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緊急特別企画|新型コロナウイルスに立ち向かうため|藤堂清

新型コロナウイルスに立ち向かうため
Face the Crisis COVID-19

Text by 藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)

4月9日までの日本の状況

新型コロナウィルスによるパンデミックが世界中で拡がっている。
感染者数、死者数の増加スピードは驚異的で、一部では日々倍増していく状況もみられる。
毎日変わっていく各地の情報(1)を居ながらにしてみることができるというのは、21世紀の今だからこそと言えるだろう。
そこに書かれている、新たな患者数:68,764人、累計患者数:1.28m、累計死者数:72.78k(2020年4月8日)という数の裏にある多くの悲哀や恐怖への想像力が及ばなくなってきている自分に愕然とする。2011年3月11日、地震のあと、つけっぱなしにしていたテレビから流れてきた津波の映像、多くの車がなすすべもなく流されていく、家々が水に浮かび軽々と動いていく。あれを見ていたときの、そこにいた人々のことを考え、胸を締め付けられるような思いとは何か違う。
世界各地から状況が報告され、人気のないヴェネチアの街、教会に並べられた棺の列、そしてニューヨークで治療にあたっている医師の言葉など、映像でみることができる。ほとんどリアルタイムに情報が入ってくる時代、あまりの悲惨さに体が拒絶反応をおこしているのだろうか、年で感性が鈍くなってしまったのだろうか。

クラシック音楽に関わる部分でみれば、国内のコンサートは人が集まることを理由に自粛を求められ、2月末から中止、延期を余儀なくさせられている(クラシック音楽界の新型コロナウィルス対応記録)。また欧米での感染拡大を受け、演奏家の来日が不可能となってきたこともそれに拍車をかけた。
海外のオペラ・ハウスやオーケストラは2019-2020シーズンの残りの予定を次々とキャンセル、夏の音楽祭の休止も増えてきている。
多くの国では、文化活動の休止を要請するとともに、その重要性への理解を表明している。
そんななか、さまざまな団体がこれまでのビデオや録音をインターネットで公開し、彼らのこれまでの活動をアピールしている。
一方で複数の奏者が別々の場所で同時に演奏し、それをインターネットを通じて拡散するといった試みも行われている。新しい音楽作りの場が生まれる可能性もあるだろう。

だが、まずは感染拡大を抑えることが肝要。そのためにも過去の事象から知見を得ることが役に立つだろう。

1918年から1920年に大流行したいわゆるスペイン風邪は、全世界で感染者6億人(当時の人口の30%を越える)、死者4~5千万人をもたらしたと言われている。第1次世界大戦の最中に拡大が始まったことも、初期の対応の不備につながったとともに、全容の把握を困難にしたようだ。
日本でも患者数2400万人、死者39万人との内務省からの報告「流行性感冒,1922」がある(2)。このデータをもとに「日本におけるスペインかぜの精密分析」(3)の研究が行われ、死亡者数の月別・性別推移、死亡者の世代マップ、道府県別・月別死亡者数及び死亡率が明らかにされた。
スペイン風邪の世界的な全体像は、Jeffery K. Taubenbergerらによる“1918 Influenza: the Mother of All Pandemics”に詳しい(4)
流行は、1918年10月から1919年3月、1919年12月から1920年2月、1921年1月の3回みられ、どれも世界的に拡がった。日本のデータによれば、第1回の感染者2千1百万人、死者26万人、第2回の感染者2百40万人、死者13万人で、特に第2回は第1回と較べると、感染者数は10分の1にもかかわらず死者の数は半分とより強い毒性を持つように変異したことがうかがえる。
1997年8月にアラスカ州の凍土より発掘された遺体から肺組織検体が採取され、スペイン風邪ウィルスのゲノムが解読されている。それをもとに河岡義裕ら日米のグループは、スペイン風邪ウイルスの遺伝子を再構築、人工合成した。このスペイン風邪ウイルスがサルに強い致死性の肺炎を引き起こすこと、また、ウイルスに対する自然免疫反応の調節に異常を示したことを報告している(5)
記録のあるものとしてはH1N1亜型インフルエンザウイルスによる最初のパンデミックであり、人類が免疫を持たない場合の流行の様相を知ることができるだろう。

