゆる配信というものは考えていないのだが、学生が互いの顔見せをしたいということであれば、短い時間だけストリーミングを試すのは悪く無いだろう。
以上、長々と、とりとめもない内容になってしまったが、3月から4月、そして5月と、どういうことを自分がやったのかというのを記録してみた。
(2020/5/15)