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ハーディング&マーラー・チェンバー・オーケストラ|平岡拓也

トリフォニーホール・グレイト・オーケストラ・シリーズ2018/19
すみだ平和祈念音楽祭2019
ハーディング&マーラー・チェンバー・オーケストラ

2019年3月13日 すみだトリフォニーホール
Reviewed by 平岡拓也(Takuya Hiraoka)
Photos by 三浦興一/写真提供:すみだトリフォニーホール

<演奏>
管弦楽:マーラー・チェンバー・オーケストラ
指揮:ダニエル・ハーディング

<曲目>
エルガー:エニグマ変奏曲 Op. 36 より 第9変奏『ニムロッド』
シューベルト:交響曲第3番 ニ長調 D200
ブルックナー:交響曲第4番 変ホ長調 WAB104『ロマンティック』(ノヴァーク版第2稿)

 

昨年末にパリ管弦楽団と来日し、名コンビの「円満離婚」ぶりを見せ付けたハーディング。わずか3ヶ月後の3月、彼はマーラー・チェンバー・オーケストラ(以降MCO)と再び日本へ帰ってきた。MCOで彼は1998年-2003年にかけて首席客演指揮者を務め、現在は桂冠指揮者として共演を続けている。
今回のMCOのツアーはアデレード3公演、東京2公演、上海1公演を2つのプログラムで巡る、比較的コンパクトなもの。

筆者が聴いた3月13日の公演には、ツアー中唯一この日だけ演奏される曲目が含まれていた。
それが、エルガー『エニグマ変奏曲』のニムロッドである。
ハーディングの母国イギリスでも追悼の意の表明として演奏されるこの曲。ハーディングが棒を振り始めると、静謐な旋律が荘厳に立ち上がり、静けさへと戻ってゆく。海面が風に揺られて表情を変えたのち再び元通りになるような情景を連想させる。音が消えた後も演奏者はかなりの間姿勢を保ち、聴衆もまた沈黙で応えた。
これはハーディングとMCOによる「献奏」であった。2011年3月11日にこのホールの指揮台に立っていたハーディングは、どのような思いで『ニムロッド』を振ったのであろうか。平和祈念音楽祭に相応しい、音楽家と聴衆が創り出したひと時の祈りであった。

「ニムロッド」の祈りから転じて、本プロのシューベルトとブルックナーでは純粋に音楽の愉悦が繰り広げられた。シューベルトはともかく、ブルックナーを今回のMCOの編成(12型+1)で演奏するのはバランスの面でどうなのだろう、とも考えたが、演奏を聴いてその謎は霧散。チェンバーの名に偽りなし、お互いが聴き合って絶妙のバランスを客席に届けた。

シューベルト『交響曲第3番』は、2012年のサイトウ・キネン・オーケストラ客演でも取り上げたハーディングの得意曲だ。第1楽章の提示部では反復時に即興的に表情を変え、終盤ではロッシーニ風にテンポを上げて鮮やかに終結。サイトウ・キネンではオケの特性もあり一糸乱れぬ剛直な演奏という印象を受けたが、今回は弦5部とそこに乗る木管・金管のバランスが自由に変容する(7年前の演奏との比較は野暮かもしれないが)。第3楽章トリオで大胆に歌うファゴットとオーボエもこの楽団の魅力が全開となり、終わってしまうのが惜しくすら感じる。
総論としては、各奏者の自発的な歌を存分に引き出しつつも全体は大らかに纏め上げるハーディングの手腕を再確認した。好演であった。

後半のブルックナーも、基本的な造形の方向性はシューベルトと変わらない。2人のオーストリア人作曲家が交響曲という形式の中に内包する「歌」の共通点を炙り出したという意味で、意義深いブルックナー演奏であった。ことブルックナーの交響曲解釈となると、その構成をはっきりと意識させることが多く、謹厳実直な性格を有する演奏が多いからだ。響きの作り方も運びも、これほど厳しさとは無縁で伸びやかなブルックナー演奏は稀であろう。
音の伽藍が立ち現れるのを待つのではなく、能動的に次々と顔を出す旋律の美しさを味わう。おそらく、この日のブルックナーはそうした方が愉しく味わえたであろう。そうすると第2楽章のヴィオラが奏でる主題の深い歌い込みや、後半楽章で前半シューベルトよろしく囀る木管楽器の鮮やかな表情などが新鮮に響いてくる。そしてやってくる終楽章のコーダでは、楽器が増える毎に音楽のスケールが高まり、目覚ましい衝撃を伴って訪れる転調とともに別世界へ誘われるような感慨すら覚えるのだ。
純粋な音の構築としてのブルックナーはまことに素晴らしい。しかし、こうして物語すら想起してしまいそうな愉悦に富むブルックナーもまた、良いものではないか。

前半で静寂をもって感謝を示したすみだの聴衆は、後半では熱狂的な喝采で演奏者に応えた。ハーディングもまた、止まぬ拍手に応えホルン奏者と共に再登場した。すみだの指揮台で振るハーディングを聴いたのは新日本フィルとのアデュー公演以来であったが、近年ますます音楽の深みを増しつつある彼の今後に引き続き期待したい。

(2019/4/15)