新型コロナウイルスの変異を示す

今回の新型コロナウイルスも、人類が免疫を持っておらず有効な治療方法が存在しないという点では共通点がある。一方インフルエンザウイルスに対するワクチンはすでにあり、一定程度の効果を得ているが、既知のコロナウイルスに対するワクチンはいまだ開発されていない。新型コロナウイルスのワクチン開発の成果が待たれるが、それまでは、「80%は軽症ですむ」という経験則に期待し、「人からうつされないようにする」、「人にうつさないようにする」という戦略を徹底するしかない。すでに言われていることだが「密集をさける」ことがなにより大切。100年前の報告の中にもあるが(6)、劇場等の封鎖、満員電車の抑制、葬儀等の禁止といった措置は共通する。
特に大都市における通勤を一定期間休止させる措置は必要不可欠な策である。緊急事態宣言を出したにも関わらず、企業への休業要請を二週間延期せよという政府の対応(4月8日時点)は、新型コロナウイルスの感染拡大を助長するものでしかない。
スペイン風邪の際、日本では演劇活動などは行われていたという。それが感染拡大につながったという明確な記録はないが、この風邪による演劇人の死などは関連する可能性がありそうだ。
100年前と大きく違うのは、ウイルスの知識と情報だろう。ウイルスは人から人へと感染していくうち、遺伝情報を変異させていく。世界各地で検出されたその情報は集められ、ほぼリアルタイムで利用可能となる(7)。現在の流行を抑え込んだとして、第2波の流行が始まるようなことがあれば、これを分析しておくことはウイルスに対峙する際、大きな助けとなるだろう。

演奏会といった形での音楽活動の抑制は必須のことだろう。それにもましてさまざまな経済活動をどのレベルまで落として対応するかという点への政治の側の決断が早急に求められる。その際に必要なことは、活動を抑制する個人や団体をどのように支えていくか社会全体で考えること。一切補償はしないという政府の姿勢や、国民に対して行動変容を求めながら終息後の経済再生のための政策のみを打ち上げるようでは、多くの人々が困窮に陥るだろう。「人的接触を8割削減」と言いながら、どのように行動を変えればそれが可能となるのか示されなければ意味のある目標とはならない。そればかりか、理髪店、美容院といった長時間の人と人の接触があり、感染を中継しかねない業種の休業を不要というのでは、本気で拡大を抑える気があるのか疑わざるを得ない。
新型コロナウイルスによる今後の死者数予測のようなネガティヴな情報(アメリカ政府は随時発表)が、日本国民にどのように受け入れられるか不安ではあるが、数年と想定されるコロナウイルスとの戦いで、人の命と経済のバランスをにどのようにとっていくかという決断を国民に求めるためには、人的被害と経済の縮小、双方のシミュレーションを政府として示し続けることが不可欠である。

音楽分野での取り組みについては、稿を改めたい。

(4月9日筆) (2020/4/15)

(1)WHO COVID-19 Dashboard (https://who.sprinklr.com/)など

(2)内務省衛生局:流行性感冒,1922,内務省衛生局,東京
https://www.heibonsha.co.jp/book/b161831.html(2020年4月30日までの期間限定で読むことができる)

(3)池田一夫他:日本におけるスペインかぜの精密分析,東京健安研セ年報,56,369-374,2005
http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/SAGE/SAGE2005/flu.pdf

(4)Jeffery K. Taubenberger and David M. Morens, 1918 Influenza: the Mother of All Pandemics
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3291398/pdf/05-0979.pdf
JEFFERY K. TAUBENBERGER [Chairman],The Origin and Virulence of the 1918 “Spanish” Influenza Virus1,
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2720273/pdf/nihms123030.pdf

(5)Darwyn K, Jones, SM, Shinya K, Kash JC, Copps J, Ebihara H, Hatta Y, Halfmann P, Hatta M, Feldmann F, Alimonti JB, Fernando L, Li Y, Katze MG, Feldmann H, Kawaoka Y. Aberrant innate immune response in lethal infection of macaques with the 1918 influenza virus. Nature 445, 319-323, 2007.
https://www.nature.com/articles/nature05495/
スペイン風邪をサルで再現させて、謎だったウイルスの病原性を解析
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/research/papers/07011901.html

(6)(2)よりアメリカにおける予防処置の考え方の一部を抜粋
劇場

劇場、活動写真館其他娯楽の目的に公衆の集合する処に関しては只不注意に咳嗽する人を退場せしむることにのみ力を用ふることは策を得たるものにあらず即ち不注意に咳嗽する人を発見すること困難にして又既に一度び咳嗽せんか既に其の害毒は伝播せられたりと見ざるべからず、
尚劇場を以て公衆を教育するに使用することは劇場を閉鎖することの却つて教育に効ありと見ざるべからず、而して劇場、活動写真館等に閉鎖を命ずる標準は換気法並に一般衛生設備の如何によりて定まるものとす。

サルーン等の飲食店

之れらの閉鎖は食器によりて伝染する危険の有無並に多人数密集の状況等にありて定まる。

舞踏場等

舞踏場、球ころがし、球突場、自働販売場等の閉鎖は多人数密集の有無によりて定まる。

電車等

之れらには凡て換気と清潔とを励行せしむべく過剰に乗込ましむることは禁ぜざるべからず、小都会に於ては一時運転を中止せしめ住民全部の徒歩を強ゆるも可なり。

葬儀

公葬、追悼会等は不必要なる集会と見るべく且つ伝染の危険多きものなるを以て禁止せざるべからず。

(7)Genomic epidemiology of hCoV-19 https://www.gisaid.org/epiflu-applications/next-hcov-19-app/